戦いの決着
「――溶けるぞ!!警戒!!全方向に弾幕!!」
ディルス・サーヴァントが霧の中に溶け消えようとするのを察知してベルーナは大きな声を上げて命令を下す。それに従い、精霊魔法士達はそれぞれに魔法を放った。周りを囲む隊員達も石や木の枝などそこらへんに落ちているものを手当たり次第にばら撒く。その中の一つが何もない霧に当たり、キンと高い音を立てた。
「二時の方向!!魔法を集中砲火!!」
それを聞き逃さなかったベルーナは自らも風の刃を放ちつつ、精霊魔法士に指示を出す。一斉に放たれた色とりどりの魔法がその一点に集い、土を巻き上げ、木々を揺らす。
幻影が揺らぎ、再びサーヴァントの姿が露わとなった。サーヴァントがブルブルと体を振るい、跳ね上げられた土を落とす。ダメージは殆ど無いようだった。
そもそも魔法銀は魔法耐性がある。そして並の金属では傷つけられぬほどに固い。衝撃によって小さなダメージは入っているが傷は一つも付いていないのだ。
サーヴァントが再び、魔法を放ち、その隙を衝いて前衛を襲う。それを前衛は盾で防ぎ、ベルーナ達は魔法を飛ばして迎撃する。
このような気の抜けない攻防がずっと続いている。すでに弓兵の矢は尽き、短剣を手に持ってそこら辺のものを投げるだけだ。前衛とて同様、いやなお酷い。直接サーヴァントに相対する前衛の剣は刃が零れ、或いは折れ、盾もそこかしこがへこみ、一瞬さえ気の抜けない緊張の為か疲労の色も濃い。ベルーナ自身もいつもよりも多くの魔力を消費していると感じるほどだ。牽制に魔法を放っているだけの精霊魔法士達の顔にも疲弊の色が見える。
最初の不意打ちでルーベルトが倒れたあと三人の隊員が死んだ。一人は隠蔽が掛かった魔法をまともに受けて、一人は剣が折れた隙を狙われ、一人は精霊魔法士への奇襲を庇って、鋭い爪により両断された。
この中で無傷といえるのは妖精族の者と精霊魔法士だけだ。妖精達は結界を張る守りの要。精霊魔法士はサーヴァントを倒せる唯一の切り札だ。これが崩れれば全滅は確実。他の者達にとって命を懸けて守るべき存在であった。
「隊長……。皆を頼みます。俺ぁここで脱落みたいだ……ルーベルト、わりぃ。仇をとれな、かっ、た……」
「べリオスッ!!」
また一人、前衛で剣を振るっていた戦士がサーヴァントの爪の餌食となった。ルーベルトの先輩であった男だ。一人また一人と隊員達が倒れていく。まさに血路を切り開くが如く一心不乱に隊員達は駆ける。それぞれが歯を食い縛りながらしかしその眼に強い意志を宿して。ここまで絶望的な状況にありながら戦意を失わないのが精鋭たる由縁か。
「あともう少しだ!耐えてくれ!!」
ベルーナが隊員達に声を掛ける。負傷をし、重くなった体を引きずりながら隊員達は精霊魔法士達を中心として辺りに気を配りながら駆ける。ベルーナが必死に頭を働かせて立てた作戦だ。この場を切り抜ける事さえできればあの厄介なサーヴァントの意表を突くことが出来るかもしれない。
「前方!抜けるのだよ!!」
風精霊の声が響いた。それと同時に霧に隠れた森の切れ間がベルーナ達の前に広がる。
そこにあったの清廉な水を讃える浅い泉だった。泉の中央には一際大きな大木が生えており、その周りの土が小島の様に盛り上がって苔生した緑色の肌を晒す。
世界樹の子株として光鈴の森や周辺の森の者から崇められている木だ。実際は世界樹と根で繋がった木々の一つといわれている。祭事などの際にこの場所を利用することがあったためベルーナはこの場所を把握していた。
木々に覆われ疎らだった日の光が勢いを取り戻したように燦々とベルーナ達に降り懸かる。
「陣形を整えろ!!森に向かって迎撃態勢!!」
ベルーナが上げた声に応じ、部隊は一斉に反転し、大樹を背に迎撃態勢を整える。
森からは食指を伸ばす様に白い霧が這い出てきたところだった。泉を侵すかの如く白い霧が滑るように水面を走る。
「風よ!!」
ベルーナの口から零れ出た言葉と共に風精霊の魔力を借りて魔法が顕現する。水面に投じられた石の波紋の様に這い寄っていた霧は四方に流れて霧散した。露わになるのは銀色の毛並みを持つ狼。
その姿を見るや切り札たる精霊魔法士達は各々魔法を展開した。撓る鞭を手にした長髪の少女が地面を打つと泉から茨が飛び出しサーヴァントの体を絡めとる。続いて躍り出たのはまだ幼さの残る紅白の剣を持った双子の姉妹。双子の片割れが泉に剣を突き刺すとそこからビキビキと音を立てながら水が凍りついていく。泉に足を浸したサーヴァントは足を凍りつかされ、動きを完全に封じられた。そこに迫るは双子のもう片方が振り抜いた紅剣より発した熱線。それは過たずサーヴァントの体を貫いた。
サーヴァントはその人外の膂力を以って拘束を逃れようとするがそれは遅きに失していた。回り込むように掛けた二つの影がサーヴァントの側方より迫る。左を駆けるのは活発そうなポニーテールの少女。光輝く靴で宙を翔け、サーヴァントの胴体に重い一撃を放つ。右に躍り出たのは大人しそうなショートカットの少女。刺突剣を引き絞り、それを突き放つと同時に水晶の雨が降り注いだ。
この渾身の連撃にさしものサーヴァントの毛並みも大きく引き裂かれ、どくどくと銀毛の合間から赤い血を滴らせる。サーヴァントは忌々しそうにベルーナに一瞥をくれると、茨と氷の拘束を力一杯に振り払い、遠吠えを上げる。その遠吠えに込められたのは魔法の響き。その遠吠え自体が術式であり、魔法の行使であった。見る見るうちにサーヴァントの体が背景と同化していく。
【蜃気楼】の魔法。
正しきを偽り、偽りを真に変える魔法だ。ベルーナ達の視界からサーヴァントの姿が幻だったかのように消え失せる。
「逃がさないッ!!」
ベルーナはサーヴァントを逃がすつもりなど毛頭なかった。精鋭であるベルーナ達ですら隊の大半を失うこととなったのだこれが再び森に放たれればどれ程の被害が出るかは想像に難くない。
そもそもここで退いては犠牲になった仲間達に申し訳がたたない。
ここで仕留めきる。そんな決意と共にベルーナは何もない空間に向かって飛び込む。
「そこだッ!!」
ベルーナが発動していたのは【索敵】の魔法。【蜃気楼】の魔法は相手の視覚に作用するものだ。サーヴァントが起こした水面の揺れや空気の振動は目に見ることが出来ないだけで感知が出来ないわけではないのだ。先程までの霧の魔法ならば視覚、聴覚、触覚に至るまで完全にサーヴァントの姿を隠していただろう。
しかしすでにそれはベルーナの魔法によって吹き払われている。遮蔽物の多い森の中ならばこの【蜃気楼】の魔法によって危地を脱し、態勢を整えることが出来ただろう。だがこの場所でそんなことは出来ない。否、させはしない。
ただ闇雲にこの場所に出たわけではないのだ。確実にサーヴァントを倒すために仲間を犠牲にしてまで辿り着いた。揺れる空気のささめきが、水の波紋がベルーナにサーヴァントの場所を教えた。
「ハアアアアア!!!」
螺旋に渦巻く剣戟が空を斬る。湿った絶叫と共にサーヴァントの姿が露わになっていく。ベルーナが捉えたのはサーヴァントの首元だった。
ベルーナの後を駆けた精霊魔法士達や残った隊員達も最後の力を振り絞って各々の武器を手にサーヴァントへ攻撃を仕掛ける。
サーヴァントの魔法銀の毛並みの間から差し込まれた欠けた刃が、砕け、最早武器とも言えぬ鉄の固まりが先についただけの斧が、衝撃で捻じ曲がった槍がサーヴァントの体を叩き、削る。
サーヴァントは振り払おうとするも精霊魔法士達が再構築した拘束により四肢の自由を奪われていた。
「終わりだ!!」
ベルーナがサーヴァントに飛び乗り、剣を振り上げる。狙うは先程の突撃で露わとなったサーヴァントの首筋。防御を削り取ることを目的とした先程の螺旋の剣撃とは異なる切断を旨とした鎌鼬のような一撃。
糸のような銀の線を描き、それは落ちる。銀狼の首は抵抗も微かにベルーナの剣によって断ち切られた。
次の瞬間ぐらりと銀狼の巨躯が揺らぎ、水飛沫を上げながら泉の中に倒れ伏す。
「私達の勝利だッ!!」
「オオオオオオオオオオオオ!!」
銀狼の首を高らかに掲げベルーナが叫ぶ。隊員達が張り裂けんばかりの歓声を上げた。
ベルーナ達は勝ったのだ絶望的にまで見えた力の差を乗り越えて。多くの者を犠牲にしながら。
それでもベルーナ達はその手で里を、森を守り切ったのだ。
その想いは如何ばかりか。ベルーナの頬には一筋の涙が伝っていた。
――ドンッ!!
そんな喜びの歓声が響き渡る最中、ベルーナに衝撃が走った。




