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暁に星を見るもの  作者: 春夏冬秋茄子
第二章 機械人形は水上都市で微笑む
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銀狼の眷属



 「この近くに魔物は居ないのだよ」

 「そう。十分に警戒しながらもう少し東に進みましょう」

 ベルーナ達は周囲を警戒しながら東の森を進んでいた。東の森は一言で言うなら異常な状態であった。深い霧が立ち込め、いつもならそこら中に存在している生物の気配が全くないのだ。




 「明らかにおかしいですね。これも魔物の影響でしょうか?」

 「十中八九そうでしょう。強い魔物は周囲の環境にも影響を与えることがあると言いますし。どうしますか?隊長」

 「出来れば本隊が到着するまで時間を稼ぎたい。発見したら相手の強さを確認して連携を取りながら里から離れるように引きつけましょう」

 隊員達が了承の意を示し、頷く。相手が一つの隊を相手取って蹂躙を行えるほどの強さを持っている以上、こちらがどれだけ優位な状態で戦闘を進められるかが鍵になる。遠距離で攻撃を繰り返しつつ出来るだけ近接戦闘は避けるのが望ましいだろう。なにせこちらにはまだ本隊が控えている。無理をせず被害を拡大させないための囮になるのが今回の任務の重要な部分なのだから。

 隊員には出来るだけ犠牲を出したくない。出来る事なら誰一人欠けることなく笑顔で帰還したい。

 その為にベルーナは厳しい表情で策を練る。

他の隊員達も大型の魔物が相手ということで緊張をしているのか、少し話しては考えるように視線を下げてしまう。





 「ベル。難しい顔をしているのだよ」

 「大丈夫っす!隊長の事は俺が守ってみせるっす!!」

 「おいおい。張り切るのはいいが前に出過ぎるなよ。お前は隊長にいいところを見せようってすぐ前に出るんだから」

 心配そうな顔をする風精霊に隊員の中の一人が声を上げる。この中でも比較的若い森人だ。口調は軽薄なそれでもこの重い空気を変えようと話を切り出したのが分かる。その隊員の先輩に当たる森人がそれに乗って軽口を叩く。皆、ベルーナの心の負担を軽くしたいと思っているのだ。

 本当にできた部下達だ、とベルーナの表情が和らぐ。




 「く、はは。そうだね。無事に任務を終えて皆で騒ごうじゃないか。私が奢るよ。……ありがとう。少し気持ちが楽になった」

 「隊長。水臭い事言わないでくださいよ。よっし!そうなるとさっさと任務を終わらせようぜ」

 「俺は隊長とデートを希望するっす!」

 「お前は調子に乗んな」

 先輩の森人が若い森人の頭を叩く。そのことで重々しかった空気は消えた。今ならば上手くいくような気がする、信頼できる仲間達とならば。そんな思いを隊員それぞれが抱いていた。




 「よし、気を引き締め直して先へ進もう」

 ベルーナの掛け声で隊が前へと進みだす。もう隊員達の顔に不安はない。精悍な戦士達の顔つきだ。

 だがそんな中、呆けたような声が響く。




 「……え?」

 「なんだ?デートの件はなしだぞ」

 先を進みながら先輩の森人は軽口の続きかと注意しようと振り返る。しかし彼の目に入ったのは霧の中から突き出された鋭い爪に腹部を完全に貫かれた若い森人の男の姿だった。




 「ルーベルトッ!!」

 「おいおい、う、そだろ?はは、これじゃあ隊長を華麗に救って告白する計画が台無しじゃないっすか……。こ、のっ!!」

 腰の短剣を抜き放ち、霧の中から生えた爪の主、姿は見えないがおそらくそこにいるであろう存在に対してルーベルトと呼ばれた若い森人は一撃を見舞う。無理に体を捻ったせいで傷口が大きく裂け、血が噴き出た。ぎぃんと金属同士がぶつかったような音が響き、短剣が弾かれて地に落ちる。しかしそのおかげで何もなかった空間が揺らぎ、敵の姿を露わにした。




 その姿は銀色の毛並みを持った狼。人など丸呑みにしてしまえそうなほど大きな狼だった。それが霧を纏いながら青い眼を爛々と輝かせて牙をむく。




 「索敵は反応していなかったはずなのに!なんでっ!!」

 「水属性の隠蔽魔法か!!」

 付き従っていた妖精の隊員が驚愕の声を上げる。だがベルーナはその正体についてすぐに看破していた。銀狼がもう用はないというように無造作に前脚を振るうと、爪に刺さっていたルーベルトが血を吐きながら人形の様にごろごろと地面に打ち捨てられる。




 「リン!クルル!結界を張れ!ルナン!前衛は精霊魔法士の前へ!弓隊!牽制!!」

 その扱いに激昂しそうになった隊員達をベルーナが鋭く制する。逸りそうになった隊員達がその言葉を聞き、素早く陣形を整えていく。すぐさま結界が形成され、前衛達は剣を構える。一気に打ち出された矢によって歩みを進めようとしていた狼が後ろへと飛び退いた。

 威嚇するように呻る狼の魔物を睨みつけながら、ベルーナは焦燥に駆られていた。




 この狼の魔物に心当たりがあったからである。

 短剣を弾くほどの銀の毛並み、霧を纏うその姿、そして何より狼の魔物ということ。


 実際には直接見知っているわけではない。伝え聞いただけだ。

 ベルーナは記憶の彼方にあったそれを必死で思い出す。この危機的状況を打ち破る一助になることを祈って。

 それは黎明期、ベルーナが生まれる以前の魔物との争いを書いた書物に記されていたもの。




 神獣たるに白竜王、黒竜王に重傷を負わせ、二竜王を敗走に至らしめ、その眷属たる竜を最も多く地に墜とした最悪最凶の魔物。




 ――『黎明の牙嶺』ディルス。




 『黎明の魔物』は例外なく巨大で強力な力を持っている。その中でもディルスは別格であった。

その力は二竜王を同時に相手取ってなお凌駕し、竜王が率いた多くの竜達を虐殺した。

その体は峰と見紛う程でその体を絹のような銀毛が覆う。しかもそれは全て魔法銀(ミスリル)で出来ているのだ。魔力により形を変える魔法銀(ミスリル)は時に盾として時に剣として機能したという。

 そして様々な魔法を自在に操る姿はまさに天災。山嶺の如く霧霞を纏いては敵を欺き、嵐の如く黒雲を纏いては大地を穿ち、一瞬にして大峰を築き、地より燃え滾る溶岩を噴き出させた。




 大陸の南方の天竜山脈より東南に伸びる山岳地帯、その形から竜尾山脈と呼ばれる山々の西の麓には熱風の砂漠地帯に囲まれた一つの深い渓谷がある。其処こそ「銀狼の顎」と呼ばれる土地。竜達の敗北の地にして墓場。

 かつて平原であったその地は竜王率いる竜の軍勢とディルスとの戦いによって大きく形を変えてしまったのだ。竜王達を串刺しにし、致命傷を負わせた灼熱の槍は今でも「双牙山」と名付けられ、天高く聳えている。




 そしてもう一つ。このディルスには厄介な特性があった。これこそ竜の大軍勢を以ってしてディルスを倒すことが出来なかった理由だ。




 【眷属召喚(サモン・サーヴァント)】。

 ディルスは体を覆う銀毛の一つ一つを媒体として眷属を召喚できたのである。魔法銀(ミスリル)の毛から生まれた眷属達は同様に魔法銀(ミスリル)の毛並みを持ち、ディルスの持つ属性の一つを受け継いでいた。火属性ならば溶岩を操り、熱線を吹き、風属性なら嵐を纏い、不可視の刃で切り裂き、といった具合である。




 『群狼』。ディルスの意思に従い群れとなって襲い掛かった眷属達に竜達は数の優位もなく喰い荒らされたのだ。




 ここまで思い出してベルーナは狼の魔物に目を遣った。

 この魔物はディルスの眷属に間違いない。文献の内容とも特徴が一致している。水属性を受けた眷属であろう。



 考えを整理するその間にも隊員達に命令を下すことを続けている。命令を止めていまえば即座に大きな損害を招くことになる。

 ベルーナはじりじりと退却を行いながら、魔法を行使する。




 ――やれるだろうか?守り切れるだろうか?




 そんな焦燥を抱えながらベルーナ達と『銀狼の眷属ディルス・サーヴァント』との戦いは始まった。






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