守りたいもの
「く、ふっはっは!なんだい!その姿は!も、もしかして私に気を使ったのかい?あっはっは!」
「こんな姿の精霊は見たことがないよ。でもいいんじゃない?だってとってもかわいらしいもの」
ベルーナと風精霊はそれを前にそれぞれの反応を示していた。風精霊は腹を抱えて笑い、ベルーナはその愛らしさに頬を緩ませる。
二人の前にいたのは四羽の精霊だったものだ。しかしいまはその面影はない。
――そこにいたのはくまであった。
それは子供が人形遊びに使うようなテディベアだった。愛らしいその姿は何とも庇護欲をそそる。
マナの体の為、触ることは出来ないがその毛並みはとても心地よさそうだ。
何を思ったのかこの精霊は高位の風精霊となったにも関わらず人型を取らずにこのようなテディベアの恰好を取ったのだ。
「でもこれで呼び方の問題はなくなったね、くまちゃん?」
「はっはっはっ!しかしよかったとも言えるのだよ。君は争いを好まない性質なのだろう?その姿はそんな君にぴったりの姿なのだよ」
くまの風精霊はひょこひょこと体を揺らして同意するように腕を振った。その姿を見て風精霊とベルーナは頬を緩め、互いに笑顔を交わす。風精霊とベルーナはこの精霊が生まれて以来まるで妹の様に世話を焼いてきた。その精霊の成長は二人にとってとても喜ばしい事だったのである。
「一応、父様にも報告しておきましょうか」
「うむ。それがいいと思うのだよ」
思い出したようにベルーナが言った。精霊の有用性が再認識されている昨今では高位の精霊格を持った精霊が生まれた時には族長に報告を行うようになっていた。精霊魔法士を増やすことが出来るかも知れないからだ。風精霊やベルーナは争いを好まないくまの風精霊に隊に入って魔物からの防衛を担わせるつもりはなかったがもしパートナーを見つけることが出来れば戦闘以外でも里の役に立つことは出来る。精霊は悪意によってその身を傷つける。族長もそのことに関しては寛容であり、望んだものしか魔物の防衛には当てていなかった。
「それじゃあ行こうか、くまちゃん」
ベルーナはくるりと身を翻しながらくまの風精霊に声を掛ける。くまの風精霊はふわふわと浮かびながらそれに付き従った。宙に浮くおかしなくまに視線を奪われる人々ににこやかに笑みを振り撒きながら族長の家を訪れたのだった――。
「――人型でなく、ぬいぐるみの形をとるとはこれまた珍しい」
「どうやら争いを好まないようでこのような愛らしい外見をとったようです」
「ふむ。となると防衛の任より里の中での仕事の方がよいか」
「ええ、その方がよいかと」
族長であるベルナンドはくまの風精霊をしげしげと眺めながら言う。彼の経験の中でも精霊が人型以外、それも獣型ですらない姿を取ったのはこれが初めてだったからである。
「なるほどな。こういうこともあるのだな。まあ精霊というのは人々の想いの帰結。争いを嫌うと精霊が出てくるいうのはよい事なのではあろうな」
「はい。その通りだと思います」
苦笑をしながら顎をさするベルナンドに対してベルーナは華やかな笑顔でそれに返す。世界樹の御許に住まう種族にとっての願いは平和な世界。それを体現するかのようなその風精霊の姿に二人は自然に笑い合っていた。
しかしそんな雰囲気を破るようににわかに扉の外が騒がしくなる。どたどたと走る音が聞こえるとその音の主が扉を破らんばかりの勢いで部屋の中に入ってくる。
「ぞ、族長!大変です」
転がり込むようにして入って来たのは森人族の青年だった。顔面は蒼白で服には赤い血がこびりついている。その様子を見て、ベルナンドもベルーナも一気に顔を引き締めた。
「落ち着きなさい。一体何があった」
「はっ!申し訳ありません!東の森に向かった隊が全滅!里まで逃げてきた者も傷が深く、そのまま息を引き取りました」
青年を落ち着かせようと努めて冷静に振る舞うベルナンドに青年は息を調えながら告げた。その言葉にベルナンドの顔は険しくなり、ベルーナは悲痛な表情を浮かべた。
「逃げ延びた者の話によると敵は大型の銀の狼の魔物。不意打ちを受け、複数の隊員が戦闘不能になり、態勢を整える間も無く何とか里に情報だけでもとその者が逃がされたようです」
「索敵に優れた隊が不意打ちを受けるとは……」
先発した隊は調査のために情報を持ち帰ることを第一の任務とし主に斥候職などの高い索敵能力を持つ者を中心に構成していた。それが不意打ちを受けて全滅。これは明らかに異常事態であった。
「戻ってきた者に手厚い弔いを。早急に他の氏族に連絡、氏族内より守り手を集めよ!我々は侵入した敵を迎え撃つ」
先発隊が魔物と遭遇地点は里からそう遠く離れていない。大型の魔物が近隣に潜伏しているというのは非常にまずい事態だ。更に狼の魔物なれば逃げ延びた者の痕跡を追ってここに辿り着く可能性もある。
迅速に対応を行わなければこの里どころか他の里、下手をすれば世界樹の森にさえ被害を与えるかもしれない。
「しかしまず魔物の動向を探らねばならんか……」
「族長。その役目、私の隊が負いましょう」
そこに立っていたのは真剣な顔をしたベルーナだった。それは戦士の顔だ。
「だがそれは……」
「これは誰かがやらねばならないことです。それに今動けるのは我々の氏族のみ、それなら精霊の力で索敵に優れ、戦闘も可能な私達が出るべきでしょう」
ベルナンドは眉間に皺を寄せ、厳しい表情をする。ベルーナのいうことが正しいのも、それが有効であるのも分かる。しかしベルナンドとて父親。娘をこんな危険度の高い戦場に駆り出すことには大きな抵抗があった。
「族長、いえ父様。確かに敵はとても危険な相手かもしれません。けれどここで退くことは出来ないのです。私は守りたい。この世界に生きる人々の笑顔を、希望を。大切な人を世界樹の森が変調を来せばそれは全ての人々に降り懸かるでしょう。それは決して起こしてはならない。だから私は……」
「その身が危険に晒されることとなってもか」
「はい。たとえこの身が果てようとも」
ベルーナはベルナンドを真っ直ぐに見つめた。決して譲る気はないという強い決意がその瞳にはある。
ベルナンドは深く溜息をその瞳を見つめ返す。こういう場面でもなければ娘の成長を喜ぶべきなのだろう。しかしこの危機的な状況では素直に喜ぶことは出来なかった。
「……分かった。我々も戦士達を集め、すぐに向かう。決して無理はするな」
「ありがとうございます」
こうしてベルーナの隊は他の者に先立ち、東の森へ向かうこととなった。




