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暁に星を見るもの  作者: 春夏冬秋茄子
第二章 機械人形は水上都市で微笑む
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在りし日の思い出



 『セントラル王国』は大陸の中央、迷いの森に囲まれた森林地帯にある国だ。



 セントラル王国には三人の王がいる。

 精霊王、妖精女王、森人王である。セントラル王国に住む三種族の王達だ。



 セントラル王国以外の国々ではこの三人の王達がお互いの領分を守り、個々で生活を営んでいる国、或いは三人の王の共同統治によって成り立っている国と教えられるであろう。

 しかしその実態は大きく異なる。



 セントラル王国において絶対的な頂点に立つのは唯一人、精霊王のみである。

 他の二王、妖精女王と森人王はその補助であり、それぞれの種族に効率良く精霊王の意思を伝える存在にすぎないのだ。そして二種族は精霊王に対して淀みない忠誠を誓っている。



 そもそもこのことを外の者が知る事は無い。まずセントラル王国に入国することが不可能だからだ。

セントラル王国を囲う迷いの森は樹齢数千年を数える大樹の生い茂る森で森の中には特殊な結界が張られている。迷いの森を許可なく通過することは何者であっても許されない。許可なくここを抜けることが出来るのはセントラル王国に住まう三種族だけなのである。



 通商も迷いの森の外にある特定の交易施設のみでしか行われていない。この交易施設は大陸にある国それぞれに設置されており、大陸各国より数段高い技術の交易品を見ることも出来る。大陸で流通する貨幣、セントラル貨幣もここで交換されるのだ。またセントラル王国の独自の評価により各国に渡されるセントラル貨幣は調整を行われている。民が飢えることなく、戦争などを起こすには国を傾ける覚悟で行わなければならないような絶妙な配分なのだ。セントラル王国は経済を通して世界を裏より支配できる存在であった。



 セントラル王国に戦争を仕掛けようものなら破滅しか待っていない。寧ろ勝負にもならないだろう。侵略を行うことすら出来ず、資源の枯渇により、その国は亡びるしかないのだから。

 世界に浸透しきった高い信用を持つ貨幣。それを持ちながらも自ら他国に干渉を行うことを良しとせず、泰然と存在する国。それがセントラル王国である。

 国々が分かれた人魔大戦の荒廃期の後、戦争が継続することなく、今の平和な世が築かれたのは裏にセントラル王国の尽力があったからに他ならない。



 セントラル王国の国是は平和の希求。己が世界を支配するよりも大陸の民に平和と安寧を齎すことこそが彼らの願いであった。



 そのセントラル王国が国として確立する前、世界の黎明を少し過ぎた頃、セントラル王国を囲う国々の人間達が大陸に生まれ出でる前まで事は遡る――。







 ――連理の世界樹を見上げる妖精達の結界の中。迷いの森にほど近い光鈴の森。


 ヒュンっと音を立てて風が舞い、不可視の刃が黒い狼の魔物の首を撥ねる。それを追うように矢が飛び、水の刃が、或いは岩石の棘が魔物の群れを次々と討っていく。森に侵入した魔物達は悉く矢と魔法によって倒され、光となって消え失せた。静かになった森を花弁のような羽を持った鳥達が飛び立ち、蒼穹へと昇って行った。



 「この辺りにはもう魔物は居ないみたいね」

 「これでしばらくは大丈夫なのだよ」

 森の茂みの中から現れたのは二人の少女。片方は森人、もう片方の少女は実体がなくふわふわと空に浮かび、透けた体から淡い光を放っている。その後に続いて数人の少年少女達が姿を現した。ほぼ半数は森人族の者達、その次に多いのが妖精族の者達で一番少ないのが実体を持たず輝いている精霊族の者だ。精霊族は初めに現れた者も含めて六人しかいない。六人の精霊はそれぞれのパートナーたる森人族の少女達の後ろを浮遊している。




 「しかしすごい戦果ですね。この一か月で森の南方面は殆ど制圧したわけですから」

 「これも隊長達、精霊魔法士と精霊達のおかげね」

 弓を手に持った眼鏡の少年が感慨深そうにいうとその隣の少女が誇らし気に応える。実際この隊の戦果は素晴らしいものだった。他の隊の十倍近く戦果を上げているだろう。




 「そうですね。他の氏族の中でも精霊魔法士を積極的に育成しようという動きがあるようです」

 「これ程強力じゃあな。森人族には適性もあるみたいだし」

 森人族は自然と調和し、それを守りながら生きてきた。長い年月を生き、マナの体を得て自然の化身ともいう状態になった精霊達との相性がいいのは当然の帰結だった。

この森に生きる者の使命は世界樹を守ることにある。そのため今よりも大きな力を得ることのできる精霊魔法に他の氏族たちからも注目が集まっていたのだ。

 しかし精霊魔法士となるには特別な鉱石を必要とし、精霊との相性の問題もある。その為、初めて精霊魔法士が生まれた光鈴の森のベアトリクセン氏族が実験的に育成を行うため、この隊を作ったのであった。

 最近では他の氏族も精霊魔法士を有用と判断し、徐々に運用が開始されている。




 「ほろほら!無駄口叩いてないで報告をしに帰るよー」

 「はーい!隊長!」

 クリーム色の長い髪を後ろで纏めたこの隊の隊長、初めての精霊魔法士にして風精霊の契約者、ベルーナは手を叩いて隊員達を促す。今では風精霊(シルフィード)と出会った頃の幼い顔つきから森を守る一人の戦士としての顔へとなっていた。




 「さあ皆、帰還なのだよ」

 「はーい!」

 風精霊(シルフィード)の声に隊員達が嬉しそうに声を上げる。

 黎明より少しすぎ、マナの森にて精霊達が発見されてより、数百年。森には森人、妖精、そして精霊達が共に生き、世界樹を守りながら忙しくも平和な日々を謳歌する。

 あの日から、ベルーナと風精霊(シルフィード)が出会ってから百年以上の歳月が流れていた――。








 「――という訳で森の南への侵攻はある程度落ち着いたかと」

 「ふむ。これで精霊魔法士の有用性は他の氏族にも伝わるだろう。他の氏族や妖精族も精霊石の採掘に協力してくれるそうだ」

 「これで他の精霊達も契約が出来るのだよ。みんな口には出さないが共に暮らす森人や妖精の力になることを望んでいる。きっと喜ぶだろう」

 光鈴の森にあるベアトリクセン氏族の集落で今回の報告が行われていた。奥に座る三十台ほどに見える男がベアトリクセン氏族の族長、ベルナンド・ルスベル・ベアトリクセンである。若く見えるが彼はこの森が生まれた時から、つまりは世界樹がこの世界に生まれてより生き続ける存在であった。



 その前に立ち報告を行っていたのは二十代に差し掛かろうかという森人の少女。クリーム色の髪を後ろに纏め、首には透き通ったエメラルドのような緑色の宝石を掛けている。精霊魔法士のベルーナであった。その後ろには契約精霊である風精霊が宙に浮かび、話を共に聞いている。



 「あとは東か」

 「ええ、東が何とかなれば他の氏族の援護にも回れるでしょう」

 ベルナンドは思案気な表情で顎をさする。光鈴の森は世界樹の南東に位置する。迷いの森に接しており、そこから世界樹へと迫る魔物の防波堤として機能していた。そのような役目を負った森は他にもあり、ベアトリクセンの氏族が光鈴の森の周りを平定すれば、他の森に増援を送れるのである。



 「その事なのだが、最近東の森で失踪が相次いでいる。隊を一つ送ったがそれもまだ戻ってきていない」

 「それは……」

 「ああ、強力な魔物が存在する可能性がある。詳しくは派遣した隊が戻って来てからになるだろうが覚悟だけはしておいて欲しい」

 「……分かりました」

 ベルーナは沈痛な面持ちで頷き、もしもの事態にはベルーナの隊が出動することを了承した――。







 「――精霊ちゃんただいま!」

 報告を終え、族長の家から出たベルーナは自分の家へと帰って来ていた。帰って来たベルーナに飛びついたのは二対の羽根を持つ光球である。その精霊は嬉しそうにちかちかと体を瞬かせるとベルーナの周りを元気よく飛び回った。


 「ただいま。日に日にマナが増しているね。この分ならもう少しで私と同じく人の形をとれるようになるだろう。どうやらこの子は私と同じく風の属性を帯びているようなのだよ」

 「この子も風精霊(シルフィード)になっちゃったら呼び方に困っちゃうね」

 ベルーナに続き、家に入った風精霊(シルフィード)が精霊を見て嬉しそうに言う。ベルーナはそれを聞いて苦笑した。


 精霊達に名はない。いや正確にはまだないというのが正しいか。

 精霊達の名付けは精霊王たる世界樹の精霊が行うことになっていたからだ。初めて生まれた精霊達、風精霊の前の世代の精霊達は人型を取り始め、理性を持ち、人間との意志の疎通が可能になった頃に精霊王より名を賜っていたのだ。

 森人達はその慣例に従い、自分達で名付けを行わないでいた。




 しかし現状で精霊王が精霊達に名付けを行うことは出来なかった。世界樹が大きな力を使い、休眠状態になっていたからである。世界の黎明期、強大な魔物が出現した。後に原初の魔物と呼ばれることとなった魔物達の出現に神々と竜王が共に封印に当たった。その被害は凄まじく、全ての魔物を封印したものの世界に大きな傷を残したのだ。

 世界樹は世界に恩恵を齎すマナの調和の象徴である。世界樹はこの傷を癒すために莫大な力を放出した。

またこの原初の魔物の封印の折、世界樹から名を賜っていた精霊達は魔物と相対する善の力で負の力を抑える封印の要として世界へと散り、役目を全うしていた。

 その為、現在、精霊達の中に名持ちの者は一人もいなかったのである。




 「確かにそれについては考えなければいけないのだよ。私達もベルのように名前があればいいのだけど……」

 むむむと唸る様に風精霊(シルフィード)が考え込む。四羽の精霊の方もその隣で思案するように風精霊(シルフィード)の頭の周りをくるくると回っている。そんな様子にベルーナは微笑みを零す。




 とても平和な日々だった。こんな日常がいつまでも続くと、続いて欲しいとこの頃の私は思っていた。




 それが唐突に終わりを告げるなど知らぬままに――。





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