始まりの出会い
「【星光槌】っ!!」
「【双星撃】!!」
ぎぃんと鉄同士のぶつかるような音がして二つの影が飛び退く。その後に一方の後方から躍り出た影が二条の光を放つがそれも漆黒の鞭によって軌道を強引に逸らされてしまった。
――冗談じゃない!
クロノはすたりと飛行する魔物の上に降り立ったベールの姿を見ながら内心で歯噛みする。
戦闘が始まってからここまでクロノ達はベールに一撃たりとも攻撃を当てられずにいた。ベールへの攻撃は全て魔剣たる『ブラッディソウル』によって防がれていたのだ。元々そういう力があったのかはたまたこの世界特有の能力なのかそれは不明であったがこの魔剣、人を斬ることで自身を強化出来るようなのだ。五百年もの間どれ程の血肉を啜ったのであろうか。その魔剣は『ワールドクロニクル』の頃と比較にならないほどに堅固で、獰猛で、そして鋭かった。
さらにそれを扱う者もまた規格外。正確無比、縦横無尽に剣を振るい、膂力もクロノやアルレシャのそれに匹敵する。
クロノ達は戦闘が始まった直後、ベールを出来るだけ傷つけないよう『決闘の腕輪』を使い、力を落として戦っていた。しかしそれは大いに間違いであったと言わざるを得ない。手加減どころかそれを大きく上回る力でベールは二人を翻弄し、クロノとアルレシャが徐々に出力を上げ、遂には上限に至った。だが現状、戦力は拮抗している。
つまりは都市崩壊級。封印から解き放たれた現在のメルビレイと同等以上の力を持つと考えられた。
勿論強化された『ブラッディソウル』の力も大いに関わってはいるだろう。しかしベールの能力も並でないことは明らかだ。
クロノは迫りくる無数の黒剣の鞭を斬り裂き、或いは障壁を顕現させ、ベールの元へと進む。けれど黒剣は主を守るかのように鳥の巣の如くベールを包み込み、近付けることを許さない。
「【重光星撃】っ!!」
そこにアルレシャの魔法が撃ち込まれる。力の解放によって得た魔力を存分に込めた濃密な一撃だ。黒い光はうねるように伸びて黒剣の叢に突き刺さる。バキバキと黒剣が捩れ、強引にその傷を広げていく。
多くの剣が巻き込まれて砕け、ベールを守っていた剣の層が薄くなる。クロノは一気にそこへと踏み込んだ。
「くそっ!!またか!!」
層の薄くなったのを確認して突撃を行ったクロノの目の前でアルレシャの魔法で出来た穴を塞ぐように剣が急激に枝分かれしてクロノに襲い掛かったのだ。クロノは手足に浅い傷をつけられながら後退する。斬りつけられた傷口からは生命力が漏れていくのを感じた。嫌な感覚だ。
ベールを覆う黒剣の群れが時間切れとばかりに閉じていく。
その再生力は異常なものでむしろ攻撃を行う前よりもその層が厚くなっているようにも感じる。
魔剣は確かにアルレシャの攻撃によって削られていた。いくら豊富な生命力をため込んだ魔剣といえどもこれ程急激に再生するなどあり得るだろうか。
そんな疑問を氷解させる答えをクロノは後退する際に得ていた。
塞がりゆく剣の覆いの先にあった光景。無数の異形の獣がベールの乗っている醜悪な鳥のようなモノから分離して自ら魔剣に突き刺さっていく。その様子はまるで百舌鳥の早贄のようだ。
どうやらあの異形は他の異形を生み出せるらしい。生み出された異形が糧となって魔剣の修復と強化を担っている。あの異常なほどの再生力は恐らくそれが原因だ。恐らく鳥の異形はバッテリーのような扱いなのだろう。戦闘に絡んでくる気配は一切ない。
あの魔物は生命力の簒奪を旨とする魔剣と相性が良すぎる。
流石に無限に異形が湧き出すということはないがすぐにそれが尽きるということもない。
このままでは長期戦に持ち込まれてしまう。そうなればマッキーから教わったタイムリミットを過ぎてしまう。
それはつまりベールの魂の崩壊だ。それだけは何とか回避しなくてはならない。
自分達を信じ、頼ってくれたマッキーの為にも、そして今尚苦しみの最中にあるベールの為にも。
――何か、何か考えなければ……。
クロノは攻めあぐねるこの状況に焦燥感を抱きながら、それを打開するため必死に策を巡らせるのだった――。
――マッキーは暗闇の中にいた。
ふわりとした浮遊感に身を任せ、思考さえも揺蕩う。
クロノ達は上手くやってくれているだろうか。無力な身で高望みをしていると分かっている。本来ならばそんなことを望むことすら烏滸がましい。しかしクロノ達の力を感じて、その人柄を理解してしまった。そうなればクロノ達を頼る他なかった。頼らずにはいられなかった。クロノ達の優しさに漬け込む卑怯な手だと知っている。けれどどうして願わずにいられようか。どうして望まずにいられようか。
人間いう存在と出会ったあの日から、無力を嘆いたあの日から、人と触れ合うことが出来るようになったあの日から、自分も誰かを守ることが出来ると知ったあの日から……、
……そして、彼女に救われたあの日から。
ずっと、ずっと、探していた。求めていた。
自分という存在の在る意味を――。
――あれはどれ程前の事だろうか。幾年、幾星霜の昔。きっと千年以上もの事だろう。
私が目覚めたのは、いや意識を持ったのはといった方が正しいか。
とにかくその頃、未だ偉大なる創造主様が天に御座し、世界が新しく回り始めたそんな時代。
私は森の中の泉の畔で初めてこの世界を見た。
その世界の素晴らしさに打たれて喜びに私は震えた。
これが世界というものかと、こんなにも美しい場所に私は生まれたのだと。
見上げれば轟轟と天を衝く連理の世界樹の偉容。光は満ち、水は清ら。生命は輝きが溢れ、大地が歓喜を謳う。そんな中で私は微睡みから覚めるように世界と出会った。
私がしばしぼうっとその姿に魅入っていた時、泉を囲う森の一角、叢の瑞々しい葉がかさりと揺れて一人の少女が顔を出した。光をそのまま結って作ったような滑らかなクリーム色の髪に透明感のある真白な肌。ピンと伸びた長い耳に、果実の様に染まった朱色の頬。美しい髪に引っ掛かった木の葉を払う少女の大きな瞳が呆然としていた私とぶつかる。
その瞳に始めに宿ったのは驚き、次いで抑えきれぬ好奇心が揺れる。
そして少し迷った様に一歩踏み出すと、私を怯えさせない様にか晴れやかな笑顔を見せながらそっと私の方へと歩み寄って来た。彼女は私の前まで来るとその身を低くして私と視線を合わせ、真っ直ぐに私を見ながら言った。
「はじめまして。私の名前はベルーナ。光鈴の森のベアトリクセン一族の娘。ベルーナ・ルスベル・ベアトリクセンよ!私とお友達にならない?」
キラキラと輝く彼女の無垢な瞳に私は光の塊のような小さな体をちかちかと瞬かせ、それに応えた。
それが私と彼女との出会い。
私は世界と初めて出会った日にそれに負けないくらいの素晴らしい彼女という存在に巡り合った――。




