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暁に星を見るもの  作者: 春夏冬秋茄子
第二章 機械人形は水上都市で微笑む
80/90

纏氣



「まさか泳げぬとは……」

「うぐぐ……」

メルビレイの本体の出現により発生した精霊島の崩壊を受けて、ルトナとタイラントは湖へと放り出されていた。タイラントの方はグレースが使ったような【反発障壁(リフレクト)】で湖上に立つという方法で難を逃れていたが問題はルトナである。なにせ生粋の山生まれ山育ち、川遊びをするくらいならば鍛錬という騎士に憧れて育ったルトナは致命的なカナヅチなのであった。ぼこぼこと湖底に沈もうとしていたところにタイラントが飛び込み、助け上げられたのだ。



 「水中迷宮にはいかなかったのか?」

 「あの時はアルレシャの魔法があったから……」

 「己が身も守れぬ者に誰かを守れると?」

 「…………」

 ルトナの言い訳じみた言葉にタイラントは厳しい言葉を以って返す。それが事実であるが為にルトナは唇を噛みしめ、黙り込んでしまう。クロノやアルレシャとの実力の差を理解しているが故の重い沈黙であった。



 「……あの者達と自分を比べているのか?」

 「…………」

 「あの者達は常人の規格の外にある者達だ。徒人如きでは一生かかってもその背を捉える事さえできない程に」

 水中迷宮のあの一件以来考えてきたことだ。本当の姿を曝け出せる存在同士であろうというのとは別に自分のエゴとして彼らの隣に並び立ちたいという想い。遠く霞む理想の姿でなく、現実の彼等に目を向けたことでこの想いは更に強くなった。ルトナは彼らを守りたかったのだ。タイラントの見上げる先には三つの影。人外の膂力を以って宙を舞う仲間達。彼らがその事を欲していなくともルトナのエゴはそこに立ちたいと叫び、願う。

 あそこに立つために自分は何をすればいいのか。自分に何が必要なのか。ルトナはそれを考えていた。

 十階層の主と戦うまでの卑屈な思いではなく、純粋に一人の彼らの仲間として。




 それ故にタイラントの言葉は重い。




 「そんなこと分かってる!でもっ!!」

 クロノと話したことで収まっていた感情の黒い部分が溢れそうになってルトナは咄嗟に声を上げた。そうではない。僻むより、焦がれるより、自分はただもっと純粋な気持ちで彼らと共に在りたいのだとそう思う。それでも人というものはそう簡単に変われない。強く想う程に、願う程に、どうしてもその気持ちを消すことは出来ないのだ。彼を、クロノをクロノとして見つめることが出来るようになった今だからこそなおさらに。




 「ああ、その通りだ。だからこんな場所で立ち止まっている訳にはいかないそうだろう?故にお前に凡人の至りし場所を見せよう」

 「貴方は凡人なんかじゃ――!!」

 「否、凡人だ。特別な力を持たず、ただ愚直に拳を振るう事しか出来ない不具の存在でしかない」

 そんな言葉と共にタイラントはルトナを反発障壁の上に下ろし、座り込むルトナの前に立って構えを取る。

 数瞬、現れたのは巨大な亀の魔物。その後ろからトビウオのようなえらを持つ魔物や電撃結界を破ったナマズのような魔物が続く。亀の魔物は玄武の如く尾に三尾の蛇が威嚇の声を上げ、正面では亀と龍の合いの子ような長い鎌首をもたげていた。水面に飛び出した勢いのままに魔物はタイラントに狙いを定め、赤い口を現界まで広げて襲いかかる。それにつられて他の魔物達もそれぞれに牙を剥き或いは電撃を迸らせタイラントに迫った。




 「『纏武』!!」

 しかしタイラントそんな魔物に体から噴き出す金色の光を纏うことでそれに対する。クロノがこの時タイラントに目を向けていたならばその正体を理解することが出来ただろう。



 ――『纏氣状態(オーラモード)

 『ワールドクロニクル』における戦士職の者達が使っていたものだ。『ワールドクロニクル』での魔法職は創造魔法という点において術式の構成さえ行うことが出来れば無数の、それこそな無限と言って良いほどの様々な現象を顕現できる。一方、戦士職の者は魔法を行使できるもののその数には制限があり、一切、魔法を使えない職業すらある。その戦士職が魔法職に対するために存在したのが『纏氣(オーラ)システム』である。


 『ワールドクロニクル』には攻撃の種類によって熟練度があり、その向上によって攻撃の威力を増す。そして戦士職が熟練度を一定の水準以上にすることで使用できるようになるのが『纏氣(オーラ)』だ。『纏氣(オーラ)』はそのまま氣を纏った状態のことでこれを使うと一定時間ステータスが底上げされ、魔法抵抗力も増大、さらにその状態でなければ放てない攻撃というのも存在する。これは『武技(アーツ)』と呼ばれるもので戦士職の切り札といってもいい。


 『纏氣(オーラ)』や『武技(アーツ)』はその性質を伸ばした熟練度によって変える。手数を重視したスピード型が戦士は高速の連撃を放つ『武技』を覚えたり、剣に炎を纏わせて戦う戦士が火の属性を付与された『纏氣』を使えるようになったりするのだ。

 戦えば戦う程に強く、そしてその能力を高めていく。それは与えられたものではない。勝ち取ったものだ。

 『纏氣(オーラ)』。それはこれまでの己自身を反映する鏡であると同時に積み重ねた強さへの憧憬の結晶たるべきものだった。

 そして誰よりも強さを追い求め続けたことを自負するタイラントの纏氣は纏氣の枠さえも超えて『ワールドクロニクル』には存在しなかった一つの形を作り出していた。



 「かつて我は弱き者であった。されど譲れぬものがあった。やらねばならぬ事があった。己が技を高め、磨き、極限まで昇華した。弱きが強きに並び、そして超えるために!」

 タイラントが滔々と語る。その言葉に偽りの色はなく、ただそれが真実ということが分かった。ルトナはその強い意志を体現したかのような眩いほどの光に魅せられたかのようにその金色の纏氣を見つめる。



 「己の弱さを知り、己の未熟を知り、己の至らぬを知る。それでも尚、望むなら、願うならば、求めるなら!!掴み取れ!!己の手で!!天賦の才を持つ者には決して見つける事の出来ぬ屈折と無情の中にのみ存在する光を!!」

 地に現れた第二の太陽の光とも呼ぶべき燦然と輝く黄金は空にある太陽にはない神々しい稲妻を放ちながらチリチリと空気を灼く。揺らめく炎のような纏氣の中に立つタイラントの姿はまるで仏教の護法神の如く感じられた。

 圧倒的な威圧感を前に魔物達は慄くが最早遅い。慌てて水の中へと逃げ込んだものもいたのだがそれすらも今のタイラントには意味をなさなかった。




 「武技(アーツ)《雷霆拳通天炮》!!」

 隙の無い構えから繰り出されたその一撃はアッパー気味な攻撃であるにも関わらず水中にあった魔物達すら巻き込みながら天へと翔けていく。魔物は灰すらも残さぬ程に粉々に砕かれ、勢いをそのままに進む光輝は遥か先、先程精霊島を崩壊させながら出現したメルビレイとライヤー達の戦いにまで割り込んだ。



 「すごい……」

 「お前が此処に立ちたいのならば、そう本気で願うなら、己を信じて剣を振り続ければいい。お前ならきっと此処に至ることが出来よう」

 それを大きく目を見開きながら眺めていたルトナの口から小さく、しかし希望の音色を持った言葉が零れる。そう、それは希望だ。

 己が高みに至る為の。天啓の如く舞い降りた『纏氣(オーラ)』という技は足掻き続けたルトナの中に鮮烈な印象と共に大きな指針としてその心に刻まれたのだった――。





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