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暁に星を見るもの  作者: 春夏冬秋茄子
第二章 機械人形は水上都市で微笑む
79/90

赤と紫




 「……忍のくせに全然忍んでねえじゃねえか。何が御座るだコーダのバカ野郎」

 「もともと派手好きな人だから仕方ないんじゃない?」

 そんな言葉を交わしながら裏町に立つのは二人の男女。男の方はいかにも軽薄で遊び人といった様子。女の方は何故か片手に血の滴る包丁を装備した普通の町娘である。

町娘の方は何処か不機嫌でぶっきらぼうに男に言葉を返す。

 裏町に拡散放送機はほとんど建っていないが、他の地区から放送が聞こえて来るのだ。



 「ホントそろそろ許してくれませんかね。マジで出血量がエグイ事になってるんですが……」

 「あん?」

 「いや本当にすいません」

 軽薄そうな男は地に額を擦りつけて謝罪する。そう。土下座である。しかし包丁を持った町娘はつんとそっぽを向いた。男の脇腹からはその言葉の通りにどくどくと血が溢れ、服に赤い染みを作っている。二人の様子から明らかに包丁を持った町娘が男を刺したのは明白であった。男の傷から漏れ出る血は近いうちに致死量に至るであろう。




 「死にそうなとこわりぃんだが――」

 「悪いって思ってんなら話しかけんなよ!?ねえ状況分かってる!?俺、今死にそうなの!!必死なのよ!!いやしかし必死って必ず死ぬっつうのは縁起がわりいな……いや!そうじゃなくて!!とにかく待ってろ!!クレアちゃんが許してくれるまで!!もしくは俺が死ぬまで!!」

 後ろから話しかけてきたスーツの男に軽薄な男はその風貌に似合わない鬼のような形相で訴える。その鬼気迫る表情にスーツの男は顔を引き攣らせた。軽薄な男に話しかけた男はボロボロになったスーツを纏って顔中痣だらけ、恐らく腕は折れているのであろう、だらりと垂れ下がっていた。しかしどのような気合いのなせる業か背には酒場娘のような女性を背負い、片腕でそれを支えている。




 「あなたも少しはこの人達を見習ったら?恋人の為にマフィアの倉庫に乗り込んで傷ついた女性をボロボロになりながらも労わる男とその女性をナンパした挙句、金魚のフン宜しく付いて行ってマフィアと大乱闘を起こした上に油断して簀巻きにされて、恋人に助けられた男。どっちが人として真っ当なのかしらね?ねぇ?そんな屑男包丁で刺されて当然よね?ねぇ?マチス?」

 「いやそれには大いなる誤解があるというか……」

 「当然よね?」

 「ハイ。トウゼンデス」

 言い訳を重ねようとするマチスに対してクレアは包丁を首元に突き付けることでその先を続ける事を許さない。そんなマチスの様子にクレアは溜息を吐きながらブルーニ・ファミリーに捕まっていた男、マルコに振り返る。




 「ウチの馬鹿が本当にごめんなさい」

 「いやあそこで割って入ってくれなきゃ俺もジェデスもどうなってたかわかんねぇ。感謝することは山ほどあっても謝られることなんてねぇよ」

 「だろ!?ほらクレアちゃん聞いただろ!?」

 「あんたは黙ってなさい」

 懲りずに功罪相殺を狙ったマチスに対してクレアが青筋を立てながら脇腹の傷に向かってボディーブローを叩き込む。その一撃にマチスは地に伏せ悶絶するしかない。

 そんなマチスを放ってマルコとその恋人に治癒の魔法を使い始める。見る見るうちに痛々しいほどに傷ついていたマルコの体が元の健康な姿を取り戻していく。




 「これでちゃんと恋人ちゃんも背負えるでしょ。とにかく貴方達は他のマフィアを纏めて裏町の住民の避難をお願い。」

 「何から何まですまねぇ。心配はいらねえ。裏街は俺らの街だ。俺ら自身で守るさ」

 「うむ。やはりいい男ね。それに比べてウチの駄男ときたら……」

 クレアは地面に蹲るマチスに侮蔑の視線を向ける。マチスの顔は蒼白で白目を剥いて陸に打ち上げられた魚の様に口をパクパクさせている。どうやらお迎えが近いらしい。



 「ほら行きなさい。この駄男は私が何とかしておくから」

 「あぁ、悪いな……」

 深い溜息と共にマチスの側に膝をついたクレアは先程マルコに使ったのと同様の治癒魔法を使い始める。そんなクレスにマルコの方は愛の形は人それぞれなのだなと妙な実感を得てその場から踵を返した。



 「まったく……」

 その言葉は果たしてマチスに向けられたものか、それともクレア自身に向けられたものか。その答えは誰にも分からない。そんな二人の元に影が落ちる。クレアはマチスから視線を外して空を見上げた。




 空にあるのは巨大な魔法陣。転移魔法陣だ。

 アルカヴィルシオの空を丸々覆うほどの巨大な転移魔法陣が展開され、そこからワイバーンやスカルバード、ウインドスネークなど翼を持った魔物の群れが堰を切ったかのように雪崩れ込んで来たのである。



 次々に転移魔法陣から飛び出した魔物達は黒雲の様にアルカヴィルシオの上空に広がり、地上に向かって攻撃を始めた。街のあちこちから悲鳴が上がる。



 「あんなものまで持ち出すとは……!」

 驚愕に目を染めたクレアの上空を一際大きな影が過ぎった――。








 ――魔物が上空を悠々と飛び回るアルカヴィルシオの街並みをその災厄から逃れるために駆ける影があった。


 「アンタ達!あたしは置いておいき!」

 「おばあちゃんをおいてなんていけないっ!!」

 煙草屋の老女、グレスタ・キャンベルトの鋭い声が裏街に響く。それに対するのは孤児達の姉役であるアイリだ。涙をその目いっぱいに溜めながらそれでも引き連れる他の子供達に弱気は見せられないと必死で唇を結んでそれを堪えている。



 「馬鹿娘!他の子達の事を考えなっ!」

 「なら俺が背負ってやるからはやくのれ!!」

 「このおてんばがっ!!どいつもこいつも年寄りに気を使うんじゃないよ!」

 アイリとロロに引き連れられた子供達は隣の老女、グレスタを拾ってマフィアの指定した避難所へと移動している途中であった。ここが他の地区であったならばその場所を領分とするマフィアの構成員達が誘導を行っていたのだがここは中立地帯。良くも悪くもマフィアの干渉を逃れた地域である。その為、マフィア達の手もこの中立地帯まで回りきっていなかったである。この地区にも自警団と呼べる組織はあったのだがそれもあまりにも小さくこんな事態を想定してはいなかった。

 現状は子供達をいち早く逃がそうとするグレスタを子供達が無理に引っ張って避難させようとしていたのである。




 「あぶないっ!!」

 「アイリっ!!」

 そんな子供達の気持ちを踏みにじるように上空から鋭い爪の一撃が飛来する。グレスタを庇ったアイリの背に赤い爪痕が刻まれる。飛来したのは骨の鳥。スカルバードと呼ばれるその鳥はアイリを傷つけた後も数匹の群れで上空を旋回し、獲物を鋭い目で狙っている。




 「アイリぃ!!行け!!ここはまかせろ!!」

 「ロロちゃんだけに任せておけないよ!僕も戦う!!」

 「何を馬鹿な事を言ってるんだい!!早くアイリを連れてお逃げ!!」

 ロロがアイリ達を庇うように落ちていた木材を拾って震える手でそれを構える。イリオもそれに続いた。グレスタだけは傷ついたアイリを腕の中に抱きながらも目を剥いてそれを止めようと必死で手を伸ばす。

骨の鳥達が上空から子供達へと狙いを定め、宙を翔けて一気に急降下するのがグレスタの目に映った。

 忌々しいこの老いた体では間に割り込んでロロとイリオを庇うことも叶わない。グレスタは絶望に顔を歪めしかなかった。スカルバードの鋭い爪がロロとイリオを攫おうと目前まで迫る。

 事態は最悪の展開を見せようとしていた。





 「――無垢なる子供を害するとは、懺悔なさい」

 ロロ達が魔物の凶手に堕ちようという寸前、短い言葉と共に夕暮れの薄暗闇に滲んでいた建物の陰影から何者かが躍り出る。それと同時に赤い影がひらりとロロ達の目前に立ちはだかった。

 次の瞬間、絶叫を上げて崩れ落ちる骨の鳥達。何が起こったか分からないままにスカルバードはその身を砕かれて地に落ちていく。

 影から湧き出るように現れた幾つかの人影はスカルバードを斬り裂き、屋根の上に降り立った。

 その姿はまさに暗闇。全員が金の刺繍の施された漆黒の修道服に十字架のような槍を手に持つ。ローブの裏地は星屑の様にきらきらと輝いており、その修道服が何らかの魔法具であることを示していた。

 そして更に目を引くのはその髪と瞳である。漆黒の姿の中で唯一相反する真白な髪、そして鮮やかな血を思わせる深紅の瞳。端麗な女性の顔立ちとは裏腹にその口元には鋭い八重歯が覗いていた。




 ロロ達がその姿を呆然と見つめているとスカルバードから守るように立ちはだかっていた赤い影がロロ達の方に振り向いた。



 「勇ましいレディース&ジェントル。遅くなってすいません」

 ロロ達の前に立ちふさがっていた人物はタキシードの上からファーのついた深紅のコートを纏い、顔に鳥のような鋭い嘴の付いた仮面をつけた男。この場に似合わない道化姿のその男は傷つき、グレスタの腕の中にあったアイリに歩みを進めていく。



 「ちょっとあんた!」

 「傷を負ってしまったのですね。少し待ってください。――【高位回復(ハイヒール)】」

 グレスタが声を上げるがその時既に男は座り込んでいたグレスタの前に跪き、血の滲むアイリの背に手を当てて魔法を発動していた。切り裂かれたアイリの背中の傷が温かい光に包まれ、癒されていく。

 アイリの傷が痕も残らず完全に治ったところで男は立ち上がり、空を見上げた。



 「おじさん!ありがとう!」

 「あんた一体……」

 「礼には及びません。私は唯の道化ですので。それよりも早くお逃げなさい。護衛にはあちらの『血盟者』の方についてもらいます」

 子供達は口々に礼を口にし、グレスタの方は突然の出来事に固まっている。それを避難するように促しながらも男は空の一点、魔法陣の中心を見据えていた。屋根の上で魔物達を斬り払っていた修道服の女性達は二手に分かれ、片方はそのまま魔物の殲滅を続け、もう片方は屋根から降り、子供達とグレスタの体を軽々と持ち上げてその場を去っていく。

 人々が避難し閑散とする街並み。そこに道化の男が一人残された。

 道化の男、スタンが見つめていた魔法陣が大きく発光し、中から巨大な影が街の上空へと姿を現す。




 「【撃滅の赤光(エリュトロン)】」

 天に向かってスタンが右手を翳すと渦巻くような光輝と共に赤い光が天へと駆けた――。






 「――『火砕鳥(ラーヴァ・アーラ)』だと!?なぜあんなものがここに!!」

 珍しく声を荒げていたのはアルカヴィルシオ最高議会議長のドミニクであった。それもそのはず、アルカヴィルシオの上空に展開した魔法陣から現れたのはそれほどの存在であったからだ。



 『火砕鳥』は大陸南端、カルスタン帝国の中にある『天竜山脈』と呼ばれる竜達の住処に出現する魔物だ。

 『天竜山脈』は過酷な環境で知られ、そこに住む魔物達も強力なものが多く存在する。その中でも溶岩地帯と火山が火を噴き、灼熱の大地が広がるその場所に火砕鳥(ラーヴァ・アーラ)は生息していた。

 その特徴は体を覆う頑強な岩石のような鱗、そして体を巡る溶岩の如き高熱の血潮である。見た目は竜の体に猛禽類の頭が付いており、体のあちこちから炎を噴き出している。竜の住処に住むだけあってその戦闘力は小型の飛竜種を遥かに凌ぎ、下級の竜種と互角以上に渡り合う。『災厄級』と呼ばれる複数の都市を滅ぼすほどの力を持ったA級の魔物だった。




 それが守るべき都市の真上に突如として現れたのだからその焦燥はいかばかりか。ドミニクは都市を自分達の手で守り切ると固い決意をしていた。しかしこの強大な魔物相手にどこまでそれが通じようか。火砕鳥の灼熱の吐息に焼かれる民達を想像してドミニクは苦悶の表情を浮かべた。




 「大丈夫ですよ」

 そんなドミニクに『名もなきギルド(ネームレス)』の首領、チュニスの凛とした声が響いた。宙を彷徨っていた虚ろな瞳は今ではしっかりとドミニクを捉えている。その吸い込まれそうな美しい瞳にドミニクは息を飲んだ。



 「……あれを何とか出来るのか?」

 「そのために私達は此処にいる。その為にあの方は私達を呼んだ」

 「あの方!まさか!」

 「……【疾風(やみかぜ)六黒羽(むくろばね)】」

 何かに勘付いたドミニクを尻目にチュニスはゆっくりと窓際まで近寄るとその兎耳を一度だけピクリと揺らし、アルカヴィルシオの空に身を投げた――。




 ――召喚された火砕鳥(ラーヴァ・アーラ)は怒り狂っていた。心の底から沸々と湧き上がる憎悪に己を止めることも出来ず、軋むような雄叫びを上げる。火砕鳥の眼下には小さき者共の住まう都市。怒りに任せてその都市を蹂躙しようと息を吸い込んだ時だった。

 都市の一角から飛び出した赤い光が敵対の意思と共に火砕鳥に迫ったのだ。その攻撃に相対するために火砕鳥は吸い込んだ息に灼熱を宿して、高温の吐息を打ち付ける。それは竜種が使うドラゴンブレスと比較しても遜色ない威力の一撃だった。



 しかし結果は相殺。逸れた攻撃の一部がアルカヴィルシオの城壁の一部、丁度虹水晶のある水門の上部の尖塔の辺りが崩れたのみであった。



 その事に不満を覚えた火砕鳥であったがそう思うのも一瞬、続いて街の各所から上がった強烈な魔法をその身に受ける事となった。燃え上がる火の龍が、或いは銃弾のような水玉の嵐が、不可視の斬撃が、重々しい礫が火砕鳥を襲う。街から放たれた魔法に火砕鳥は牽制するように上空へと舞い上がる。

 しかしそれと同時に街の上空に四色の結界が張られ、街を守るように展開した。




 そしてその結界の外側に立つ男が一人。男は鳥のような仮面に隠れた口をゆっくりと開く。




 「私は唯の道化です。ただ人を笑わせることを生きがいとした。しかし、いえ私が道化であるが故に。このようなことは許さない。人々が涙を流すような悲劇は私が許さない!!」

男は宣言する。その宣言を後押しするかのように眼下では四人の美姫が魔法を使って舞い、巨人族の男がワイバーンを握り潰し、小人族の少女がナイフで魔物の首を掻き、獣使いが魔獣にのって駆ける。




 「――同感です。」

 突然現れた男に目を奪われていた火砕鳥は黒い風に顎をかち上げられ、首を大きく仰け反らせることとなった。

 現れたのは兎耳の少女。ゴシックドレスの足元からは刃物のようなヒールブーツが覗く。膝と踝、足先に三対六枚の黒揚羽のような羽が生え、悠然と宙に浮いていた。




 「『天を仰ぐ者(アンカンシエル)』が『赤』、スタンチェスカ・スタンチカ・スタンキエフ」

 「同じく『天を仰ぐ者』が『紫』チュニス・バーミリア」

 スタンは大きく芝居がかった身振りで、チュニスは凛として名乗りを上げる。




 「――我が盟主が求めに応じ、ここに参陣!!」

 文字通り怒りに身を焦がす火砕鳥に対して、二人の小さき者が立ちふさがった。






一部修正しました。

『輝き仰ぐ者』→『天を仰ぐ者』

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