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暁に星を見るもの  作者: 春夏冬秋茄子
第二章 機械人形は水上都市で微笑む
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金色の焔雷



――S級冒険者。

それは全ての冒険者の頂点に君臨する者。世界でたった五人。

多大なる功績を以って国と対等に交渉できるほどの地位にまで至った武力の象徴。

それは生ける伝説と言っても過言ではない。



その一角が今、クロノの目の前に立っていた。

金色の獅子面で顔を覆い、溢れ出る魔力を燃え滾らせる。圧倒的な武。



――『黄火面の獅子(マスク・ビースト)』タイラント・マグゼクト。

クロノのように偶然に与えられた力ではない確かな経験に裏打ちされた人類の最高峰の力がそこにはあった。




 「――むんッ!」

 金色の焔を纏った腕が振り下ろされる。その形はまるで獅子の爪。バチバチと弾ける火花からはその攻撃が炎と共に雷までも操り、纏っていることを示していた。

 迸る焔雷は鋭く、凝縮されたエネルギーの奔流であった。叩きつけるようにして放たれた一撃は衝撃を撒き散らしながら相対する能面の男に突き刺さる。




 「おや、アラクネの水晶糸にグランタートルの甲羅、コーラルキャンサーの甲殻にロックリザードの鱗を重ねてもまだ通りますか」

 そう言いながらも淡々とした声で能面の男は言葉を紡ぐ。能面の男の両腕はいつの間にか異形のものへと変わっていた。片腕には盾の様な亀甲を、もう片方の腕は潮招の様な棘の連なる鋏を、服が吹き飛ばされて露わになった腕を更に岩肌の様な蜥蜴の鱗が覆っている。

 しかし男が言ったようにタイラントの攻撃の苛烈さからその両腕はどろりと熔解し、或いは黒く爛れていた。そして未だ残った熱がしゅうしゅうと音を立てながらその身を蝕んでいる。

 タイラントと男の間を先程の攻撃を防ぐために張られていた糸の結界の残滓が舞い、きらきらと光の線を残しながら地に落ちる。




 「流石はS級。しかしこれは厄介ですね」

 稲光のようなタイラントの連撃を傷ついた両腕で防ぎながらあくまで淡々と男は言う。異形の両腕は既に原型を残さない程にボロボロとなっていた。

 男は連撃から逃れるために一際大きく腕を振るう。しかしその大振りな一撃はS級冒険者からすれば隙以外の何物でもない。タイラントは潜り込むように一歩を踏み出す。



 決まった、とクロノが思ったのも束の間、タイラントは攻撃に移ることなく驚くほどの速さで制動を利かせ、瞬く間に後方へと飛び退った。



 クロノはその行動に訝しむがその疑問はすぐに氷解した。能面の男の異形の腕が紐を解くように分かれ、撓る鞭となってタイラントに襲い掛かったのだ。後退することで距離を取ったタイラントは無数の攻撃を躱し、焼き切って全てを捌いていく。

 無数の攻防が終わったころには地面にいくつもの蛇の頭が落ちていた。切断面から毒毒しい紫色の溶解液が溢れ床を溶かす。タイラントに襲い掛かった黒い鞭の正体はその一つ一つが強力な毒を持つ蛇の魔物だったのだ。



 クロノはこの二人の様子に歯噛みする。割り込むことが出来ない。

 この高度な読み合いの上で成り立つ戦闘にクロノが割り込めば戦況は傾くかもしれない。しかしそれ以上に危険を孕んだ選択だ。均衡を崩すことで何が起こるか分からない。さらに今はベールが一切手出しをしていない状況だ。ベールを巻き込んでの乱戦だけは何とか避けたい。

 クロノは固く剣を握りしめ、介入を踏みとどまった。

 ルトナとアルレシャに対しても手で行動を制する。




 「これもダメですか」

 そんなクロノの思惑を知ってか知らずか、タイラントが防御に回っているうちに後退をし、ブラッディソウルを手に佇むベールの横に立った能面の男は言葉とは裏腹に感情を感じさせない声でそう言う。タイラントと男の間には無数の黒い蛇たちが斬られた体を再生させながらタイラントに向かってその鎌首をもたげていた。



 「埒が明きませんね。時間もありませんし、少し本気でいきましょう」

 能面の男がそういうと無数の蛇たちの根元、本来なら上腕が存在していたはずの肘の辺りがボコボコと音を立てながら膨らんでいく。膨らんだ肉塊から現れたのは先程カストール・ファミリーの警備員達を噛み殺した異形の獣だ。その光景は余りにも悍ましく、吐き気を催すようなものだった。腕からその体を露わにした獣は次々とタイラントに襲い掛かっていく。



 襲い来る獣を剛腕で吹き飛ばしながらタイラントは前へと進む。しかし徐々に増える獣は纏わりつくようにタイラントを囲っていった。



 「小賢しい!」

 タイラントの体が一際強く光り輝くと激しい雷音が轟き渡る。狙いを定めるかのように能面の男を見据え、四足の獣の如く体勢を低くし、両腕を地へと着ける。その姿はまさに雷獣。張られた弓を思わすその姿勢に一斉に獣たちが飛び掛かる。そしてそのタイラントの一手を阻むかのように体をブクブクと膨らますと大音響を伴って自爆した。




 「アルレシャ障壁だ!」

 獣が膨大なエネルギーを孕んで大きく膨れ上がった瞬間にクロノはルトナとアルレシャを腕の中に抱き寄せ、後ろへと飛んでいた。次いで世界を赤い炎が満たす。しかしその前にクロノは見た金色の閃光が一直線に能面の男へと駆けるのを。



 轟音に次ぐ轟音。船がその猛威に耐え切れず軋みを上げる。天井からは砕け散った木片がばらばらと降り注いだ。



 暴威を振るった赤光が払われた時にクロノ達の目の前にあったのは吹っ飛び随分見晴らしの良くなった天井と船の側面まで貫通した大きな穴だった。

 タイラントは雷光のような一撃のままに船の外まで飛び出したようだ。これでよく船が持ちこたえられているものだとクロノは思う。

 そして視界の開けた空には二つの影があった。




 「おや、危ない。危ない。囮を使っていなければ消し炭でしたね」

 空に浮かぶのは能面の男。その背中には鳥の翼と蝙蝠の羽が一枚ずつ。しかしこれも異形の獣同様他の生物が合わさり、気持ちの悪い一対の翼を為していた。いつの間に生やしたのか能面の男は黒焦げの尾を振るい、そんなことを言う。恐らくタイラントの攻撃を爆発で視界を遮り、新しく作った尾を囮にして回避したのだろう。

 隣にはベール。こちらは空を飛ぶ事が出来ないためか、翼の生えた虎の様な異形の獣に騎乗している。こちらを見る目は濁っていてやはり感情というものが見られない。




 「オオオオォォォォォ!!!」

 船外から猛り狂った咆哮が響く。それと同時に雷鳴が轟き、空に金色の焔雷が線を引く。タイラントだ。能面の男とベールは辛うじてそれを躱し、次の攻撃に警戒して一気に高度を上げる。




 「しつこいですね。先に目的を果たさせてもらいましょう」

 能面の男とベールは焔雷を回避しながら湖の中央へ向かって飛んでいく。



 目的?

 この闇オークションで魔剣ブラッディソウルを奪う以上の目的があるという事か?

 クロノは逡巡する。



 奴らの目的は何だ?

 確かにブラッディソウルの強奪だけならば闇オークションに紛れ込む必要性は薄い。

 つまりこの場所でこの時でしか為せなかった?

 思いつくのは表のオークションについてだ。

 アルカヴィルシオで最大のイベント。国内外から多くの要人や観光客が集まる。

 もしそれを狙っていたのだとしたら?アルカヴィルシオという都市を、アルカスという国家自体を狙っていたのだとしたら?

 そもそもなぜS級冒険者のタイラントがこの場にいたのか。マフィアの闇オークションの品に対する強奪程度でS級冒険者は動かない。人類の至高の武はそれ以上に必要とされる事案があるからだ。

 タイラントは何と言ったか。『議長から依頼を受けて』と言わなかったか。




 押し寄せる嫌な予感にクロノは冷や汗を流す。





 「行きましょう。私達の目的はベールを助けることよ」

 「大丈夫です。主様(マスター)。私達がついています」

 悪い思考に陥りそうになっていたクロノの考えを読み取ってかルトナとアルレシャが優しい声で言う。

その言葉にクロノは気持ちを切り替える。

 ベールを救う事は決定事項だ。それに不測の事態が加わろうともその一点だけは変わらない。

ならばいま自分に出来る事をするだけだ。

 クロノはアルレシャとルトナに大きく頷いて飛び去ったベールの後を追うため、ルトナを腕に抱いて【月駆(ムーンライド)】を駆使する。アルレシャもそれに続いた。




 向かうのは能面の男とベールが飛んでいった先。

 湖の中央の小島、『精霊島』だ。






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