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暁に星を見るもの  作者: 春夏冬秋茄子
第二章 機械人形は水上都市で微笑む
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簒奪の剣


「――それではこの『人魚の血涙』は四十五番様の落札となります」

カンカンと小気味のいい音を立てて司会の男が木槌を打ち鳴らす。係員が下げていく台車にのったガラスケースの中にあった大振りの宝石がきらりと魔性の輝きを放っていた。落札価格は金貨八十枚。一般人なら目を回すような大金のやり取りがそこでは行われている。



クロノは手に持った目録に目を落とす。先程落札された『人魚の血涙』が四十九番目。闇オークションは順調に進んでいた。十番台は表のオークションにも流れることがあるような品目。表のオークションと違うのは盗品等の後ろ暗い理由からだ。二十番台からはそれこそ曰く付きの武具や取引の規制された品目が並ぶ。

ルトナが目的としている魔剣は五十六番目だ。最後から二番目に当たる。

しかしこれ以上にクロノには気になるものがあった。




ラストナンバー、五十七番目 『自動人形(オートマタ)』。

 『製作者不明。古代文明の逸失技術の可能性あり。エルフの少女を模した精巧な造形は人と見紛う程の逸品。周囲の魔力を基に稼働していると推定され、理論上は半永久的に活動可能。』



 これだ。クロノ達はマッキーから助けを求められた際、全てを、マッキーやベールの特異なる生い立ちを聞いている。故に確信を以って言える。

 これはベールだ。



 クロノは手に持った目録を我知らずきつく握りしめた。

 『自動人形』、『エルフ』、『精霊』、『鍛冶神エルト=ダウ=アルカーシャ』、そして『マッキー』と『ベール』。

 マッキーとの会話の中でもたらされた情報がぐるぐると頭の中を反芻する。




 しかし、しかしクロノは思うのだ。

 彼女が、ベールが何者であろうとマッキーが何者であろうと二人がクロノの仲間であることに変わりはない。過ごした日々に偽りなどない。



 ――だから全力で救う。喩えこの場にいる人間を全て敵にしたとしても。




 そう思いながら身を固くするクロノの手を柔らかい感触が包み込む。顔を上げると優しい顔で微笑むルトナと目が合った。その目には大丈夫だとクロノを鼓舞するような光が宿っているように思えた。

そんなルトナにクロノは力強く頷き返す。



 ルトナは本当に強いと思う。どんな時でも真っ直ぐで純粋で本当に大切なことを教えてくれる。そんな少女をクロノは素直に羨ましいと思った。

 今回の件だってそうだ。この目録に書かれた内容を見た時、ルトナは自分の事は後回しでいいと言った。一族の悲願を達成することより仲間であるベールの救出を優先したのだ。

 そんな思いを無駄にしないためにも今は落ち着いて慎重に事を進めよう。




 「来ました。次が魔剣です」

 救出の決心を新たにしているうちにオークションは進んでいた。アルレシャが耳元で囁く。

 クロノは視線を舞台に向ける。丁度台車に乗って豪華な布に覆われたそれが現れたところだった。

会場はオークションが始まってから大きな変化はない。嵐の前の静けさか、途中警備の人間が数人何かしらの連絡を受け、オークション会場から出ていったくらいだ。心配していたブルーニ・ファミリーも姿を現しておらず、覆面の男の影もなかった。



 舞台の真中まで進み、係員のドレスを着た女性が台車を止めると司会の男は大きく声を上げる。



 「続いて五十六番、『魔剣』です」

 司会の声と共に女性がそれを覆っていた布を取り払う。中から現れたのは漆黒の刀身を持つ黒剣であった。




 「……違う」

 他の参加者が感嘆の声を上げるのと反対にルトナがぽつりと漏らす。クロノにもそれがエクスカリバーではないということがはっきりと分かった。エクスカリバーは白銀でもっと清廉高貴な印象の剣であった。しかしこの剣は戦場独特の生々しい雰囲気がある。黒々とした刀身は見事な装いをしているものの、見る者が見ればそれが本質でないことが分かるだろう。




 「この魔剣は幾多の戦場を渡り歩き、屍を積み上げたと言われています。その返り血を吸い過ぎたために刀身は黒くなり、いつしか人を狂わせる魔剣となったとも。かの狂剣、ジス・クルト・アーバニアもこの剣を使用していたと――」

 司会による魔剣の説明が続く。しかし『ワールドクロニクル』のプレイヤーであったクロノの感想はルトナとは違うものだった。クロノはこの魔剣をの名前を知っている。『簒奪の三知剣』の一つ。『ブラッディソウル』。



 『簒奪の三知剣』シリーズは『ワールドクロニクル』のイベントで配布されたアイテムの一つだ。イベントボスを討伐した報酬として手に入れることが出来た。その特徴は名にもある『簒奪』。つまりは吸収系の三つの魔剣である。種類は『ブラッディソウル』、『メイガスキラー』、『イクスグーラ』の三種類。『ブラッディソウル』ならばHPを、『メイガスキラー』ならばMPを、『イクスグーラ』ならばランダムで能力値を攻撃の度に相手から奪う仕様だった。しかしその奪取する数値の低さから対人戦では即座に回復されてしまい、モンスター戦では決定力に欠けるため産廃扱いされた不遇のシリーズである。

その使えなさから『SAN値簒奪剣』、『簒奪の産廃三知剣(サンサンソード)』などと呼ばれていた。



 ただ『知剣』とあるようにこの三つはインテリジェンスアイテムで開発陣が奮闘した結果、無駄に高度なAIを搭載することとなり、まるで人と話すかのような会話が可能であったためインテリアとして部屋に飾っている者もいた。クロノの認識も武器というよりは話すインテリアという印象の方が強い。



 それが今この闇オークションで出品されている。司会者の説明を聞く限り、インテリジェンスアイテムとしての認識はされていないようだ。しかしどんどんと値段が上がっていく。司会の説明に出てきた『狂剣』という言葉に参加者が反応していたためそれが大きく値段を吊り上げる結果となっているのかもしれない。

値段は既にスタートの金貨五十枚の倍額、金貨百枚まで上がっている。




 「――ちょ!まっ!ダメです!何を!!」

 オークションが白熱する中、舞台袖から声が響く。参加者がその声に怪訝な表情をし、入札が止まった瞬間に舞台袖からスーツを着た男が舞台へと飛び出して来た。いや正確には吹き飛ばされたというべきか。

宙を弾かれたような速度で跳ぶスーツの男は司会にぶつかって大きな音を立てながら舞台から転がり落ちる。一瞬でその場は騒然となった。



 「なんだ!」

 「何事か!」

 男達の怒声と女達の悲鳴が入り混じる。そんなことは意に介さぬとばかりに飄々と舞台袖から現れたのは紳士然とした男。その顔は特徴といったものが無く薄っぺらい能面のような印象。目を離せばすぐにでもその顔を忘れてしまいそうである。そしてその男の後に続いて出てきたのは――



 「――ベール!!」

 クロノは座っていた席から腰を浮かせて声を上げる。男の後に続いて出てきたのは数日間寝食を共にした仲間。ベールであった。

 しかしその瞳はマッキーが言っていたように酷く昏い。



 舞台の真中へ進み出る二人に警備をしていた男達がそれを阻止せんと舞台へと駆け寄る。だが駆け寄った男達は一瞬でその身を床に横たえる事となった。舞台袖から飛び出した影が男達を引き倒したのだ。


 それは獣。けれどそれは酷く歪なものだった。狼の体に蛇の尾。尾の付け根からは触手を生やし、体は雑に縫い合わせたパッチワークのように様々な生物が組み合わさっている。肩のあたりから人間の頭が生え、呻き声を上げる。手足は四肢でそれぞれ異なった獣のもので、右足は人の足だ。

合成獣というにはあまりに悍ましい。



 獣は引き倒した男達に食らいつき、血飛沫を噴き出させた。

 場は混乱の渦へと叩き込まれる。逃げようと出口に殺到する人々。警備の者達は獣と距離を取りながら連絡用の魔法具でどこかへ指示を仰いでいる。



 クロノ達も人の波に逆らい、武器を手に舞台へと進む。目の端には同じように進むレッド・バクストンとサリア・グロムバーテンの姿を捉えることが出来た。

 その間にも能面のような男とベールは舞台の中央、『ブラッディソウル』の前に辿り着いていた。

 喧騒の中ベールがゆっくりと『ブラッディソウル』に手を伸ばす。




 ――ベールをアレに触らせてはならない。



 そんな直感がクロノの中に過るがクロノ達はまだ人混みの中。ルトナとアルレシャも焦っているのが分かった。

 そしてゆっくりとベールの手が『ブラッディソウル』に伸びる。




 「ベールッ!!」

 クロノが上げたその声は喧騒に呑まれていく。




 そして黒剣にベールが触れた瞬間――




 「――ゲェゲェゲェゲェ」

 硝子を掻き毟ったかのような不快な音が黒剣から漏れ出した。見れば刀身に大きな一つ目がぎょろりと開いたところであった。




 ――剣が嗤っている。




 そう表現する他ない。鍔から伸びた黒い触手がベールの白い手を侵すが如く巻きつく。

 その刹那、刀身が縦に割れ、荒れ狂う暴風のように黒い刃が会場を蹂躙した。赤い花が其処彼処に咲き乱れる。獣と相対していた警備の男達は不意を突かれ、悉く斬り裂かれた。仲間であるはずの獣ごと黒い風が吹き散らしていく。その光景に場の混乱はさらに深まる。



 舞台に向かっていたもので何とかその黒い嵐を耐えたのは数人。クロノ達を始め、レッド・バクストン、サリア嬢、そして仮面を脱ぎ捨て、ガントレットを付けた水拳のグレースとそのパーティー。警備をしていたカストール・ファミリーの男達は皆床に倒れ伏している。



 「クソッ!!ハズレくじを引いちまったか!!」

 そう悪態を吐くのはグレース。避難しようと出口に殺到する人々を背にして堅守の構えを取っている。



 「おや、数人討ち漏らしましたか」

 賞賛の拍手をしながらそう言ったのは能面の男。しかしそこに感情は感じられない。



 「まあいいでしょう。そろそろ時間です」

 能面の男が隣にいるベールに合図を送る。するとベールは黒い触手によって侵食された右手を振り上げた。それと同時に天井へと黒い刃が殺到する。その斬撃は天井を穿ち、夜空を露わにする。ぽっかりと空いた穴から月光が射し込んだ。



 直後、クロノ達の後ろからも轟音が響く。会場の入り口の横に扉程の大きさの穴が開いていた。

 そこに立つのは覆面の男。纏うスーツは所々破けている。



 「化物を差し向け、足止めとはやってくれる!!」

 覆面の男はそう言いながら手に掴んでいた先程の獣と同種のものであろう残骸――焦げた肉塊――を能面の男に向かって投げつける。能面の男は苦も無くそれを弾いた。



 「おや、これはなかなか」

 この時初めて能面の男は興味を持ったように薄く笑った。そんな能面の男の様子を無視して覆面の男はグレース達に声を掛ける。




 「潜入班の者だな?ここは我が受け持つ。船内に同様の化物が紛れ込んでいる。そちらに当たれ」

 「おいおい!潜入班は俺達だけのはずだ!あんた誰だ?」

 「数か月前から議長より依頼を受け、ブルーニ・ファミリーに潜伏していた。知らずとも無理はない」

 一方的に命令を下した覆面の男にグレースが疑問を呈する。それに対して覆面の男は淡々と告げた。



 「行け。ここは問題ない」

 そう言って覆面の男が前に進み出ると体から金色の炎が噴き出す。炎は体を覆う武具のように覆面の男に纏わりつき、顔の周りで獣の仮面を形作った。




 その仮面は炎の獅子。鬣が揺れ、黄金の火花が爆ぜる。




 「おい!まさかあんたはッ……!」

 その姿にグレース達は絶句する。その眼差しには尊敬の念が籠もっていた。

 そしてそれは確信に変わる。




 「『黄火面の獅子(マスク・ビースト)』タイラント・マグゼクト……ッ!!」

 グレースの口から世界に五人しかいないS級冒険者の名前が零れ落ちた。







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