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暁に星を見るもの  作者: 春夏冬秋茄子
第二章 機械人形は水上都市で微笑む
70/90

オークションの会場にて


建物の三階程をぶち抜いた吹き抜けの天井には宗教画の様な光輝く極彩のステンドグラス。正面から伸びる大きな階段は踊り場で二股に分かれ、二階へそして三階へと続く。歩く床には深紅のカーペット。そそり立つ装飾の施された柱は淡く発光し、中心にはアルカヴィルシオの観光名所でもある噴水広場を模した噴水が設置されている。多くの仮面をつけた男女が行き来し、着飾った服装で談笑し、或いは演奏される厳かな音楽に耳を傾ける。まるで舞踏会の一コマの様な優雅な光景である。




絢爛豪華なホールを目の周りを隠す仮面をつけたクロノは二人の美女と一人のメイドを引き連れ、歩いていた。着慣れないスーツに肩がこる。美女に腕を絡められて歩くこの格好でもそうだ。本当に慣れない。

そんなことを思いながらクロノは美女達――アルレシャとルトナ――に目を向ける。

アルレシャは青い色調の薄いベールを重ねたようなドレスを身に纏っている。人魚族の伝統衣装を基にしたドレスらしい。その様子はまるで大海の細波を思わせる可憐な恰好である。アクセントになっている美しく金糸の刺繍と装飾品がアルレシャを彩る。流れるような青い髪に白いコサージュがよく似合っていた。

ルトナの方は最近少し伸びてきていた髪を頭の後ろで一纏めにし、髪の色と違わぬ深紅のドレスでその身を着飾っている。その胸元にはアルレシャとお揃いの白いコサージュをつけていた。しなやかなその姿は孤高の薔薇のようだ。いつもとは違う大人びた雰囲気にどきりとさせられる。



馬子にも衣裳というけれど変わり過ぎだ。アルレシャはまるで深窓の令嬢のようであるし、ルトナの方は妖艶な美女である。その二人がこちらを見て花のように微笑むのだからクロノとしては頬を赤らめずにはいられない。仮面をつけていてもそれは変わらず可憐な笑顔である。もしかすると耳まで赤くなっているのではあるまいか。



そしてその後ろを歩くのがメイドの少女である。オレンジ色の髪に野暮ったい印象。頬のそばかすが田舎から出てきた少女という雰囲気を醸し出している。おろおろとした様子もその印象に拍車をかける。



この少女、ただの田舎者の少女ではない。クロノ達を襲撃し、ロロとマッキーを救った通称『銀』、メルクーア・ヴァルギエスタであった。現在は裏町のなんでも屋レッド・バクストン秘蔵の変装の魔法具によって姿を変えている。



マッキーとロロから詳しい事情を聞いたクロノ達はその後、隠れていたメルクーアと合流し、レッド・バクストンのところへ向かった。そこで協力関係を結ぶことに同意し、今に至るわけである。

この会場の中にはレッド・バクストンとお嬢様ことサリア・グロムバーテンも紛れている筈だ。



バクストン達なんでも屋の三人と協力関係を結んだクロノ達は攫われたベールを見つけるべく捜索を開始した。バクストンの人脈を頼りにブルーニ・ファミリーに探りを入れたのだ。そこで分かったことはベールを攫って行った男はブルーニ・ファミリーの構成員ではないということだ。外部の組織の人間とブルーニ・ファミリーは手を組んでいるらしい。

ベールを救出しようにもその居場所が分からない。ブルーニ・ファミリーに直接乗り込むことや、幹部を攫って情報を吐かせることも考えたがマッキーやメルクーアを圧倒した覆面の男の存在がそれを躊躇わせた。戦闘の後を確認する限り、市街で戦闘になれば大きな被害が出ることは間違いない。それ以前になぜそれほどの男が一マフィアの構成員に収まっているのかバクストンの情報網を使っても知ることは出来なかった。




そうして捜索は難航していくかに思われた。




しかし突然降って湧いたように転機が訪れる。

宛先人不明の手紙がクロノ達の元に届けられたのだ。




――求める者は『闇オークション』に現れる。

  彼女は矛盾の手の中に在りて、その時より先は救う事能わず。



怪しい手紙だった。だが『彼女』は勿論、『矛盾』というそのワードにもクロノ達は心当たりがある。



――『矛盾の黄昏(パラドクス)』。

 あの狂人集団がこの件に関わっているという可能性にクロノは背中に冷たい汗が流れるのを感じた。そしてクロノ同様にこのことを聞き、表情を変えたのがバクストン達なんでも屋の面々である。詳しく語ることはないが、彼らが『矛盾の黄昏(パラドクス)』に執着をしていることは明らかだった。




 その日の内にバクストンとカストール・ファミリーとの間で取引が為され、既に参加の決まっていたクロノ達だけでなく、なんでも屋の面々もこの闇オークションへと参加することとなったのだった。




 そんな訳でクロノ達は現在、闇オークションの会場、客船シャノワール号の大ホールにいる。

 このシャノワール号は元々普通の客船として造られていたのだが出資者が破産し、建造が停止。その後借金の形としてマフィアの息のかかった商会へと払い下げられ、密輸船として改造されたらしい。



 登録も正規の商会の名前で船種も客船となっているがその実はマフィアの密輸物資を運ぶ偽装船舶なのだという。水運国家のマフィアだけあってこのような船舶は幾つかあるらしく、今回闇オークションの会場としてこのシャノワール号が用意されたということだ。

 全ての人が仮面をつけているのは開催者側の配慮である。この闇オークションに来る人たちの中には自分の素性を知られたくない者も多くいるからだ。クロノ達としてもこれは有り難かった。




 それにしても密輸船とは思えない程に豪華な装飾である。まあ登録としては客船なので何も間違ってはいないのだが。

 ホールを軽く見回しながらクロノはボロが出ないように努めて気持ちを静めて歩みを進める。今回のクロノに与えられた設定は恋人の美女を侍らす貴族の放蕩息子だ。正直生まれから育ちまで庶民まっしぐらのクロノからすれば酷く落ち着かない気分になる。見慣れている筈のアルレシャとルトナの二人を侍らせている時点で緊張しているのだからどうしようもない。




 ホールを探してもベールの姿やベールを攫って行ったいう男の姿は見当たらない。ブルーニ・ファミリーの関係者もシャノワール号に既に乗り込んでいるという話だったがまだ船室にいるのであろう。

 ホールの扉の近くやそこかしこにカストール・ファミリーの警備達が見えるだけだ。





 「ほう。中々いい趣味の女であるな。そこな女。どれ余が買ってやろう。」

 そんな風にして歩いていたクロノ達の後ろから声が掛かる。驚きながらクロノが後ろを振り返るとそこには豚がいた。比喩でもなんでもない。正真正銘の豚だ。二足歩行の豚である。

 この闇オークションでは珍しく仮面をつけずにいる。醜悪なその顔はオークにそっくりでよくモンスターと間違われずにこのオークション会場に入ることが出来たものだと逆に感心してしまう程である。

 この顔では仮面をつけても意味はないかもしれないが。




 「そこの貧相な男。その女達は余が言い値で買ってやるぞ。ほれ。申してみよ」

 貴族の恰好をした豚が鼻をひくつかせながら失礼な物言いする。隣では病的なほどに痩せこけた青白い顔の執事が金貨の用意をしている。アルレシャとルトナはむっとした様子で眉を寄せた。



 「……はあ、行こう。アルレシャ、ルトナ」

 その様子にクロノは溜息を吐きながら腕に縋る二人を引き連れてその場を去ろうと目線を正面へと戻す。

 アルレシャやルトナを売る気など毛頭もない上に、この豚のアルレシャやルトナを物のように扱うその物言いはとてもクロノの気に障った。




 「おい!余が態々声を掛けてやっておるのだぞ!このウヌス・デル・ケシャラ・ボワチノ・ウルガスが!」

 「お前が何物でも関係ないし、そんな交渉に付き合う気もない。それでは」

 「なんだ!その態度は!ぺリス奴を捕らえて跪かせよ!」

 豚が激昂したように鼻息を荒くし、興奮した声でクロノに呼びかける。クロノは苛立たし気に口早に伝えると歩き出した。それを見て取ったウヌスと名乗る豚は顔を醜悪なその顔を赤くして横にいた顔色の悪い執事に命令を下す。執事はそれに応じるかのように前へと進み出た。

 それを見てクロノは感情を優先してしまった事を後悔する。ここで厄介事を起こす訳にはいかなかったのだが、二人を軽んじる発言にムキになってしまった。この場をどう穏便に抑えようかとクロノは思考する。しかしその思考が決着を見る前に思わぬところから助けが入った。




 「おおっと!ごめんよっと」

 ワイングラスを手にした男が間に割り込んできたのだ。そのまま男は千鳥足のまま執事にぶつかるともつれて二人ともカーペットの上に倒れ込んだ。



 「わりぃわりぃ。おっと!あぶねえ!何だこりゃ!」

 男は身を起こすと謝罪をしながらも床に落ちたものを見つけて大仰に驚く。それは今し方衝突の勢いで執事の手から零れ落ちた暗器の短刀であった。オークション会場は金持ちの貴族なども参加するため、武器の持ち込みが制限されている。もしものことがあっては大変だからだ。この執事がどのような手段をもって短刀を持ち込んだのかは分からないがこれは問題である。警備を行っていたカストール・ファミリーの者達が集まって来て豚顔のウヌスとその執事を囲む。



 「ぶ、無礼な!貴様ら何をする!」

 焦りを込めた声音でウヌスは警備員達に言うが警備員達はそれを涼し気に聞き流し、捕縛の体勢に入る。それを傍目に割り込んで来た酔っ払いの男は立ち上がり、確かな足取りでクロノ達の横を通り過ぎていく。



 「ほら、ぼけっとしてねえでさっさとここから離れろよ」

 男はすれ違いざまにクロノへと小さく声を掛けた。仮面でその表情は分からないが無理矢理着込んだようなスーツは男がこのような服装を着慣れていないことが分かる。



 「……グレースさん?」

 颯爽と去ろうとした男の背中にクロノはぽろりと漏らした。男の肩がびくりと跳ねる。恐らく気付かれていないと思っていたのだろう。男は油を差していない機械の様な仕草で振り返る。どうしてこの場に冒険者のグレースがいるのかは分からないが見間違うはずもない。



「……な、内緒で!」

 正体がばれたことを言っているのだろう。グレースはそれだけ言うとそそくさと退散してしまった。その様子にクロノ達は首を傾げたものの思い出したようにその場を後にする。横では警備員達と豚のウヌスの捕り物が行われていた。



 その場を離れたクロノ達は船のデッキへと上がり、新鮮な空気を吸い込む。遠く湖面の先にアルカヴィルシオが見えていた。傾き始めた日がアルカヴィルシオを囲う白壁を照らす。

 闇オークションが開催されるのは夕刻を過ぎてからだ。これ以上厄介事に巻き込まれないようにしよう。クロノはそう心に誓いながら美しい景色に目を向けるのだった。


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