闇に抗うもの、湖面の下で蠢くもの
御読み頂き有難う御座います。
次話よりオークションの話に入れると思います。
「――カルスタンでしょうか?」
「なんのことかね?」
真剣な顔をしてデスクの前に立った壮年の男が問いかける。それは危惧から出た言葉である。その言葉に問いかけでもって答えた部屋の主は悠然と椅子に座る。白髪をオールバックにし、威厳のある声で答えた。 その人物は机の引き出しにしまっていた葉巻に火をつけ、壮年の男の言葉の続きを促す。
「ヴォルクとの国境付近に不穏な動きがあります。小規模な活動を行っていたブルーニ・ファミリーのアルカヴィルシオでの台頭、他の都市では『解放の矛』を名乗る謎の集団の暗躍が見られます。私にはこれが全て別々の事態だとは思えません」
「それをカルスタンが主導していると?」
「はい。私はそう考えています」
ふうっと宙に紫煙を吐き出した部屋の主は真っすぐに壮年の男を見つめた。その瞳はその経験からか、立場故かとても深く、考えを見透かされているような錯覚に男は陥る。
「半分は正解だ。」
「半分、ですか……それはいったいどういう意味で」
「深淵は尚も深い、ということだよ」
部屋の主はそういうと視線を移し、深々と椅子に身を預ける。壮年の男は真っ直ぐにその横顔を見つめた。その言葉はカルスタン帝国の介入以上の厄介事にこのアルカヴィルシオが見舞われるという示唆に他ならない。真一文字に結ばれたその口元がその困難の大きさを物語っているようであった。
「アルカヴィルシオは……いえ、アルカスはそれを乗り越えることが出来るでしょうか?」
「乗り越えねばならん。今、アルカスが沈めば西方諸国だけでなく大陸全土が混迷へと墜ちる事と為ろう。故に我々が押し留めねばならぬ」
「確かにその通りです。愚問でありました。」
男は深々と頭を下げる。民を守るのが己の責務である、いかな困難があろうともその部分だけは曲げてはならないということを男は改めて認識させられた。部屋の主は灰皿に葉巻をすり潰し、眼光を鋭くして立ち上がる。
「いくつか対策を考えておる。だがまだ足りぬ。情報を集めよ。先見を以って場を制せ。我々が敵に後塵を拝することなどあってはならぬ。これは民の守護者としてと同時に商人の矜持を賭けたものである。心して当たれ」
「はっ!承りました!」
そういうと部屋の主は威風堂々と風を切るように歩き部屋を出ていく。壮年の男も決然とそれに続いた。
ただ部屋に残った灰皿の上の葉巻の火種がその決意を示すかのように赤く燻って瞬く――。
――ガリガリ、ガリガリ。
とあるマフィアの管理する屋敷の一つ。規則正しい音が響いていた。
音を発しているのは豪奢な椅子に座った男。体は丸々と太り、まるで風船のようだ。
ぎょろぎょろと左右非対称に動く目が嫌悪感を催させる。男は窮屈そうにその短い手を使って角砂糖を食べていた。その横には屈強な黒スーツの男達。皆、山高帽を被り、体の後ろで手を組んでいる。男のすぐ横には奇妙な覆面をつけた武骨な男が立っていた。
「あぁ~だめだめだめだめ!だぁ~めじゃないですか~!カーペットを汚しちゃあ~。」
「グブッ!」
男は観劇でもするかのような軽い調子でさも愉し気に言う。男の前には一人の青年が蹲っていた。青年は周りを囲んだ黒スーツを着た山高帽の男達に足蹴にされ、血を吐いて倒れていた。山高帽の男の一人が気絶した青年の髪を掴み、水の張られたバケツに容赦なく頭を突っ込ませる。
青年は意識を取り戻し、逃れようともがくが他の男達に抑えられ、顔を上げさせられる。
「ヴォッ!があ、っう、はあはぁ!!」
「おやおや~なあんです?苦しそうですね~。角砂糖でも食あべますか?これを食べるとよく頭が回るようになるんですよ~?」
「ウぐぉ……カはっ!くそ!ノタレ死ね!!粗チン野郎が――ぅぐふ!!」
にたにた笑う男に青年は振り絞るようにして罵倒の言葉を吐き出す。しかしすぐに周りの山高帽の男達に踏みつけにされ苦悶の声を上げた。
「素ぅ直になありましょうよ~。えぇっとなんでしたか?……あぁ、そうそう!マぁ~ルコくぅ~ん。私達はあ~ちょぉ~っとカストール・ファミリーのことを教ぉ~えてって言ってるだぁけじゃあないですか~」
体中に血を滲ませ、倒れ込むマルコに男は続ける。マルコの左腕は曲がってはいけない方向にひん曲がり、足も何かで殴られたのかずたずただ。血塗れで顔には大きな切り傷もある。
「……誰がァ吐くかよ――ぶっ、ごっ!!」
「頑固ですね~もうちょぉ~と調教が必要でえ~すか」
そんな状態でも毅然とした態度を崩さないマルコに男は飽きたとでもいうかのように立ち上がり、ステッキを持ってくるりとその場を後にする。その後に続いたのは覆面の男だ。
「ちょぉ~っと遊んであぁ~げてそれでもだあめなら処ぉ分しなさい」
「はっ」
男のにやにやした言葉に覆面の男は無表情で返事を返す。この男にとってマルコはちょっとした玩具程度の価値しか持っていなかった。
「そぉ~れで何かぁほかに~?」
「手配は粗方終了しました。『解放の矛』との連絡も順調です。オークションについても計画どおりかと。ただ例の奴らが連れていった御者が一人帰って来ていません」
「そぉ~れは重畳。利用できるだぁけ、利用させてもらいましょうかあ~ね。あぁ~とその御者ならいらぁないのでいいです~。どお~せ傭兵団から拾ったクぅ~ズですから」
「……かしこまりました」
男は笑いを噛み殺すようにしてステッキを回しながら歩いて行く。
「さぁ~て楽しいぃ~楽しいぃ~パーティぃ~ですよぉ~」
男の目が一際ぎょろぎょろと動いて口の端がにぃいっと三日月の如く持ち上げられた――。
――遠く聞こえる瀑布の弾ける音。薄暗い闇の中。まさにそこは水底であった。
がらんとした広い巌窟。深い深い奈落の底の様なその場所で蠢く影が七つ。
七つの影はそれぞれ気儘に暗闇の中に散らばっていた。
「……さて、そろそろ始めましょう」
まず声を上げたのは司祭服を着た男。その服装は神聖といっても過言でなく、高位のものであるということが伺える。しかしその一方で武装神官の様な鍛えられた武人の雰囲気も醸し出していた。
表情はこの奈落には到底似合わないような慈愛の溢れるような優しいものである。
「あれぇ?なんか少なくなぁい?」
口を挟んだのは背から純白の翼を生やした天使族の女。白磁の肌と零れ落ちる金髪の髪は神の御使いを彷彿とさせる。女は翼を使うことなく魔法で宙に浮き、まるでハンモックにでも転がっているかの様な体勢でそのことを指摘した。
「ムリエルとズリエルは他の仕事に当たっている。アドナキエルは何者かに始末された。ハナエルはお前の目の前で死んだだろう?忘れたのか、ハマリエル?」
「あぁ!そうだったわぁ!ホントあの時は傑作だったわねぇ!アハハハハハ!」
答えたのはローブを被った魔法使いの様な男。手にはねじ曲がった杖を持ち、その先に付いた毒毒しい紫の魔石を揺らす。その答えに天使族の女――ハマリエル――は狂ったように笑う。
「……ケッ!ボケてんのかよ!ババア!」
「なぁに?喧嘩でも売ってんのぉ?おチビのバルビエルちゃぁぁん?」
「あぁん!?」
吐き捨てるようにそう言った床に座り込む浮浪児の様な少年――バルビエル――にハマリエルは挑発的な言葉を返す。バルビエルは鋭くハマリエルを睨み返し、ぴりりとした緊張が走る。
「しね。しね。しね。みんないなくなれ。きえろ。しね。しね。」
その言葉の間を縫って呪詛を含んだ平坦な言葉の連なりが場を満たす。その言葉は地面に座って大小の石を積み上げている薔薇のような鮮烈な緋と紫紺の髪を持つ少女から洩れたものだった。感情の抜け落ちた瞳で少女はうわごとのように呪詛を繰り返す。
しかし次の瞬間にその言葉は途切れた。続いて起こる轟音。バルビエルの蹴りによって少女が岩の壁に叩きつけられた音だった。
「ラサラグェエエエ!!うるせぇえんだよ!!黙ってろ!!このできそこないがぁぁああ!!」
「止めなさいよ、バルビエルぅ。ここ崩れたらどうしてくれるわけぇ?」
「クカカカ!神聖ナルコノ場デ乱闘トハ畏レ多イデスネェ!カカッ!」
激昂するバルビエルにハマリエルは珍しく苦言を呈する。その奥でカタカタと笑っているのは神父の服装をした骸骨だ。はじめに言葉を発した男と違い、その服はボロボロで朽ちかけており、骸骨の体と相まってまるでリッチのように見える。バルビエルを制止するような言葉を吐いたもののその声音は何処か愉快そうだ。
吹き飛ばされた少女――ラサラグェ――は頭から血を流しながらも無気力に肢体を放り出し、虚ろな瞳でできそこないという言葉を繰り返していた。
「――静粛に」
ずしり圧し掛かるような重厚な響きに一同は一瞬で言葉を止めた。静寂に取り残されたように響くのはラサラグェの虚ろな呟きのみである。
「バルビエルその辺にしておきなさい。ラサラグェは外道者。仕方がありません。ガムビエル殿も同じ神職の身であるならしっかりと蛮行を止めて頂きたい。よろしいですね?」
「チッ!分かったよ!アスモデル!」
アスモデルと呼ばれた司祭服の男の言葉にバルビエルは眉を顰め、舌打ちをしながら座り直す。朽ちかけた骸骨神父――ガムビエル――はアスモデルに謝罪するように軽く頭を下げた。
「ではアムブリエル殿。続きを」
「承知した。ではウィルキエル。進捗を」
アスモデルはローブを纏った魔法使い――アムブリエル――に進行を任せ、自身は一歩身を引いて腕を組む。 アムブリエルは了承を示すと今まで壁にもたれ、沈黙を貫いていた紳士然とした印象に残らない見た目の男――ウィルキエル――に話を振った。
「こちらは順調ですよ。駒も揃いました。後は盤上で躍らせるだけです」
「クカカ!手伝ッタ私ニ感謝ノ一ツデモシテ欲シイモノデス」
「おや、これは失礼。大変お世話になりました」
ウィルキエルはまるで感謝のこもっていない様子でガムビエルに一礼する。ガムビエルはそれを受けて尚もクカカと笑った。
「ハマリエルの方は?」
「あぁ、あの蛇ちゃんでしょう?上々よぉ。もうひとつの方も良さそうなのを見繕ったわぁ」
ハマリエルは退屈なのか興味がなさそうにひらひらと手を振って応える。バルビエルその様子を見て再び舌打ちをした。
「ふむ。バルビエルに預けた亡きアドナキエルの遺産も機能しているようであるし、こちらに残っている『盾』も問題ない」
一通り話を聞き終えたアムブリエルは視線をアスモデルに向ける。アスモデルは首肯し、再び一歩前へ出た。ラサラグェを除くすべての視線がアスモデルへと集まる。
「皆ご苦労。我らが主の再臨の日は近い。各々使徒として主への挺身を望む――」
そうしてその言葉を合図に水底が再び真の奈落へと変わるように闇が濃くなっていく。巌窟が淀んだ闇に沈んだ時、残っていたのはできそこない、できそこないと同じことを繰り返すラサラグェの声だけだった。
一気にキャラを出し過ぎという説……。
そしてこの強引に詰め込んだ感……。




