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暁に星を見るもの  作者: 春夏冬秋茄子
第二章 機械人形は水上都市で微笑む
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失ったもの、及ばぬもの

 「ベールッ!」

 叫んでしまった瞬間、マッキーはしまったと思った。しかしその声は止まらない。マスクマン、御者の男、馬車から降りてきた印象の薄い男、そしてベール。全ての視線が路地の影から飛び出したロロとマッキーに向けられる。



 「おや、この子のお知り合いですか?」

 にっこりと笑みを浮かべた印象の薄い紳士の恰好をした男がベールの手を握ったままロロとマッキーに問いかける。それは普通なら人々を安心させる類のものであっただろう。しかしこの空間においてはその笑みは何よりも歪で間違いなく不吉であった。



 「お前は何者だ」

 この場に留まることは危険だ。ここは死地である。恐らくマッキーなど容易に命を刈り取られる。ロロに至っては言うまでもない。だがマッキーは問いかけずにはいられなかった。

 こんな状況でなければマッキーはすぐにでもベールのところまで飛んでいき、再会を喜び合っただろう。

 しかしそれは叶わなかった。


 そして男に問いたださなければいけないと知った。

 それを、見てしまったからだ。

 その男の吐き気を催すような不気味な歪さをではない。



 己が探し人の、生涯をかけて再び再開することを願った大切な少女の、何物にも代え得ぬその少女の、





 ――その目が光を失ったように濁っているのを。





 「貴様ベールに何をしたァァァァァ!!!」

 憤怒。今までこれほどまでに何かに怒りを覚えたことがあっただろうか。

 いや、ない。マッキーの存在意義をそれは塗り潰す行為だからだ。しかしマッキーは怒りを抑えることが出来なかった。

 どうして怒らずにいられよう。自分の大切な人が汚されている事実に。生命の尊厳を無視して貶められているという状況に。心あるものならばどうしてそれを見逃すことができようか。



 それと同時にマッキーは今まで経験したことのない様な喪失感に襲われた。

 怒りが原因だ。それはマッキーにも分かった。

 負の感情はマッキーの力を弱める。当然だ。マッキーはもともとそういう存在だからだ。

 そういうものとして生まれ、それを失い続ければ崩壊する。

 負の感情とは対極の存在。それがマッキーの根源たる力である。



 いまもじくじくと負の感情がマッキーの存在の根源たるものを削り取っていくのが手に取るように分かる。

 確かにマッキーは元々あった原初の、剥き出しの状態からは逸している。そう願い、それを望むことの出来る器を得てからは負の感情に対しても耐性が出来た。いや幅が増したというべきか。

マッキーやそれと同様の存在達が願いを成就するにはそうするしかなかった。


 しかしこれはその許容量を遥かに超えていた。

 いくらそこに余地があるとしても存在の根本が負の感情と反するのだ。害にならない訳がない。さらに悪いことにこれは内面から浮かび上がるものである。外部からのものとは大きく異なる。



 故にマッキーの力は急速に衰えていく。

 そしてそれを己自身で自覚しつつも止めることが出来ない。



 「マッキー!」

 「――ゥゥゥ!」

 ロロの悲痛な声が響く。存在が歪む感触に呻り声が上がる。あの力があれば、あの女神から賜った力があれば。しかし状況は違う。

 その力は失われた。最早マッキーの手元にはない。




 そう絶望しそうになった瞬間、マッキーは体に膨大な魔力が流れ込んでくるのを感じた。まるで零れ出る力を補うようにそれは器へと注がれていく。マッキーの力の流出がその流入によって均衡を得た。

 ラインだ。ラインによって形成したクロノとの繋がりが流れ出る力に抗うように魔力を注ぎ込む。


「――これは」

 これは疑似的な機構(システム)だ。女神の機構(システム)とは異なる、全く別の。いやそれさえかの女神は予想していたのか。

 これは補い合う補完の機構。かつてマッキーがかの女神より賜った自己完結型の独自機構と同様の力を与える。補完の機構故に不完全。されどこの場においてはそんなことは些事に等しい。



 ――これならあるいは!

 この注ぎ込まれる魔力で以って強引に、力押しでこの場を乗り切れば――!




 「【風刃(ウィンド・カッター)】ッ!」

 ベールのその手を握る印象の薄い男に狙いを定めてその男を両断せんばかりの裂帛の気合いで叫ぶ。根源への侵蝕は止まっていない。されど注ぎ込まれるその魔力を使い全力で魔法を起動させる。



 生まれるのは不可視の斬撃。

 濃厚な魔力のうねりをもって生み出された風の刃は鋭い疾風となって翔ける。

 それは容易に人体など斬り裂く一撃だった。岩をも砕き、ともすれば男の後ろにある屋敷さえも崩壊せしめん程の。




 ――けれどもそれは割り込んだマスクマンの腕のよって止められ、儚く霧散した。

 出力が足りない。マッキーはそれを瞬時に理解した。それがどんなに強大で濃密な魔力であろうとも、どんなに緻密に術式を構成したとしても元々の出力が足りないのだ。小さな蛇口で一瞬のうちに風呂釜を満たすのが不可能なように元々の規格がそれを邪魔する。膨大な魔力を出力する通り道が小さすぎるのだ。



 マッキーの攻撃を受けたマスクマンが並々ならぬ実力であるというのも一端にあるだろう。実際、マスクマンはスーツの腕の部分を大きく斬り裂かれたがその身には小さな裂傷を残したのみである。



 しかしこれでは足りない。能力の上限があまりにも足りなさすぎる。

 魔力の供給を受けなければ満足に魔法を行使できないマッキーにとってその問題は解消することの出来ない問題であった。大魔術を繰り返し行使していればその問題は解消しただろう。しかしそれは下手をすればマッキー自身の機能の停止を意味する。わざわざ自らそんな危険を冒すほどに切羽詰まった状態になったことが無かったのだ。だがいまそのツケが回ってきている。

 こんな時に何も出来ないなんて!後悔をしてももう遅い。事態は動き始めてしまった。





 「……こいつらは俺が始末する」

 「おや、積極的」

 「……一応護衛だからな」

 沈黙したマッキーを見ながらマスクマンが前へと進み出た。その体からは何とも言えない威圧感が立ち上っている。

 マッキーは瞬時に思考を巡らせ考える。

 この男に勝てるか、否。この男から逃げ果せる事が出来るか、それもまた否だ。



 「では、後は任せましょう。御者さんを少し借りていきますよ」

 「……好きにしろ」

 男はそう声を掛けると屋敷の中へと消えていく。付き添っていた御者も一緒だ。その後に何の感慨もなさそうに何処か遠くを見つめたベールが続く。

 あんなにも探し求めた少女が行ってしまう。手を伸ばすが届かない。マッキーにはそれを見送る事しか出来ない。

 もしマッキーが人間であったなら歯噛みをし、固く握った手に血を滲ませていただろう。






 「……それでは消えて貰おう」

 マスクマンの姿はまるで処刑人のようだ。いや、今からすることを考えればようだという言葉はいらないのであろう。静かに熟達の武人の雰囲気を感じさせる動きでマスクマンはマッキー達に迫る。これからマッキーはこの男に殺される。せめてロロだけでも――。





 「……それは無理」

 マッキーがロロを逃がすことに思考を傾注し始めたところで空から銀鈴のような声が降り注いだ。

マスクマンは訝し気な様子で空を見上げ、マッキーとロロは驚いて振り返る。屋敷の向かいの建物の上、マッキーとロロの背後にその影はあった。

 突然現れた声の主はマスクマンからマッキー達を遮るようにしてふわりと着地する。





 身に纏うのはメイド服。頭から迫り出すのは雄牛のような捩れた角。被り物ではない、本物の角だ。そして左目は眼帯で覆われているが隠されていない右目から少女が澄んだ緑翠の瞳をしていることが分かる。その横顔はまるで精巧な人形のようだ。そして少女の周りには付き従うように銀球が浮かぶ。





 「……介入する」

 それは数日前にクロノとマッキーを襲撃した張本人。なんでも屋の所長、レッド・バクストンの片腕。

 アルカヴィルシオの裏社会で畏怖される『銀』ことメルクーア・ヴァルギエスタの登場であった。






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