深夜の再会
「――はっ!」
「あ、おきたー!」
「おきた、おきたー!」
覚醒と共にイリオはその身を跳ね上げ、周りを見渡す。周りには馬車の探索の途中で知り合ったストリートチルドレン達が煤けた服を纏い、座っていた。時は夕暮れ。ひんやりとした路地の石畳の感触にぶるりとイリオは身を震わせる。誰かが掛けてくれたのであろう薄いボロ布を起きた拍子に跳ねのけてしまったらしい。
イリオはどうやら自分が路地に転がっていたということに気付いた。隣にはロロが同じようなボロ布を被されてすやすやと眠っており、そのほっぺたをストリートチルドレン達がつっついて遊んでいた。
「なぜ、路地……?」
「マスクマンがつれてきたよー!」
「マスクマン……?」
イリオの素朴な疑問にストリートチルドレンの小さな女の子が答える。そうするとイリオの中に昼間の屋敷への侵入の失敗とそれを捕縛した悪魔の様なマスクを被った男の姿がありありと思い出された。どうやら マスクの男に捕まったところでイリオとロロは気を失ってしまったらしい。
今更ながら恐ろしい体験であった。まさかあんなものが屋敷の警護をしているとは……。
「……恐かった」
「マスクマンいがいといいひとだよー」
「ときどきあそんでくれるし」
幼い少年と少女が顔を見合わせながら言う。ストリートチルドレンの中ではマスクマンはいい人らしい。
驚愕に値する事実である。
ふとそんな時誰かから見られているような視線を感じてイリオははっと顔を上げ周囲を見回す。視線の主はすぐ近くにいた。つぶらな瞳で子供達にままごとの相手をさせられているくま。マッキーである。その目には心なしか悲哀が籠もっているように感じた。
イリオは急いで子供達からマッキーを返してもらい、ほっと息をつく。少し埃に塗れたマッキーは子供達に気付かれないように小声でイリオに話しかけた。
(申し訳ないのだよ……)
(いえ、困ったときはおたがいさまです)
項垂れるように疲れた声を出すマッキーにイリオは答えた。どうやら子供達にかなりハードな遊びを強要されたらしい。
(でも無事でよかったのだよ。あのマスクなかなかの手練れなのだよ)
(え、あの恐い人と戦ったんですか?)
(いや、あれは戦ったというか……)
マッキーはロロとイリオが気絶した後、これは不味いと思い、鞄から飛び出して魔法を使って二人を救出しようとしていたのだ。しかし魔法が発動する前にぐわしと体を掴まれ、気が付けば空の彼方へ投げ飛ばされていた。そしてそのまま路地へ着陸を決め、人目を避けながら急いで戻る途中に幸か不幸かストリートチルドレン達に見つかってしまったのである。
その後はロロたちが眠っている場所へと連れてこられ、二人の無事に安堵を覚えたのも束の間、ひたすらに子供達に弄ばれることとなったのであった。
(なんか大変だったんですね……)
(ああ……)
イリオはマッキーに同情的な眼差しを向ける。よくよく考えてみればイリオの方も大概大変な目に会っているのだが本人はその事に全く気付いていなかった。
「――変態だぁぁぁぁぁぁ!!」
その時後方で大きな叫び声が上がった。ロロである。ようやく目を覚ましたロロは状況が分かっていないようできょろきょろと辺りを見回して、あれ?変態は?などと寝惚けたことを言っている。あのマスクマンはロロの中で変態というありがたくもない称号を授かったらしい。
「起きたんだね。ロロちゃん」
「おっ!イリオ!変態がいたんだ!さっきここに変態が――!」
「あ、うん。知ってる」
騒ぎ立てるロロにおざなりな返事をしながらイリオは深い溜息をついた。そしてロロに自分たちが気絶した後の事についてとりあえず説明を始めた。ロロはふんふんと興味深そうに聞いていたが途中から神妙な顔になると突然立ち上がる。
「あの変態がマッキーの探し人を攫った犯人に違いない……!」
その顔はさも天啓を受けたかのようである。探偵も腰を抜かすほどの迷推理であった。イリオは地面に膝をついて項垂れる。もしこの場にストリートチルドレン達がいなければマッキーも同じ格好をしていただろう。
「……根拠は」
「変態だからだっ!」
「……」
「……変態だからだっ!!」
絞り出すように言ったイリオの言葉はロロの超理論によって打ち消された。なぜ二回言ったのか。そんなに重要な事だったのか。
「とにかくあいつが犯人に違いない!明日からあいつを監視しよう!」
ロロが黄昏の空に高々と拳を振り上げ、堂々と宣言をする。周りのストリートチルドレンからは何故かおぉー!と拍手が上がった。
こうして何故か変態マスクを監視することがロロの中で確定になる中、イリオは体操座りで沈みゆく夕日を見つめ、もうどうにでもなれと遠い目をするのだった――。
「――という訳で俺達は変態マスクを監視することにしたんだよ!」
「あ、うん……」
ロロが興奮気味にこの一週間の動向を話す中、クロノは額に手を当て項垂れながらその話を聞いていた。確かにクロノはロロに闇オークションについて伝手を頼るように頼んだ。しかしまさかマフィアの本拠に突入しようとしたり、マッキーを手伝ってそんな危険な橋を渡っているとは思わなかった。しかも依頼していた伝手の話がマッキーとロロたちの人探しの冒険譚の間でさも大したことではないようにさらりと流されたのも何か納得がいかない。
それよりもマッキーが手を貸してくれというからどんな話か真面目に聞いていたのにいつの間にか変態を監視する話にすり替わっていた。どういうことだ。真剣にこれまでの時間を返してほしい。
「……マッキー。チェンジだ」
「あぁ。ここからは私が話すのだよ……」
クロノ同様に項垂れてロロの話を聞いていたマッキーに話をするように促す。マッキーもこれではいつまで経っても本題に入れないと頷いてから語りだした。えぇー!とロロは不満そうな声を出したがクロノはこれを黙殺する。
「まあ、ロロの話も無関係とは言えないのだよ」
そう言うとマッキーはゆっくりと話し出す。クロノは今度こそはとマッキーの語りに耳を傾けた――。
――マッキーがクロノ達と再会する前日、時刻は夜。
静まり返った街の中で薄い月明かりが屋敷を照らし、誰も住んでいない古びた屋敷の雰囲気や蔓の絡まった塀がその情景をおどろおどろしく見せる。
マッキーはロロたちと共に変態と命名されたマスクマンの守る屋敷を監視していた。ロロは昼だけでは飽き足らず夜にも監視をすると言ってこの日こっそり家から抜け出していたのである。もちろんアイナや他の子供達には何も言っていない。イリオさえも今回は一緒ではなかった。
ロロは一人屋敷の入り口とは反対側の路地の角から屋敷の様子を伺っていた。
「頼んだ私も悪いがこれは良くないと思うのだよ」
「仕方ないだろ!悪い奴が悪いことをするのは夜ってきまってんだ!」
マッキーの言葉にロロがよくわからない理論で対抗する。マッキーはやれやれと肩を落とした。ロロは最初一人で家を飛び出したのだがそれに気付いたマッキーがロロを追ってきたのである。
何がロロをそこまで駆り立てるのか。変態か。マスクか。とにかくロロの行動力は異常であった。
こうなれば無理矢理にでも引きずって帰ろうとマッキーが決意を固めたところで屋敷の方に動きがあった。屋敷の横道を抜けてあのマスクマンが出てきたのである。マスクマンは手に灯りの魔道具を持ち、屋敷の前まで来るとその門の鍵を外し、門の横に立った。
「ほら!見ろ!やっぱりなんかあるんだ!」
「まさか本当に来るとは……!」
声を殺しながらも嬉しそうにマスクマンを指差すロロをマッキーは驚愕の目で見つめる。この嗅覚は何なのだ。ロロには本当に厄介事を引き寄せる性質があるのかもしれない。
マスクマンは何かを待っているようで不動の姿勢を崩さない。
ロロとマッキーも声を潜め、固唾を飲んでその動向を見守る。
それからどれくらいの時間が経っただろう。マッキーやロロの感覚からすればとても長いもののように感じられたがおそらくはそれほど経っていないであろう。
それは突然であった。通りの向こう側から馬車の音が聞こえてきたのである。ゆっくりとした馬の蹄の音とそれが牽く馬車の車輪がカラカラと回る音は徐々にこちらへと近づいて来ているようだった。
この深夜に馬車がこの場所を通ることなどまずない。その音が近づいてくるたびに緊張の糸が張り詰めていく。
ようやく月明かりに照らされて見えたのは漆黒の外装の馬車であった。二頭の馬が悠然と歩く。御者は山高帽を被ったスーツの男である。
馬車は屋敷の門の前まで来るとぴたりと止まり、御者台から降りた山高帽の男が後ろの扉を開ける。
中から出てきたのは何処にでもいそうな紳士の男。その顔は平凡なもので気をつけて見なければすぐにでも忘れてしまいそうな何とも印象に薄い男であった。
その男が馬車から降り、くるりと振り返って馬車の中の人物に向かって手を伸ばす。
馬車の中から伸びたのは透き通るような白い手。それは小さな少女のものだった。
少女が続いて馬車から降りる。長いクリーム色の髪。ピンと尖った愛らしい耳。純白のワンピースのような服を身に纏った森人族の少女。
「ベールッ!!」
マッキーは隠れていたのを忘れて我知らず声を上げていた。
そう。馬車から出てきたのはマッキーの探し人、ベールであった。




