くまと子供とスカイハイ
「――ああ、女の子ね。いたよ。いきなり空から鉄の柱が降って来たと思ったら今度は岩が空を飛ぶわ、人が空を飛んでるわ、眩しい光が屋根の上でびゅんびゅん飛び交ってるわで散々だったさね。その子は馬車に乗ってたみたいで横倒しの馬車から出てきたよ。御者の奴は鉄柱が降って来た時点で逃げ出してたけどね」
ロロたちは現在、マッキーがベールを見つけた地点からさらに北に行ったとある通りに来ていた。話をしているのは恰幅のいい女性でこの通りに住んでいるのだという。
「その女の子は憲兵が来た時にはもういなかったね。どっちに行ったか?そんなの知らないよ。何せ空から何が降ってくるか分かったもんじゃなかったからね。そっちを気にしてばっかりいたさ。しかし本当にはた迷惑な話さね。」
恰幅のいい女性はそう言いながら家事があるからと言って家に戻っていた。話を聞いている途中に路地裏からガランガランと何かを倒すような音が聞こえたがあまり気にしないことにする。
「ああ?昨日の?大変だったに決まってんだろうが!結局何だったのか分からねぇままだしよ。馬車?女の子?知らねぇよ。俺が見た時にはもうすっからかんだったんだ。誰が乗ってたかなんて知りゃあしねぇよ。」
そんな風に答えたのは大柄な髭面の男だ。近くで鍛冶屋をしているらしく大きな音がしたためこの通りに駆け付けたところ誰も乗っていない馬車が横倒しになっていたらしい。
「ほかに何かねぇかって?そういや憲兵が馬車を退かそうとしてた時にスーツを着た山高帽の連中と話してたよ。あの様子だと馬車の持ち主だろうよ」
男はそう言って急ぎ足で去っていく。仕事場に戻るのだろう。厳ついけれど悪い人ではなかった。
「あぁん?馬車ぁ?ありゃあブルーニ・ファミリーのとこんだよ。」
昼間から酒を飲み、酒瓶片手に路地に座り込んでいた酔っ払いである。鼻をつくような酒臭い息にロロたちは顔を顰めた。こんな真昼間から酔いどれていて大丈夫であろうか。いやきっと大丈夫ではないから真昼間から酒を飲んで誤魔化すしかないのであろう。
「なんで知ってるかって?ブルーニ・ファミリーのとこの奴が憲兵ともめてたんだよ。憲兵はなんかやべぇモンでも運んでんじゃねぇかと思ったみてぇだぜ。まあ結局何も出てこなかったらしいけどなぁ」
酔っ払いは酒を呷りながら答える。酒気を帯びた透明な液体をぐびぐびと飲み干して酔っ払いは盛大に息を吐いた。その赤ら顔がだらしなく緩む。
「まあブルーニ・ファミリーは最近、揉めてた傭兵団を吸収して一気に力をつけたからな。実際危ない事にも手ぇ出してるんだろうけどよ」
それ、行った行った、と手をひらひらとさせて酔っ払いはロロたちを追い払う。
「――つまりはブルーニ・ファミリーがなんか知ってることだろ?」
「まあそうなんだけどね。ロロちゃんこれはさすがに……」
マッキーの探し人であるベールの乗った馬車が破壊された現場での聞き込みを終え、ロロたちはその馬車の持ち主であるブルーニ・ファミリーがベールのことに何か関係しているのではないかと考えた。
「大丈夫だって!人は住んでないって言ってたし!」
「いや大丈夫じゃないからね……」
ブルーニ・ファミリーが怪しいと目星をつけた後のロロの行動は早かった。すぐさま裏町へと取って返し、ブルーニ・ファミリーが持って帰ったという馬車の足取りを調べ始めたのだ。
ロロたちは顔見知りの少年ギャングやストリートチルドレンから情報を集め、馬車の足取りを追った。
元々裏町の南から馬車が入るということはあまりない。マフィアのお偉方が使うのが主だ。しかしそれもある程度頻度が決まっていたり、通るルートが定まったりしている。それにブルーニ・ファミリーが回収した馬車は事件によって損傷していた。
その為、裏町に入って来た謎の傷ついた馬車を少年ギャングやストリートチルドレン達はよく覚えていたのだ。
馬車の足取りは瞬く間に割れていった。
それでも裏町の中立地帯から北北東、つまりカストール・ファミリーのシマを少し北に行った地区にあるブルーニ・ファミリーのシマに入ってからは時間がかかってしまった。交友関係にある者が少なかったためである。それでもロロはその持ち前の明るさを発揮し、どこから連れてきたのかストリートチルドレンの少年少女にいつの間にか懐かれ、その情報を基についに馬車の止まった場所を見つけたのである。
それが探索を開始してから三日目のことである。そしてその翌日、まさにクロノ達が水中迷宮に挑み、十階層を目指してモンスターと戦い続けている頃、ロロたちは馬車の辿り着いた先、ブルーニ・ファミリーが所有する小さな屋敷の一つに侵入しようと試みていたのであった。
ちなみにクロノとの約束を忘れているように思えるがそこは問題なく進んでいた。隣の煙草屋の二階に事務所を構える所長――レッド・バクストン――がカストール・ファミリーとの顔繋ぎに協力を申し出てくれたのだ。恐らくアイリが頼み込んでくれたのではないかとイリオは思っていた。そんな訳で晴れて呪いから解き放たれた思いのロロはベールの探索に張り切って参加していた。
「まずいよ。ブルーニ・ファミリーの人に見つかったらどうするのさ。」
「大丈夫!大丈夫!ちょっと中を見るだけだって」
屋敷の裏側で木箱を積み重ね、ロロはひょいひょいとその上に登っていく。それを見るイリオの方はたまったものではない。ストリートチルドレンの少年少女から屋敷には夜も明かりが灯っていないし、人が来ることもめったにないと聞いていたがここはマフィアの所有する建物である。何があるかわかったものではない。
「ダメだってば!ほらロロちゃん降りて!」
「そんなに心配しなくても大丈夫だって!」
イリオはロロを止めるために同じく木箱を上り、ロロのズボンを掴む。ロロの方は蔓が張り巡らされた屋敷の壁の上に手を掛けつつ笑いながら答える。その声音は能天気そのものだ。イリオは胃がきりきりするのを感じながら登っていくロロのズボンを掴む力を強めた。
しかしそんなイリオの体が不意に浮かび上がる。ズボンを掴んでいたロロも同様に浮かび上がり、ロロとイリオは空中で同じ高さに浮かんでいた。
突然のことにロロとイリオはお互いに顔を見合わせる。
そして見たのはお互いの服の首元を掴む厳つい拳。
一瞬で状況を理解し、顔色を真っ青に変えたイリオはそろりそろりとその熊でも殴り殺せそうな拳を視線で辿る。そこにあったのは着ているスーツがはちきれんばかりの太い腕。服の上からでもその筋肉の形がよくわかる。
そしてゆっくりと振り向いたその先にあったのは口や目の周りに呪術の紋様を象ったかのような黒い模様が走り、額の部分にMの文字の入ったマスクを被って、冗談のようにちょこんと頭に山高帽を乗っけた巨漢。
口からコォォォホォォォと野生の獣が漏らすような吐息が漏れ、ぎろりと鋭い眼光で捕まえたロロとイリオを睨めつける。
「うわああああああああああああああああああ!!!」
そうして路地にロロとイリオの絶叫が木霊し、二人の意識はそこで途絶えた。




