魔術師の宮殿
「今度はあそこの屋台に行ってみたいです!」
「あ!アルレシャ走ったら危ないわよ」
「この町の屋台はなかなかレベルが高いですね。おや?どうしたのです糞野郎。置いていきますよ」
「…………」
楽しそうに屋台を回る三人の少女と裏腹にぐったりとした様子でクロノはその後ろを歩いていた。
疲れ果てたその目に生気は薄い。
昼食の後、クロノは三人の少女に振り回され、西へ東へ奔走することとなった。その成れの果てがこのクロノである。
朝から数えて、観光名所の最たるものである噴水広場に始まり、商店通り、オペラハウス、美術館に水族館、いろいろな屋台の立ち並ぶ屋台街に植物園、湾岸通りにサンセットビーチらしきもの観光名所は大概回ったのではないかと思ったがこれでもアルカヴィルシオの主要な観光名所の三分の一にも満たないらしい。
どれだけ観光名所があるんだ、アルカヴィルシオ……。
そんな思いに苛まれながら前を見るクロノ。視線の先には打って変わって笑顔いっぱいの少女達である。
ルトナがクロノの視線に気付き、にっこりと笑った。本当に無邪気な笑みだ。しっぽまで嬉しそうに揺れている。そんなルトナに疲れた笑顔を投げかけ、クロノは思い直した。
もともと彼女達に詫びるつもりでの今日の一日である。彼女達が楽しんでいるのならばそれでよいではないかと。
――バサッ!
そんなクロノの顔に風に飛ばされた紙が張り付く。
……前にもこんなことがあった気がする。クロノはそんなことを思いながら顔に張り付いた紙を見た。
チラシのようである。派手な装飾で印刷された紙には『世紀の大サーカス!シャングリラ・サーカスへようこそ!』と書かれていた。
チラシが飛んできた方向に目をやると深紅のビロードの小さな天幕があり、その周りでサーカスの団員であろうピエロや着飾った衣装の綺麗な女の人などがチラシを撒いたり、子供達に風船を配ったりしている。
周りには家族連れなどが集まっており、楽しそうにしている。
「……?」
しかしそれを見ていたクロノはあることに気が付いた。天幕の中に入っていった客が一向に出てこないのである。クロノが見ていただけでも十組はその中に入っていった筈だが一組も出てこない。
天幕の大きさは元の世界の遊牧民が使うようなゲルくらいの大きさしかない。十組も人が入ってしまえば一杯のはずだ。
入場券を売っている売り場か何かと思っていたのだが違うのだろうか?
「主様?どうかしたのですか?」
首を傾げるクロノにアルレシャがてとてとと小走りで寄って来て問う。クロノはアルレシャに先程拾ったチラシを見せる。アルレシャは興味深そうにチラシを覗き込み、その内容を見て、目をきらきらと輝かせた。
「サーカスですか!?楽しそうですね!」
「ああ。でもあの天幕少し変だと思わないか?」
次はサーカスに行きたいです!と目で語るアルレシャに苦笑しつつ、クロノは先程から気になっている天幕を指さすとアルレシャもそちらに目を向けた。そして同じようにアルレシャも首を傾げる。
「誰も出ていきませんね」
「そうなんだ。入っていった人達は何処に行ったのだろう?」
クロノとアルレシャの首を傾げる動作がシンクロする。
「どうしたの?」
「糞野郎。何をやっているのです」
そうこうしているうちに屋台を見ていたルトナとベールが帰ってきた。アルレシャと同じように二人にもサーカスの奇妙な天幕の話をする。
「確かに出てきませんね」
「不思議ね」
「あの天幕から少しですが魔力を感じます。もしかしたら他の場所に転送しているのかもしれません」
ルトナとベールも同じように首を傾げる。中に入っていった人数は既に五十人にはなるだろう。アルレシャの意見が妥当な気がする。
「ねえ、実際に入ってみたらどうかしら?」
「確かに百聞は一見に如かずです」
そう言うルトナとベールの瞳にはアルレシャ同様、ワクワクと期待が込められている。クロノはいつもアルレシャの世話を焼いて姉のように振る舞うルトナやクールな印象のベールが子供のような視線を向けて来るのに物珍しさを感じながら首肯する。
「俺も気になるし、サーカスも面白そうだ。行ってみよう」
その言葉に三人は嬉しそうに笑うとサーカスの天幕に向かってクロノの手を引いて歩き出した。アルレシャが早く早くと急かす。ルトナはそんなアルレシャに転ばないようにと注意をしながらも楽しそうにしている。意外だったのはベールも子供のようにはしゃいでいたことだ。
皆のこの笑顔が見られただけでも今日へとへとになった甲斐はあったというものだろう。
「おやおや!仲睦まじい坊ちゃんとお嬢さん方!我がサーカスにお出でかな?」
人込みを進みながらサーカスの天幕へと向かうクロノ達に声が掛かった。大仰な身振りで現れたその人物は片手に色とりどりの風船、もう片手にサーカスのチラシの束を持ち、顔には目の周りを隠すくちばしの長い鳥のようなお面をつけている。服装は赤いタキシードの上にファーの付いたこれまた深紅のコートを纏っていた。おそらくサーカスの道化役の一人であろうその人物はくるくると回りながら三人に風船を渡していく。
「やあやあ!我こそは道化師スタンチェスカ・スタンチカ・スタンキエフ!どうぞスタンとお呼び下さい」
スタンと名乗った道化師はおどけた調子でこれまた大仰にお辞儀をした。突然登場した道化にアルレシャははしゃぎ、ルトナは風船を貰ったことで恥ずかしそうに、ベールは興味津々でその様子を見つめている。
「アルレシャです!それと主様とルトナとベールです!」
風船を手に嬉しそうにアルレシャが紹介を始めた。スタンは朗らかな表情で――と言ってもお面に隠れて見えるのは口元だけだが――紹介を聞いている。
「おお!なるほど!アルレシャちゃんはみんなと旅をしているのですね?それは奇遇!我々も根無し草の旅芸人!世界の各地を回っているのですよ!」
スタンは腰に手を当ててエヘンと自慢げにいう。アルレシャの方はお揃いですね!と言うとスタンとハイタッチをした。とてもご機嫌だ。
「鳥頭!おどけるのはいいですが私達を案内するです」
待ちきれないのかベールがスタンに声を掛けた。最近気づいたのだがベールは男なら誰にでも厳しい。男性嫌いなのかもしれない。子供や女性には優しいのだが……。スタンのあだ名は鳥頭に決定したようである。ちなみに昼にあったグレースのあだ名は冴えない中年である。
「おおっと!失礼!私としたことがつい話に夢中に!ではではこちらにおいでませ」
スタンは謝罪をしてくるりと身を翻し、クロノ達を先導していく。クロノはここで疑問をぶつけてみた。
「あの天幕どう見てもあり得ない人数が入っていってるんだけど魔法を使ってるのか?」
「おやおや!我がシャングリラ・サーカスには初めてでしたね。では面白いものが見られると思いますよ」
スタンは意味深な表情で笑う。クロノ達はスタンに導かれるままに天幕の中へと入っていく。そこに有ったのはチケットを売っているカウンターだ。天幕の中には発券係のお姉さんのみで入っていった人たちの影もない。なんてことはない普通の天幕だ。そして奥へと続く幕があった。幕で仕切られた辺りが天幕の半分くらいだからどうやら幕の奥にカラクリがあるらしい。
「さあさあ!世紀の大サーカスを観るためにはチケットが必要ですよ!」
クロノはスタンに進められるがままに四人分のチケットを買う。ルトナとベールは怪訝そうな顔をしている。それはそうだろう。珍しいものは何もないただの天幕だったからだ。
しかし一人だけ、アルレシャだけは違った。
「主様、天幕の中に濃密な魔力が満ちています。外からは少ししか感じなかったのに」
「魔力……?ということはやっぱり奥に転移の魔道具でもあるのか?」
「おおっ!アルレシャちゃんはこれの魔力を感じていたのですか!それは凄い!いい魔法使いになれますよ!」
スタンは嬉しそうにくるくると回りながらい言う。アルレシャは少し照れた様子である。
そしてスタンはクロノの疑問に答えるように言葉を続ける。
「転移の魔法具というのはなかなかイイ線ですが、残念。サーカスはこの天幕の中で行われます」
「それはどういう……」
「実際に見た方が早いでしょう!どうぞこちらへ」
もっと詳しく聞こうとクロノが口を開いたがスタンはそれを遮って天幕の奥へと続く幕を開いて手招きをする。クロノ達は大人しくそれに従った。開いた幕の間から見えるのは机にのったこの天幕をミニチュアにしたような小さな天幕。クロノ達は訳も分からず幕の中へ踏み出す。
――とその瞬間、歓声が響き渡った。
クロノ達が足を踏み出した先にあったのは広大な空間。元の世界の東京ドーム程の大きさの観客席を埋め尽くす人、人、人。その観客席を囲っている赤いビロードの幕は天を衝くように伸び、その終わりが見えない。頭上には無数のカンテラが薄暗い幕の中を照らしている。正直に言って圧巻だった。
ポカンと口を開けて佇むクロノ達の前にスタンが進み出て、大仰なお辞儀をして言う。
「――我がシャングリラ・サーカスの誇る『魔術師の宮殿』へようこそ。今宵は最高のひと時をあなた方に」
スタンはそう言ってにっこりと笑ったのだった。




