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暁に星を見るもの  作者: 春夏冬秋茄子
第二章 機械人形は水上都市で微笑む
59/90

彼の事情、彼女の事情

御読み頂き有難う御座います。


ルトナ回です。



 ――水中都市、ドラゴンスカート戦直後。



 「クロノ!!」

 ルトナは怒っていた。クロノが十階層の主との戦いで危うく大怪我を負うところだったからだ。

 十階層の主を倒した後、地に下りたルトナは心に溢れる感情を御することが出来ずに、クロノにぶつけていた。



 「どうしてすぐに退かなかったの!?無理なら諦めて他の作戦を考えましょうって言ったじゃない!」

 「いや……その……一回目の攻撃で片方の核は潰せたし、なんとなくいけるかなって……」

 クロノはルトナと目線を合わせずに手で頭を掻きながら弁明をする。しかしその言葉にルトナは体の芯が熱くなっていくのを感じた。



 「なんとなくで死んだらどうするの!?死ななくても大怪我をしてたかもしれない!」

 「それは……ごめんなさい」

 謝るクロノにルトナは唇を噛みしめ、俯く。



 ルトナはクロノに恩があった。

 苦しみから抜け出すことを手助けしてくれた恩だ。ルトナに戦う力を目覚めさせてくれた恩だ。騎士の誓いを受け入れてくれた恩だ。そして弱いルトナを『仲間』と言ってくれた恩だ。



 クロノは確かにルトナを救ってくれた。それは同情かもしれない。気紛れかもしれない。

けれど、けれどそのことでルトナが救われたのは事実なのだ。



 『仲間』だと言われた時にルトナの胸は確かに高鳴った。

 『仲間』としてこの人を助けることが出来るのだと。その身に受けた恩に報いることが出来るのだと。



 しかしそれは違った。

 クロノは強かった。それこそ助けなど必要としない程に。アルレシャだってそうだ。とても強い。弱いルトナには遥か霞んで見えるほどに遠く先にいた。

 そのことを自覚したのはいつからだったのか。彼らが特別な存在であると。自分の力が遠く及ばないところにあると。



 それを自覚してしまった以上、ルトナはどうしようもない不安に駆られた。

 いつか彼らは自分の手の届かないところに行ってしまうのではないかと。遥か姿の見えない追い付けない場所に行ってしまうのではないかと。



 いやクロノやアルレシャに限ってそれはないのであろう。特にクロノのルトナに抱く感情は恐らく庇護に近い。それが何なのかは分からないがクロノはルトナを通して遠い何かを見ていると感じることが多くあったからだ。まるで何か昔の良き記憶を思い出しているようなそんな目。だがそれでもよかった。ルトナを助けてくれたのはクロノなのだから。そこにどんな感情があろうともルトナを救ったのは紛れもなくクロノなのだ。



 それ故ルトナは剣を振るった。二人に気付かれないようこっそりと。例えば夜も明け切らぬ早朝に、或いは人々が寝静まった夜半に、ルトナは不安を打ち消すべく無心に剣を振るった。



 『仲間』という言葉が重かった。それを隠すために過剰に喜んでみせたりもした。『仲間』という言葉はルトナの渇きを満たす水であり、ルトナの心に焦燥を駆り立てる棘であった。




 水中迷宮に挑戦すると言われた時も少しでも役に立とうと必死で頑張った。クロノやアルレシャが飄々と迷宮を歩く中、必死で剣を振るった。二人との実力の違いに心が蝕まれていくのを感じた。




 そして今回の十階層の主との戦い。

 ベールが立てた作戦は無茶苦茶だった。しかしクロノは大丈夫だといった。心配していたのは本当だ。だがルトナ自身も心のどこかでクロノなら大丈夫だと高をくくっていた部分があったのは否定しない。



 しかし作戦は失敗した。十階層の主は核を二つ持っていたのだ。そのせいでルトナやベールが助けに入らなければクロノは大怪我を負っていただろう。

 そんな作戦を肯定した自分を怒鳴ってやりたかった。クロノならなんてことはないと思っていた自分を。

 それと同時にルトナはこうも思っていた。やっと自分もクロノの役に立つことが出来たと。そしてそんな自分を嫌悪した。人を貶めて自分の価値を見出す卑小さを。





 そして結局、クロノに当たってしまった。

 八つ当たりだ。なんとこの身の矮小なことだろう。





 それ以上は耐えられなかった。

 ルトナは身を翻す。崩れかけた廃墟を駆ける。逃げたのだ。自分の小ささから。

 ルトナはぼろぼろと零れる涙に霞む視界の中、一軒の廃墟の中に駆け込んで体を丸めて蹲った。

 恥ずかしかった。穴があったら入りたいとはこういうことだろうか。

 ただただ自分の未熟さにルトナは打ち震えた。







 それからどれ程してだろうか。廃墟の中に人が入ってくる気配を感じた。ルトナはびくりと肩を震わす。逃げることはしなかった。いや出来なかったといった方がいい。ルトナは顔を伏せ、蹲ったままだった。





 廃墟に入って来た気配は黙したまま何も語らない。

 沈黙が続き、不安になってきた。怒っているのではないか。嫌われてしまったのではないか。

 そう思うと胸が急にきゅうと締め付けられる気がした。




 謝ろう。そうだ。謝って許してもらおう。

 この人に嫌われてしまったらきっと自分はダメになってしまう。





 「……あー、なんだ。その……」

 そんな風に思い、顔を上げようとした瞬間、クロノが声を上げる。ルトナは機会を見失って顔を伏せたままになってしまった。



 「……少し俺の話をしよう。そのまま聞いてくれたらいい」

 何か覚悟を決めたようにクロノが切り出す。その様子にルトナも黙って話を聞くことにした。



 クロノが話し出したのは荒唐無稽な話であった。

 信じられないというよりも理解できないことがという方が正しいのかもしれない。

 考えられるだろうか。魔法の無い世界のことを。違う世界からこの世界にやって来てしまったということを。しかしその声音に嘘はなく、その言葉は懐かしき故郷を語る何処か誇らしそうなもので。クロノの言っていることは本当の事だと分かった。



 そして裁きの大森林での苦難。吸血鬼ダリアとの出会い。ダリアとの契約。そしてルトナとの出会いまで話したところでクロノはルトナの方を向いた。既にルトナは顔を上げ、クロノの話に聞き入っていた。

 クロノとルトナの視線が交わる。




 「――そう、だからその何が言いたいかというとだな……」

 故郷やルトナとの出会いまでの冒険譚を語るときの様子とは打って変わってクロノは口籠り、視線を漂わせる。



 「……いままで黙っていてごめん。心配させてごめん」

 クロノはルトナに向かって頭を下げた。ルトナはその様子に戸惑う。




 「過信はあった。俺は忘れていた。自分が争いのない平和な世界に生きてきた人間でこの世界を何処かまだゲームの延長線でしか見ていなかった。俺は弱いし、未熟だ。人間だって出来ちゃいない。泣いてる女の子になんて声を掛けていいかもわからない臆病者だ」

 ルトナは真っすぐクロノを見つめた。所在なく佇むクロノは何のことはないルトナに嫌われることを恐れるただの少年であった。

 ルトナははたと気付く。ルトナはクロノのことをちゃんと見たことがあっただろうか。クロノがルトナを通して遠い過去の幻影を見るように、ルトナはクロノを通して幻想の英雄を見ていたのではないか。






 自分は本当にクロノという少年を見ていたか。






 今、ルトナの目に映る少年は確かに弱く、未熟で誰かが手を差し伸べなければ不安に負けてしまいそうなそんな少年だ。

 その時、ルトナの中で何かがカチリと嵌った気がした。

 クロノはルトナに強く在れといっただろうか。いや言っていない。ならばそうあろうとするのはきっとルトナのエゴなのだ。クロノに英雄の幻想を当てはめてその騎士である自分は強く在らねばならない。そんなどうしようもないエゴだ。

 なんてことはない。一人で空回りして悩んでいただけではないか。

 そんな風に思うと急に心が軽くなった。




 「ふ、ふふ……そうね。ついでにとんでもない大馬鹿者よ」

 突然笑い出したルトナにクロノはポカンとした間抜けな顔をする。そのせいでなおの事可笑しくなってしまった。



 「もう無茶はしないこと。見得も張らないこと。ちゃんと私やアルレシャに相談すること。……いい?」

 クロノは慌てて首肯する。ルトナはそれを見て何だか暖かい気持ちになった。

 クロノも自分も未熟だ。きっと足りないものがあってそれを補い合おうと悪戦苦闘している。いくら強くなろうときっとそれは変わらない。でもそれでいいのではないか。完璧でなくても。

 それが『仲間』というものではないだろうか。




 自分に出来ることをやっていこう。エゴはエゴとして彼と共に在る為に。

 ああ、ただそうだ。少しだけ意地悪をしよう。







 「そうそう、今回一人で無茶をした罰として――」

 私が彼を見ることが出来るように、彼が私を見ることが出来るように。









 「――今度、私とデートをしましょう」

 彼の中の私が私らしく在る為に、私の中の彼が彼らしく在る為に。

 ルトナはそう決めて悪戯っぽく笑った。







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