金と償いと
金とは人を狂わせるものである。
本来なら生活を効率化する手段でしかない金のために命を張る者もいれば命を奪うものもいる。
元の世界では金には魔力があるなどと比喩して言われていたものだが金の魔力は世界が変わってもどうやら変わらないようだ。まあこの世界では流通する硬貨に偽造防止の魔法が掛けられているため比喩でもなんでもなく魔力が宿っているわけだが……。
この世界の効果には何かしら使用者に中毒的な魔法が掛かっているのではないか。
クロノはそんなことを思いながら視線をテーブルの斜め向かいに座った少女へと向けた。
「くふふふふ……うひひひひ」
気持ちの悪い声を漏らしながら口元をだらしなく緩ませて笑っているのはクリーム色のさらりとした長髪を持つ森人の少女。幼い容姿をした少女の喜ぶ顔は思わず周りの人を笑顔にするほど眩しいものであったがその手に持ったものが問題である。
彼女の一方の手の中にあったのはセントラル金貨と呼ばれるもの。さらにもう片方の手にあるのはそれを磨くために用意された触り心地のよさそうなハンカチ程の布である。そして彼女の手元には零れ出るほどにさらにたくさんの金貨が詰められた巾着袋。
幼い容姿の少女が金貨を磨き、その輝きに奇妙な声を発しながら口の端を歪ませるその姿は悪徳な商人が引く程度には異質な光景であった。
「ぐふふ……ひひひ」
「う、嬉しそうね……」
そんなベールの姿を見つめながら隣に座ったルトナが顔を引き攣らせて呟く。クロノはそんな様子を見ながらそっと溜息を吐いた。
クロノ達がドラゴンスカートを倒してから一日半になる。現在の時刻は正午過ぎ。マッキーとの合流やロロとの約束を控えて今日は休暇ということになっていた。
今、ベールが嬉しそうに磨いている金貨は昨日、つまりドラゴンスカートを倒した翌日にクロノ達が迷宮に潜って手に入れた戦利品を売ったことによって得たものである。
南地区の十階層、この隠しボスの階層を越えた先には通常では解放されない二十五階層より下へと続く転移装置が出現する。この転移装置を使って行けるゾーンこそクロノが目を付けていた場所だった。
転移装置が繋がっている先は二十六階層、出現する敵は全てゴーレム系でアイアンゴーレム以上の上位種が多くを占める。『ワールドクロニクル』においても中級者の素材集めの場として一定の需要があったこの場所だがプレイヤー達にはそれほど重要視されていなかった。その理由はドラゴン系などの討伐クエストで得られるドラゴンの隠し財宝という設定の報酬の方が多くの素材を手に入れられたからである。
しかし今回クロノはこの世界と『ワールドクロニクル』との差異を利用した。
通常、『ワールドクロニクル』では倒したモンスターは光になって消え、ドロップアイテムだけが残り、プレイヤーはそれを回収していた。しかしこの世界ではモンスターが消えることはない。そこに死体が残るだけだ。
これはつまり解体などの手間が増える代わりに制限されていたドロップアイテムが丸々手に入るということである。ゴーレム系でいうならばその体を覆う鉱石全てが手に入るのだ。
ここまで来れば分かるだろう。クロノ達はこの層でゴーレムを狩りまくった。アイアンゴーレムに始まり、シルバーゴーレム、ゴールドゴーレム、ルビーゴーレムにサファイヤゴーレム、エメラルドゴーレムなどの各種宝石系ゴーレム、果てには『ワールドクロニクル』では素材ドロップ率が激辛だった希少種のミスリルゴーレム。まさに金銀財宝ざっくざく状態である。目的の物を手に入れる副次的な収入と考えていたがこちらの方が儲かるのではないかと思うほどの大収穫だった。
メインシナリオ後に解放されるエクストラダンジョンというだけあってゴーレムはかなり硬かったがそうは言っても最初の階層であり、相手は動きの遅いゴーレムだ。群れから引き離して一体に集中すれば倒すことにそれほど苦はなかった。このメンバーなら敵が単体の場合はドラゴンスカートのような異常個体や強力なボスでもない限り後れを取ることはないだろう。
そんな訳でクロノ達はそれまでの数日の稼ぎが霞むほどの大金を手に入れたのだ。今、ベールがテーブルの上に出している巾着袋一杯の金貨が四等分したうちのさらに一部だといえばその金額の大きさも分かるだろう。
そんな風に大金を手に入れたクロノ達であったがこのことでベールの特殊な性癖が露わになってしまったという訳である。
「くひひひ……」
「これはちょっと……」
「まあ趣味趣向は人それぞれですから……」
クロノはベールの何とも言えない姿に苦言を呈そうとしたクロノにアルレシャがやんわりとフォローを入れる。そのアルレシャもベールの様子にかなり引き気味ではあるが。
「なんです?糞野郎。その目は。この輝き!数多もの人々を魅了してやまないこの輝きの素晴らしさが分からないとは……。これだから童貞は」
「そこは童貞関係ないだろ!!」
「そもそもですね。時は金なりという言葉もあるでしょう。つまり金とは時と比されるほどに素晴らしいものということなのですよ!」
頬を紅潮させながら独自の論を展開するベールにクロノはまたしても溜息を吐く。そんなクロノの後ろから聞いたことのある男の声が掛かる。
「お!童貞じゃねぇか!聞いたぜ。かなり儲けたらしいな!巷じゃあ『童貞の幸運』なんつって大騒ぎだぜ!」
「グレースさんその呼び名何とかなりませんか……」
クロノの後ろから姿を現したのは以前の潜水士試験で賭けを取り仕切っていた水拳のグレースその人である。グレースはにやにやと笑いながらクロノの肩に手をかける。
「まあそう言うなってみんな褒めてんだぜ。今はギルドの先発隊が調査中だがそれが終われば一般の冒険者にもあの区画が解放される。そうなりゃお前らみてぇに一攫千金も夢じゃねぇ。大発見だぜ」
「甘く見てると大怪我しますよ。あそこのモンスターは普通の階層よりよっぽど強いんですからね」
「分かってらぁ」
グレースの顔は一攫千金を夢見てか緩みっぱなしだ。絶対に分かっていない。
クロノ達は十階層を抜けた区画、第二十六階層のことを冒険者ギルドに知らせていた。そうでもしないと戦利品について怪しまれてしまうためだ。クロノ達は偶然十階層の水中都市へ続く道を発見し、その先の階層でゴーレムを倒し、戦利品を得たことになっている。現在はギルドの先遣隊が調査を行い、その後一般冒険者に対して区画が解放されるだろうという噂だ。
「ところで童貞!今日は休みか?」
「だからその呼び名は……今日はデートというやつですよ。十階層の階層主とやるときにちょっと無茶をしまして。その埋め合わせです。」
「おお!童貞のくせになかなかやるな。」
クロノの横に溢れている買い物袋を見ながらグレースが関心したように言う。クロノはドラゴンスカート戦の後、ルトナによって説教を食らっていた。『仲間』を信じろとか豪語しておいて結局みんなに助けられたのだから当然の結果といえるだろう。自業自得である。その時に約束させられたのが今日のデートである。何故か唆したはずのベールまでついてきてしまったが気にしたら負けだと思うクロノである。
「まあ楽しんでもらえるように頑張りますよ」
「おう、頑張りな!色男!」
疲れたような顔をしたクロノにグレースは笑いながら手を振って応えた。
さて、この店を出た後は観光に買い物。一日が終わる頃にはクロノはぐったりしていることは請け合いである。……頑張ろう。
クロノは少女達に振り回される未来を思いつつ、なけなしの決意を固めたのであった。




