過信
長期の休載申し訳ありません。
本日より再開いたします。
ベールの案は酷く単純な案であった。
『男なら死ぬ気で突っ込め作戦』
「大丈夫です。糞野郎が死のうとも何ら問題ありません。残ったお二人は私が責任を持って逃がします」
というのはベールの言である。今更ながらになかなか酷いと思うクロノである。
しかし打開策も無いのであるから突貫という手もありといえばありかもしれない。前提としてクロノの異常なステータスを基としているのがおかしいが……。
「クロノ……大丈夫なの?」
ルトナが心配そうな顔つきでクロノを見る。クロノのステータスを知らないルトナからすれば自殺行為に等しいと思って当然である。まあその隣にはそんなことを知っているわけでもないのにクロノに突貫させようとしている少女がいるわけだが。アルレシャの方はクロノの力を知っているためか声に出して反論しないがやはり心配そうである。
「アルレシャの多重障壁を使えば何とかなるだろうとは思う。先に露払いで触手を何とかしないといけないが……これもアルレシャの魔法を使えば大丈夫だろう」
「でも……」
アルレシャやルトナを安心させるようクロノが答えるがルトナはまだ心配そうな表情を崩さない。しかしこうしている間にもドラゴンスカートの攻撃は続いている。このままずっと睨みあっているわけにもいかない。
「大丈夫だ。こんなところで立ち止まってるわけにもいかないさ。さっさとこいつを倒してみんなで帰ろう。『仲間』を信じてくれ」
「……分かったわ……でも無茶だけはしないで!無理だと思ったら諦めて違う作戦を立てましょう」
「ああ、分かってる。アルレシャもそれでいいな?」
「主様がそう仰るならば……しかしくれぐれも無茶はなさらないでください」
自信満々にそういうクロノにルトナは何か思い詰めた様に悲しい顔をし、その後口を引き結んでそう答えた。アルレシャも渋々といった様子で応じる。卑怯な言い回しをしたな、と思いつつもクロノは黙ってドラゴンスカートを見上げる。
このまま続けていればふとした油断からルトナやベールが怪我をするかもしれない。ならばここでちょっとばかし男として無理をしようじゃないか――。
「――準備はいいですか?」
アルレシャの言葉に皆が顔を見合わせて頷く。アルレシャが張った障壁の外では未だに電撃を発する触手がバチバチと閃きながらこちらの様子を伺っていた。
作戦はアルレシャが障壁を解除すると同時にルトナとベールが周りの糸のような触手を攻撃しアルレシャが魔法を放てる隙を作り、アルレシャが魔法で多重障壁ごとクロノを射出。クロノ全力で核を破壊する。
単純だがタイミングを誤るとクロノもただでは済まないだろう。期せずして連携が試されることになったのは何かの導きだろうか。
「……障壁を解除します。三……二……一……」
障壁が消え去る瞬間、ルトナとベールが同時に左右へと駆け出す。ルトナは魔導兵装を発動し、剣に熱を纏わせ、大薙ぎに触手の群れを斬り裂く。灼熱の刃を受けて触手は無残に焼き切れて散っていく。苦手な水中戦闘とは思わせない堂々とした剣撃である。一方のベールは輝く双剣で嵐のように舞っては迫りくる触手を押し返している。こちらの方も問題はなさそうだ。
アルレシャはというと流石というべきか既に魔法をかけ始めており、クロノの足元と頭上に幾重もの障壁が展開されつつあった。
「行きます!」
アルレシャの言葉と共にクロノの足元の地面が爆ぜる。急激な加速を伴ってクロノがロケットのように上空へと打ち出された。錐のように展開した障壁が上から降り注ぐ光球を逸らすように破壊し、自らも消えていく。
「うおおおおおおおおおおおおお!!!」
クロノは叫び声を上げながらぐんぐんドラゴンスカートへと迫る。藤棚のような触手はもう目の前だ。クロノは大きく剣を振り被り、思い切り振りきる。
「【星光槌】ォォォ!!」
クロノが放ったのは斬撃ではない。衝撃というにもまだ生易しい。まるで焼夷弾を直接叩きつけたような一撃。迸る魔力を力任せに打ち付けるという技とも言えない技。しかしそれは単純な力の奔流で在るが故にその威力は絶大だった。
眩しく発光する藤の花の群れを強引に掻き分け、抉り、形さえ残さず穿つ。歯止めの聞かない轟轟たる一撃はその残響すらも波のうねりと変えて激しく鳴動する。
ドラゴンスカートの脆いゼラチン状の体を容易く引き裂き、大きな穴を開けながらその傘を破いて、霧散した。残るのは廃墟の瓦礫を巻き上げ、渦巻く渦潮のような水の流れである。
クロノの一撃は確かにドラゴンスカートの体を大きく削り、水上都市を見上げることが出来るほどの大穴を開けた。しかし――、
「――ッ!!?」
宙に浮いたクロノの周りに幾条もの細い触手が集まり、紫電を放つ。倒し切れていない!!見ればクロノが開けた大穴の端にもう一つの核が煌めいているのが分かった。長き年月を経た成長か、突然変異かそれは分からない。しかしこの時クロノは自分の失敗を悟った。クロノは歯噛みしながら迫る紫電に体の前で腕を交差させ防御態勢を取る。この距離では躱すことも出来ず、攻撃を受けるしかない。さらに言えば先程魔力を放ったことで障壁を展開する暇がなかった。
「【高位障壁】!!」
攻撃を受ける覚悟を決めたクロノの周りを紫電が直撃する寸でのところで輝く障壁が割り込み、それを防ぐ。アルレシャが咄嗟に魔法を使ったのだと分かった。だが危機はそれで終わらない。
細い触手を掻き分け、千切れた二本の龍腕が迫って来ていたのだ。龍腕の一番厄介な頭の部分を切り落としたことで油断していた。
ぐんぐんと速度を増して龍腕が迫る。一本であれば対処できたかもしれない。しかし宙に浮いた状態で二本を同時に捌くとなるとクロノも平気ではいられない。
だがやるしかない。皆を危険な目に合せるくらいなら――!!
「――やらせはしないッ!!」
そんな言葉と共に片方の龍腕に向かっていく赤い影。突き立てた剣の先から迸った熱が龍腕を内部から膨張させ、水の中とは思えない程の炎を噴き出す。
「まあ冗談といえど私が提案したことですし。本気にするとは思いませんでしたが……。手伝ってあげますよ。ヘタレ野郎」
もう片方の龍腕の前に躍り出たのはクリーム色の髪を靡かせた少女。その手にあるのは見慣れた双剣ではなくレイピアのような刺突剣。さらりととんでもないことを言った少女は腕を引き絞り、龍腕に向かって駆ける。
「『待針――」
刺突剣の細い刀身がきらりと光り、渾身の踏み込みと共に龍腕の斬り裂かれた断面に吸い込まれていく。
「――止刺』」
ベールの刺突剣が龍腕の断面に刺さった途端、うねるようにのたうっていた龍腕の動きが止まる。そしてぶるぶると震え出したかと思うと爆ぜるようにその体のあちこちから血の杭を飛び出させ鮮血を撒き散らした。
「行ってください!」
ルトナの力強い視線に追われるようにしてクロノは再び足元に障壁を展開し、爆発的なスピードで水中を駆け上がる。露出した二つ目の核を見据え、再度剣を振り上げ、裂帛の気合いと共に振り抜いた。
「【星光槌】ォォォォォォォォ!!」
ドラゴンスカートを今度こそ仕留めんと放たれた光の奔流は核を確かに捉え、全てを巻き込む渦のようにごっそりとドラゴンスカートの体を抉った。初撃と合わせれば体の三分の一近くを消失させている。最後の抵抗をするようにチカチカと青い明滅を行ったドラゴンスカートはしかし何もすることが出来ず、途切れ途切れの明滅を繰り返しながら崩壊し、水中都市の中へと墜ちていく。
今度こそ完全に仕留めることが出来たようだ。安心したクロノは重力に身を任せ、ゆっくりと落ちていく。
体を崩壊させながら墜ちていくドラゴンスカートの藤の花のような触手が何とも言えず綺麗である。その花園を掻き分けて赤い髪の少女がクロノに飛びつく。ルトナの目の端には微かに涙が溜まり、本当に心配してくれたのだと分かった。
「……あまり無茶はしないで」
「ごめん」
クロノの胸に顔を押し付けるルトナにクロノは申し訳なさそうにそう答えた。




