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暁に星を見るもの  作者: 春夏冬秋茄子
第二章 機械人形は水上都市で微笑む
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新しい仲間


 「私を弄んだ責任取ってください」

 「……せ、せきにん?」

 少女の口走った言葉にクロノは慄く。愕然とするあまりそんな言葉しか口から出せなかったほどだ。そんなクロノに少女はつかつかと歩み寄る。クロノは慌てて正座をした。



 「ま、主様(マスター)……!!」

 「な……な、ななな」

 ヤバい。エルフの少女越しに驚愕の表情のアルレシャと驚きすぎて『な』しか喋れなくなってしまっているルトナが見える。いやいや冷静に考えれば分かるはずだ。クロノにエルフの少女とイタした記憶などない。無実である。真っ白である。まっさらの童貞野郎であることは疑いようもない。


 しかしこの状況はマズい。アルレシャは光の消えた目で何かブツブツと呟いているし、ルトナの方はうわごとのように『な』の一語を発し続けている。あ、ルトナさん剣の柄に手を伸ばすのを止めてもらっていいですかね。

 明らかに修羅場である。受け答えを間違えれば大変なことになるであろう。




 「……ち、ちなみに責任とは?」

 「分からないのですか?あんなにめちゃめちゃにしたのに?死にますか?此方としては当面の生活の面倒を見て貰わないと気が済まないのですが?屑野郎」

 エルフの少女は眉をしかめ、お腹に手を当てながら答える。さもあなたの子ですよと言いださんばかりだ。というかこの少女、清楚そうな出で立ちのわりに口が悪い。


 クロノがそんなことを考えていると少女の背後にいる二人からごうっと禍々しいオーラが噴き上がる。昨日のメイドの般若の面などその比ではない。心なしか二人の周りの空気が歪んで見えるほどである。あ、ルトナさん抜刀なさいました。やめて。アルレシャさんも極大呪文を唱えるのを止めて下さい。

 周りの冒険者が遠巻きに修羅場よ!とかあいつなかなかやるな!とかさいてー、とか口々に言っている。野次馬達の視線が痛い。



 しかし、しかしだ。クロノはこの少女のことなど全く記憶にない。



 「人違いでは……」

 「銀髪に赤目そんな人そうそういるわけないでしょう。馬鹿なのですか?阿呆なのですか?」

 それはそうだ。クロノも他の吸血鬼族など見たことがない。これほど分かりやすい特徴もないだろう。だからクロノは多くの場合ローブでその特徴を隠しているのだから。

 しかし今はもの申さねばならぬ。潔白を証明しなければクロノに未来はないからだ。




 「ご、誤解だ!そもそも俺は童貞だぞ!子供なんかできるはずが――!」

 クロノは叫ぶ。最早クロノになりふり構っている余裕はなかった。アルレシャは街の一画を吹き飛ばさん勢いの極大魔法の詠唱を完了させる一歩手前であったし、ルトナはぶつぶつと何かを呟きながら幽鬼のようにゆらりゆらりとこちらに迫ってきている。



 だがそんなクロノに口の悪いエルフの少女が返した言葉は意外なものだった。



 「はあ?何を言ってらっしゃるのですか?童貞?子供?そんなことは知ったこっちゃないのです。私が言っているのは私が乗っていた馬車を貴方が破壊したことについてですよ。死にますか?このアンポンタン」

 その言葉にクロノの目は点になる。アルレシャは発動ギリギリであった詠唱を途中で止め、ルトナはポカンと口を開き、その場に立ち止まった。


 「だーかーらー馬車が壊れて御者もいなくなって行く当てがないから面倒見ろと言っているのですよ!腐れ外道!そろそろ縊りますよ?糞野郎」

 「……はい?」

 クロノを含め、アルレシャとルトナが固まる。後に残ったのはクロノの童貞宣言による微妙な空気と周りにいた冒険者達の失笑だけであった――。







 「――それでベールさんはクロノに馬車を壊されて、雇い主と合流出来なくなったからその分の責任をクロノに取って貰おうとクロノを探して街を彷徨っていたと」

 「その通りです。猫の方。私は当面の生活の保障を要求します」

 冒険者通りに面した喫茶店の中でルトナが状況を整理するようにエルフの少女と話をしていた。エルフの少女――ベール――は山のように積まれた皿の間からルトナに向かってフォークで指し示して答える。ルトナはその言葉に視線を隣へと移した。



 ルトナの隣の席にはテーブルに突っ伏して頭から湯気を上げんほどに顔を真っ赤にしているクロノの姿があった。無論公衆の面前での童貞宣言を受けての事だ。向かいではアルレシャがあわあわしながらクロノを慰めている。身の潔白が証明されて以降クロノはずっとこんな感じであった。ルトナとしても同情を禁じ得ないところである。



 「ずっと面倒を見ろとは言いません。雇い主と合流するまでの話です。見たところ貴女方は冒険者であるご様子。合流まで私を雇って下さい。私も少々腕は立つという自負があります。」

 確かに悪い話ではない。迷宮を攻略するに当たって人数が増えれば効率も安全性も増す。本当であるなら壊した馬車を賠償するように言われてもおかしくないところである。それならばこの条件を呑むのも悪くはない。

 ルトナは顎に手を当て思案した後、答えた。



 「クロノさえ良ければ私は賛成ね。事故とはいえこちらが迷惑を掛けたことに違いはないし、この条件で貴方が納得するのならこちらとしてもありがたいわ」

 「ということです。そこのところどうなのですか?童貞屑野郎」

 ルトナの返答にベールは斜め向かいに突っ伏すクロノに声を掛ける。ベールは馬車を壊されたこともあるせいかクロノに対して毒舌であった。



 「……何も問題ありません。本当にすいませんでした。」

ベールのその言葉にクロノはうぅと呻きながらも承諾と謝罪を口にする。ベールはフンとそっぽを向きながら皿に乗ったケーキをクロノとの間に置く。これで許して貰えたのかは分からないが手打ちということかもしれない。いつまでも童貞宣言のことを引きずっていても仕方ないとクロノはそのケーキをありがたく貰うことにした。まあここの食事もクロノ持ちであるので実際はクロノがこのケーキの料金を支払うのだがそこを気にしてはいけない。



 「猫の方、人魚の方。ご迷惑かと存じますがよろしくお願い致します」

 ルトナとアルレシャに向き直ったベールは深々と頭を下げて言う。クロノへの態度とは違ってアルレシャやルトナに対するベールの態度はとても真摯なものである。自業自得とはいえクロノは項垂れるしかない。



 「いいえこちらこそうちのクロノが迷惑を掛けました。それとどうぞルトナと呼んで下さい」

 「わたしもアルレシャとよんでください!」

 「それではルトナさん、アルレシャさん改めてよろしくお願い致します」

 ベールは花の咲くような笑顔で二人に言う。ベールの笑った顔はその整った容姿と相まって物語に出て来る妖精のようだ。出会ったばかりだがベールはルトナやアルレシャとも上手くやれそうである。



 毒舌さえなければと溜息を吐くのはクロノだ。

 そんなクロノの様子に気付いたベールはクロノに向かって言う。



 「大丈夫です。糞野郎。私は男性に対しては大体こんな感じの態度です。別に馬車を壊した恨みとか貴方が特別だからとかそのような意図は在りませんので勘違いなさらないでください」

 ベールのフォローなのか釘を刺したのかよくわからない発言にクロノは再び項垂れる。ベールのクロノを見る目は非常に冷たい。とにかくベールは極端な男性嫌いということが分かった。



 こうしてクロノ達はベールという新たな仲間を得て、水中迷宮を攻略することとなる。



 そして翌日、新しく仲間となったベールを連れ、迷宮に潜る為行った冒険者ギルドで『水拳』のグルースから自分の二つ名が『童貞(ビギナー)』となったのを知らされ、クロノは地面に膝をつき、落ち込むのであった。



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