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暁に星を見るもの  作者: 春夏冬秋茄子
第二章 機械人形は水上都市で微笑む
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依頼



 薄暗い部屋の中に三人の人影があった。片方には貴族の令嬢のような優美なドレスを着た女性が腰かけ、その後ろにいるのは背の低いメイドが控えている。令嬢の方は金髪縦ロールと物語などでは定番のお嬢様ルックであり、いかにも安普請といった薄汚れたこの部屋には何とも不似合であった。それに対してメイドの恰好は少々歪であるメイドの服装をしているにはしているのだが何故か頭には二本の立派な角の付いたバイキングのような兜を被り、左目を眼帯で覆っている。


 一方、来客用の大きめのソファーに向かい合って座るのはスーツを纏い、眼鏡を掛けた、まさにこれぞ秘書といった恰好の女性だ。その眼差しは怜悧で油断ない印象を人に与える。



 「それで今回の依頼とは何ですの?」

 一人掛けのソファーに座った令嬢は秘書のような女性に対してそう切り出した。高飛車で貴族然とした態度である。そんな主の態度にメイドはコホンと咳をして無言で注意を促す。令嬢の方はむむっと眉間に皺を寄せた後、本日のご用件はなんで御座いましょうか、とにこりともせずに棒読みで言い直した。


 「はい。人を一人殺して頂きたいと」

 そんな態度を気にしていないように事務的に女性は机の上に資料の紙束を置く。その横に映像記録用の魔法具と報酬が入っているであろう袋が添えられた。人殺しの依頼であるというのに秘書の女の表情は変わらない。


 「対象はクロノと名乗る吸血鬼の男。同行者は女が二人。人魚族と獣人族。奇妙な魔法具と思われる熊の人形を所持しています。狙うのはクロノという男のみ。それは前金となっております」

 淡々と話を進める秘書姿の女性に令嬢は顔をしかめながら資料に目を落とす。記録用の魔道具がきらきらと輝いて、ホログラムのような映像を浮かび上がらせた。そこに現れたのは一人の少年である。これがクロノとかいう吸血鬼なのであろう。見たところ普通の少年のように見える。特徴といえば吸血鬼を示す白銀の髪と深紅の瞳。やや幼げに見えるその顔が呑気そうに笑っているのが映像に移った。



 「殺し……ですか」

 「経験がないわけではないでしょう?幾らか殺しの依頼を受けているのは此方でも確認済みです」

 難色を示す令嬢に秘書の女は冷徹な声で言う。令嬢はその言葉を聞いて苦虫を噛みしめたような表情になった。確かに以前令嬢とメイドの二人組は殺しの依頼を受け、それを行ったことがあった。



 「あれは犯罪者相手のこと。今回とは状況が違いますわ。誰も好き好んで人殺しなどしたくありませんことよ。そもそもなぜわたくし達に依頼をなさるのかしら?殺しならわたくし達よりよっぽど専門の方々がおられるかと思いますが?」

 「こちらにも事情がありましてね。出来るだけ大きな組織には頼りたくないのですよ。それにあなた方なら引き受けて下さるという確信もありましたしね」

 令嬢は秘書の女を真っ直ぐと見つめながら言葉を返す。ともすれば睨み付けるようにも見える令嬢の視線を受けながらも秘書の女は涼しげな表情で続けた。令嬢は訝し気に眉を顰める。

 確かに殺しの依頼を受けたこともあったがそれはむしろ例外と言ってよかった。彼女たちの本業は何でも屋であり、ほとんどは街のトラブルの仲裁や解決であったのだ。

 無論実力がないかというとそうではない。利権が集まるこの街にはそれを目的に多くの人が集まる。人の集まるところには必然その影も集まるのだ。その為この街の裏の部分ではマフィアなどの大きな組織ももちろん存在する。そんなものを相手に女手で何でも屋などというものをやっているのだそれなりに実力は持っていた。



 「わたくし達が依頼を断らないとでも御思いかしら?」

 「ええ、他の件なら知りませんがことこの件について貴女達は決して断ることはないでしょうね」

 秘書の女のはぐらかすような態度に令嬢の表情がなお険しくなる。



 「大した自信ですこと。でもお断りさせて頂きますわ。無闇に人を殺める気もありませんことよ。お引き取り下さいまし」

 「それなりの矜持はおありと。しかしもし彼が『矛盾の黄昏(パラドクス)』と関係があるとしたらどうします?」

 秘書の女がその言葉を口にした瞬間、部屋の空気が一気に冷めた。




 「……何処で、聞いた?」

 一瞬にして秘書の女の後ろに回り込み、短剣を突き付けたメイドが冷たい声で問う。向かい合った令嬢の方もその言葉に驚きを隠せないでいる。


 「人の口には戸が立てられない、ですよ。安心してください。あなたの思っているような追手などではありませんから。それで、受けて下さるのでしょう?」

 短剣を突き付けられても平然としている秘書の女はそんな風に言った。それが提案ではなく脅しの言葉であるということは令嬢にもメイドにも伝わった。


 「……分かりました。受けさせて頂きますわ」

 「それは重畳」

 「……お嬢様」

 令嬢のその言葉に秘書の女は感情を感じさせない冷たい笑顔でもって答える。短剣を構えていたメイドが苦々し気な表情を作りながら令嬢へと呼びかけた。


 「いいのです。それに今は従うよりほかありません。依頼は確かに受けます。しかし彼の取り扱いについてはこちらへ一任して頂けますわね?」

 「ええ、御自由に。依頼さえ受けて頂ければこちらとしては何も問題はありません」

 秘書の女はそう言うと席を立つ。メイドの短剣は令嬢の言葉を聞いた時点で既に収められていた。




 「それではよろしくお願いします。報酬の受け渡しの方は資料に御座いますのでご覧になってください」

 秘書の女はその言葉を残して優雅な動作で部屋を出ていく。部屋には頭を抱えた令嬢と秘書の女が出ていった扉を睨むメイドだけが残された。





 「……消しますか?」

 「止めておきなさい。あちらもそれについては対策をしてあるでしょう」

 女が出て行ってからしばらく経ったところでメイドがおもむろに口を開く。令嬢の方はそれを簡単に否定した。あの冷徹そうな女がこちらに対して何の対処もしていないようには思えなかったからだ。



 「それにこれは好機でもあります。大人しく依頼に従うふりをしておきましょう。……所長に連絡をせねばなりませんね。お願いできますか?」

 「……畏まり、ました」

 一瞬の逡巡の後、メイドは令嬢に対して恭しく頭を下げたのだった――。









 「――殺しとは随分と過激なことやなぁ?バルちゃん」

 「貴方ですか。その呼び方は止めてください。怖気が走ります。」

 依頼を終え、建物から出て路地を歩いていた秘書の女にローブを目深に被った金髪の青年が話しかける。その様子は何とも気安げであった。



 「言われた通り彼女達のところに依頼を持ち込んできましたよ」

 「ワイはそこまで過激にせえとは言うとらんかったんやけどな」

 冷たい目を向ける秘書の女に対して金髪の青年はぼやくように言った。その肩には緑の髪をした妖精が腰かけている。妖精の方は秘書の女が苦手なのか視線を合わせずにいた。



 「いいではないですか。私としてはあの男に恨み骨髄ですので」

 「まあワイも恨みの一つや二つどころでなくあるわけやけども……」

 秘書の女が言うあの男というのはクロノのことである。彼女はクロノを異常なほどに敵視していた。そんな様子に金髪の青年は溜息を吐く。



 「まあ、上手い事やってぇな」

 「ええ、言われずとも。貴方はどうなさるので?」

 早々に説得することを諦めた金髪の青年は秘書の女に事を一任する旨を伝える。秘書の女はそれに冷たく返し、青年の予定を聞いた。



 「ワイは……今回の分で資金がほとんどなくなってもうたからな。例の宰相のところでも行って資金調達でもしてくるわ」

 金が無い、と肩を竦めて言う金髪の青年に今度は秘書の女が溜息を吐きながら呆れた表情を作る。



 「ほな、よろしく頼むで」

 そう気安く青年は言うとそのまま何かしらの魔道具を使ったようで魔力の残滓を残しながら消える。それを確認すると秘書の女の方も再び歩き出し、路地の中へ消えていくのであった。






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