嘘つきの占い師
クロノは現在、アルカス行きの船の上にいた。西の村でのハナエルとの戦いの後、街道沿いの街まで戻ったクロノ達はルトナと合流し、アルカスの首都アルカヴィルシオを目指して出立した。
ミスタンからアルカヴィルシオまでの道のりは大きく二つに分けられる街道を進むルートと川を船で遡上するルートだ。
街道を進むルートは行商人などがよく利用するものでアルカスの中小都市群を通りながら首都アルカヴィルシオへと至る。途中で都市を通る為、そこで商品を仕入れたり売ったりしながらアルカヴィルシオを目指すのだ。
川を遡上するルートは大店の商人などが利用する場合が多い。大量に仕入れた品をアルカヴィルシオにある店で売るような形だ。荷の量によって輸送量が掛かるので中小の商人はこちらを利用せずに街道を進むルートを選ぶ。一つの馬車に詰める程度の荷物だと輸送費の方が嵩んで割に合わないのだ。
また船を使ったルートは貴族などの行楽を求める富裕層にも利用される。街道の旅と違い、船は設備が整っているし、何より速い。街道を通れば数か月掛かるところを一週間程度で移動できるのだから多少懐に余裕のあるものはこちらを選ぶ。
幸いクロノにはアルレシャの【空間潜行】で取り出せる『ワールドクロニクル』時代の蓄えがある。そのためクロノ達は迷わず船で首都へと行くルートを選んだ。過酷な野宿の旅を離れ、観光気分でいきたかったのだ。
商業国家アルカスはファンタジア大陸の西部中央にあるエルミナス湖の湖畔にある国家で、流通を担う商人たちが寄り集まって出来た国だ。多くの種族が入り乱れて国家を作っていた西部領域において人種や思想などを別として金と物との繋がりによってエルクニア連合というファルシア王国・カルスタン帝国と並ぶ第三勢力を立ち上げた重要な国家の一つであった。
もともとアルカスは湖畔の都市国家アルクメニアがその中心であり、立地的に西方諸国の中央近くに位置し、商業が盛んで有力な商人達の合議制によって成り立っている国であった。そのアルクメニアのお家芸であったのがドワーフの国家ガンテスにあるトメラ山脈を水源としてエルミナス湖から海へと注ぐ河川を利用した水運事業である。大量の物流を望める水運の存在はアルクメニアの発展に大きな貢献をした。
ガンテスからエルミナス湖に注ぐ流れはそこから大きく三つの枝分かれし、海へと流れ込む。一つが北方の遊牧民の国家『ゲヒテル』と現アルカスを分かつように流れるノグレス川、一つが南方の中小国家群を縫うように抜け、帝国属国領ヴォルクを縦断するサイリス川、そして現在クロノ達がクリムワース号に乗って東進するアルカス全体を横断するウェールス川である。
この河川を制することが出来たおかげで今のアルカスの栄華があると言っても過言ではない。何せこの水運事業の成功によりウェールス川が流れ込む、北西に位置する湾岸都市『カストール』と『アルクメニア=カストール商業同盟』を結び、さらにはその流域にある都市群を巻き込んで現在のアルカスの前身にあたる『ウェールス商業同盟』を立ち上げるに至ったのだから。
アルカスは『西方の鍵』と称されることもある。これはエルミナス湖を丸く円のように囲った前アルクメニアの領土とそこから前カストールに向けて広がっていくウェールス川を中心としたの台形の領土を合わせた形が鍵穴に似ているとして言われ始めた言葉であったが西方の商業を牛耳る現在では名実ともに西方の命運を握る鍵だと言えた。
このクリムワース号もその水運事業によって得たノウハウを利用したものである。推進力に最新式の魔法具を使用しており、従来の魔法具搭載船舶よりも足が速く、安定した航行が可能らしい。遊覧船にそこまでの性能が必要かと問われれば疑問だがこれには国力を誇示するといった意味合いもあるようだ。
「――そこの兄ちゃん。」
そんなことを考えていたクロノに後ろから声が掛かった。振り返ってその声の主を確認すると目深にローブを被った若い金髪の男が甲板の一部を占領して薄い布を敷き、腰を掛けていた。手元には何のものか分からない骨や宝石の原石、小さな装飾品などが雑多に散らばっており、男の横には装飾の施された大きな瓶が据えられている。男の肩には珍しいことにむっつりと不機嫌そうな顔をした妖精が留まっていた。
「……何ですか」
手招きをする男にクロノは問い返す。
「ちょっと占いでもしていかへんか?いやー客船の中やと金持ちが一杯おって旅の足しになる思うとったんやけど当てが外れてな。このままやとアルカヴィルシオに着いてもすかんぴんなんや。頼むわ」
それはそうだろう。こんないかにも怪しげな奴と進んで関わり合いになりたいものなどそうそういない。しかし金髪で外国人顔なのに大阪弁というのも何とも言えない違和感がある。そのあたりも胡散臭さを加速させる手助けとなっている気がしてならない。
「……お断りします」
「ほんな殺生な。おまけもつけるさかい。な、な」
男はそう言ってクロノの手を引っ張ってくる。必死に逃れようとするが男の力は強く、中々脱出することが出来ない。
「嫌ですよ!」
「金が必要なんや!頼む!頼むぅ!」
「ちょっとやめなさいよ!みっともない!」
今度は土下座である。甲板にひれ伏して懇願を始めた。妖精は慌てて男のローブを引っ張り、顔を上げさせようとするがその小さい体躯ではそれも叶わなかった。男は頼むぅといいながらひたすら地面に頭を擦りつける。甲板に出て景色を眺めていた人達の少なくない視線がこちらへと集まる。非常に居心地が悪い。
貴族ならこのまま放って部屋に帰ってしまうのだろうがクロノは悲しきかな性根からして一般人であった。目の前で平伏している男を前にしてそそくさと立ち去ることが出来なかった。クロノは大きく溜息を吐く。
「……少しだけですからね」
「おおきに!いやー助かるで兄ちゃん」
男はそういうとガバッと起き上がり笑顔で揉み手をした。妖精もその姿に呆れている。
マッキーの件といい自分は押しに本当に弱いな、とクロノは自省する。
「ワイの名はライヤー。ライヤー・リボーンや。んで、こっちが妖精族のリューリューや。リューちゃん呼んだってぇな」
「嘘つきとか絶対に偽名だろ……」
クロノはライヤーの自己紹介に膝をついた。リューリューの方はリューちゃんというあだ名が気に入らないのか黙ってツンとそっぽを向いている。当のライヤーはといえばガハガハと笑っていた。
「というかそれ。それを売れば金くらいすぐ手に入るだろうに」
クロノはそう言いながら指したのはライヤーの横にでんと据わっている瓶だ。装飾は控えめながらも手の込んだものであり、明らかに値の張る逸品であろう。これならば貴族が屋敷に飾っていてもおかしくない。すぐに買い手が付きそうに思えた。
「あぁ?これか!これはなーちょっとあかんのや。魔法の瓶でな」
そういうとライヤーはちょっと見とき、と荷物をごそごそと漁り始め、その中からリコーダーのような笛を取り出した。否、どう見ても小学生の使うようなリコーダーである。
リコーダーを取り出したライヤーはおもむろにそれを吹く。間の抜けたメロディーが流れる。童謡きらきら星であった。
蛇でも出て来るのだろうかとクロノは瓶を見つめる。……しかし何も起こらない。
きっちり三番まできらきら星を吹いたライヤーは満足そうにリコーダーをしまった。
「…………」
「…………」
場に沈黙が満ちた。クロノはもう一度瓶を見る。……変化はない。再びライヤーへと視線を戻す。ライヤーはにっこりと笑い返してきた。
「さて、冗談は置いといて――ッつうぅ!!」
とりあえず殴った。ライヤーが頭を抱えて蹲る。
「なんでやねん!お茶目な冗談やないか!お互いの距離を縮めるための!無言で殴るとか!会話!会話のキャッチボールは大切やろが!」
「アホか!いきなり暴投したのはお前の方だろうが!どこに向かって投げてんだ!犬でも拾いにいかねえよ!」
二人は丁々発止のやり取りを繰り広げた挙句、ライヤー御付きの妖精リューリューに叱られて正座することとなった。妖精さんのジト目がクロノにはとても痛かった。
「――瓶のことやったな」
ライヤーは気を取り直して話し始めるが、叱られて正座している状態では何とも締まらない。
「これが魔法の瓶やゆうんはホントや。ほれ、ちぃっとあけてみ」
クロノはライヤーの言葉に従って立ち上がって瓶の蓋を取り、中を覗く。中には何も入っていなかった。 クロノはふたを閉めて振り返り、ライヤーを睨むがライヤーは意に介した様子もなく、ジェスチャーでもう一回開けてみろと促した。クロノは訝しがりながらももう一度蓋を開けた。
「――ヤッホー!グーテンモーゲン!!みんなのスウちゃんだよー!!今日の御用は何かなー!?スウちゃんがんばっちゃうよー!!はりきっちゃうよー!!そういえばスウちゃん兄弟がたくさんいるんだけどー、スウちゃんはその中でも下から二番目なのねー!そのs――」
クロノはその生い立ちを語り始めようとする瓶の住人を無視して蓋を閉めた。
何か見てはいけないものを見た気がする。疲れているのかもしれない。
クロノは目頭を揉んで再び蓋を開ける。
「いきなり閉めるなんてひどいよー!再び登場!スウちゃんだよー!!そうそう!閉めるっていえばこの間、ライy――」
クロノは再度蓋を閉めた。
うん。やっぱりいる。瓶の中に幼女が。ちょっとうざい感じの。
クロノはゆっくりと後ろを振り返った。
「な?うざかわいいやろ?」
ライヤーは見当違いのことを言ってくる。妖精のリューリューの方はクロノの言いたいことが分かっているようだが黙って頭を振った。
「船員さーん!この男が瓶の中に幼女を監禁して――、」
「アホ!!やめい!!」
とりあえずなんか腹が立ったので通報した。反省はしていない。




