クリムワース号
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「うおおおおおおおお!!」
クロノの鋭い一撃が重量感のある黒い鱗を斬り裂く。クロノの攻撃によってひび割れ、砕けた鱗は斬り裂かれたそれが守っていた体躯の血と共にボロボロと地面に落ちていった。
「オオオォォォォォォォォォォォンン!!!」
巨体を震わせ、鳴動したのは黒い鱗に覆われた竜だ。その姿は気高く、強大無比な力を体から溢れさせるようにして威圧を放っている。
竜がその翼で空気を打つと嵐のような暴風が吹き荒れ、体に取り付こうとしていたクロノを弾き飛ばす。
「【肋連撃・六骨屍突】!」
クロノとすれ違うようにして前に飛び出した骨人であるオネストの肋骨が真っ直ぐに伸びてクロノの傷つけた部分へと迫る。数本がその隠された肉体へと突き刺さり、血飛沫を上げた。
その間にクロノは着地し、剣を構え直している。
「【高位回復】!」
「助かる!」
そこに回復魔法が飛ぶ、暴風によって刻まれた傷が瞬く間に治っていく。クロノは一言そういうと身体強化を行うため、魔法を使うがそこに飛び出して行ったはずのオネストが吹き飛んできた。オネストの肋骨は無残にも砕け、ボロボロになっている。
「ふごぁ!」
「あぶねえ!!」
地面をコントのように転がるオネストをクロノは飛びのいて避ける。
「ちゃんと吹き飛ばされるとこを選んでから吹き飛ばされろ!オネスト!」
「アホゥが!そんな暇あるかい!」
無茶な事を言うクロノにオネストが怒鳴りつけた。
「あらあら喧嘩してる場合じゃないわよ。きりきり働きなさい。【英雄の軍歌】!」
『吟遊詩人』である天使族のアリアのハープの音で二人の口論が止められた。二人の体を金色の光が包み、強化を行っていく。
「とりあえず動きを止めるぞ。クロノ、気を引いてくれ!オネスト、アレを!僕はそれまで足止めをする!」
知的そうな眼鏡エルフの青年――ディーンの言葉に従い、クロノとオネストが飛び出して行く。ディーンはそれを確認すると一本の矢を放つ。その矢は黒竜の頭上まで飛んでいくと無数に分かれて雨のように降り注いだ。
ディーンの矢で立ち止まった黒竜に対してクロノは強化を活かした驚異的なスピードで黒竜を翻弄する。 後ろから飛んできた魔法もクロノを援護するように黒竜へと叩きつけられ狙いを絞らせない。
「準備できたでえ!【換骨奪胎・餓者髑髏】!」
黒竜の前に立ったオネストから声が上がる。クロノは急いで黒竜から離れた。オネストの周りから湧き上がるかのように骸骨が生まれ、オネストの体を包んでいく。骸骨達はどんどんと積み重なり、黒竜と同等程の小山となっていく。そしてそれが各々に形を作り始め、動きが止まった時には骨の冠を被る巨大な骸骨へと変貌していた。その冠の中心からもぞもぞとオネストが顔を出す。
「喰ろうてみィ!【戦槌拳骨】!」
その巨体から放たれた渾身の一撃に黒竜の体が揺らぎ、後退りを余儀なくされる。しかし黒竜のその赤い目からは闘争の炎は消えていなかった。大きく鮮やかな赤き口腔を開くと骸骨に向かって息を吐き掛ける。分厚い炎の壁が骸骨を襲う。大きな軋みを上げながらもそれをやり過ごした骸骨はその後に迫る黒竜とがっぷり四つに組み合った。互いに譲らず地面が崩れるのではないかというほどの衝撃が伝う。
「行きィ!灯!」
オネストがそう叫ぶといつの間にか骸骨と黒竜の足元まで迫っていたドワーフの少女――灯が黒竜の体を駆け上がり、大槌での一撃を黒竜の頭部へ見舞う。その強烈な攻撃に黒竜の赤い目がぶれ、体が揺らいだ。
「これで仕舞や!」
骸骨が一気に黒竜を押し込む。黒竜はその骸骨の動きに押し込まれながらも一瞬で目の焦点を戻し、太い尻尾で骸骨の頭部をしたたかに打った。頭蓋を砕かれ、制御を失った骸骨は無念そうに手を黒竜へと伸ばしながら崩れ落ちていく。冠から上半身を出していたオネストも体を砕かれ、残った頭蓋骨のみが飛んで後ろに控えていたケンイチの横に転がる。
「オネストさんっ!」
犬の獣人であるケンイチはその惨状に耳を立てオネストの名を呼んだ。それに頭だけとなったオネストがカタカタと不気味に答えた。
「大丈夫や!ほら行くんや!クロノォォォォォォ!」
怪獣大戦争を前に退避していたクロノがケンイチを抱えて走り出す。
ケンイチは焦ったようにわ、わわと手足をばたつかせた。
「一世一代の見せ場やああ!【粉骨砕身】!!」
ヒーローの決め台詞の如くオネストが叫ぶ。惜しむらくはオネストが頭部だけだったことであり、その姿が呪いの髑髏にしか見えなかったことだろう。
オネストの掛け声に合わせて崩れていた骨達が気を纏って輝いていく。そしてその輝きが満ちたと同時に一気に爆ぜた。連鎖的に繰り返される爆発に黒竜は悲痛な叫び声を上げる。爆発の煙から現れた黒竜の鱗は既にボロボロであり、剥き出しの皮膚が痛々しかった。
その眼前へとケンイチを抱えたクロノが飛び込む。
「オネストの犠牲を無駄にするな!」
「はいっ!!」
クロノの一喝が響き、ケンイチは涙ながらに黒竜へと手を翳す。
「【従属契約】!!」
黒竜の額に魔法陣が現れ、眩い光を以ってケンイチとクロノの二人を包み込んだ――。
「――オネストさん!」
転がっていた髑髏をひしと抱きしめながらケンイチが涙を零す。肩には幼体の黒い竜が乗っていた。
「僕、やりました。やったんです!それなのに……オネストさんっ」
ぽろぽろと零れる涙がオネストの頭蓋骨を伝って落ちていく。周りのパーティーメンバーはなんとも気まずげだ。小さい竜がぺろりとケンイチを気遣うように頬を舐める。
「えぇと、……ケンイチくん。その……」
「あらあら……」
「ケンイチくん……あの……」
何か声を掛けようとするがケンイチの鬼気迫る様子に戸惑ってその先を言えないでいる。その時、【粉骨砕身】の爆風で吹き飛ばされていた灯が戻って来た。
「もうオネスト!やりすぎよ!……ってどうしたのこの空気」
灯がパーティーメンバーを見回す。明らかに湿っぽい空気に灯は戸惑った。
「ほら!オネストもいつまでそのままでいるの!早く戻ってこの空気どうにかしなさいよ!」
灯のその言葉にケンイチは呆けたように振り返る。
「あぁ、いうてもうた。灯ぃここは空気を読むところやろ」
ケンイチの手の中にあった髑髏がかたかたと喋りだす。ケンイチは驚き腕に抱いた髑髏を見た。
「おふざけはここまでか……【反骨精神】」
オネストがそう唱えると髑髏からにょきにょきと骨が生えていき、オネストは元の姿を取り戻していく。
「あわわわ」
「こいつ種族特性で頭さえ残ってれば体は簡単に元に戻るのよ。純粋なケンイチを騙すなんて趣味の悪い」
あたふたとしているケンイチに灯が溜息を吐きながら説明した。
「そんな……だってクロノさんが……」
「いや死んだとは……その言ってないし……?」
視線を逸らしながら言い訳をするクロノ。
「そもそも臆病なケンイチを勇敢にしようってのが趣旨だっただろ!死んだ風に見せかけた方がケンイチも勇気が出るというかなんというか」
クロノが反論する。しかし後半は尻すぼみに声が小さくなった。ケンイチの目尻に再び涙が溜まっていたからだ。
「よかったよおぉぉぉぉぉぉ」
ついに鼻水まで垂らしながらオネストに抱きついて泣きじゃくるケンイチ。パーティーメンバー達はそれを微笑まし気に見ていた。
「うわあああああああん」
ケンイチの泣く声が一際大きく響いていた――。
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クロノは目を開けた。
胸にはいつかのような寂寥感がある。また夢を見ていたのだと思った。前の時のように泣いた跡があるわけではないが、その胸にわだかまったものは簡単には流れていってくれそうになかった。
クロノは眠っていた部屋を見渡す。街の宿屋と比べると豪奢な部屋であった。部屋のあちこちに細やかな装飾が施されており、作った者の趣味の良さを窺わせる。クロノの足元の床が小さく揺れた。
クロノは適当に身形を整えると部屋を出た。そこには同じ装飾の通路が続く。向かいも部屋になっていて幾つかの扉が並んでいた。クロノは魔法具で照らされた通路を進み、突き当たりの階段を上る。凝った装飾の扉は開かれ、麗らかな日の光が差し込んでいた。
クロノが階段を登り切ると穏やかな風が髪を揺らす。そこは船の甲板であった。
遊覧客船『クリムワース号』――それがその船の名だった。五百年前にも存在した遊覧客船は今もその文化が受け継がれ、形をより金持ちの娯楽としての意味合いを強めて運航されていた。
デッキの手すりに体を預け、風景を眺める。対岸ははるか遠くに見え、穏やかな川の流れがきらきらと日光に反射して眩しい。クロノはハナエルとの戦いの後ルトナと合流し、アルカスを目指して出立したのである。そこでアルカスの首都アルカヴィルシオまでの足に使ったのがこのクリムワース号だ。
クリムワース号から見える風景はクロノのささめきたつ心を解き解してくれるのだった。




