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暁に星を見るもの  作者: 春夏冬秋茄子
第一章 獅子は騎士の夢をみる
29/90

幕間ーuntil we meet again 星巡りの歌ー

御読み頂きありがとうございます。

本文でもよかったのですが端話的な内容なので幕間にしました。

前半は『ワールドクロニクル』の時代より前の時代、後半は倉庫での戦闘の後、クロノとの騎士の誓いの前の話になります。



――星海。水も空気さえもないただただ小さな星々が煌めくその空間にそれはあった。

『天星宮』と名付けられたその建物は星海に浮遊する大地の上に威風堂々と座し、遥か遠く地上のことなど意にも解さぬとばかりに清廉と存在していた。

天星宮の周りは様々な色を放つ小さな光達が取り巻いており、その中に立つ神殿のような清らな白き聖堂は幻想的であり、荘厳である。

小さな光達はある一定の間隔を以っては天星宮の中へ入り、また同じような光が星海の下から引き寄せられるかのように昇ってくる。この昇ってくる光は人々が魂と呼ぶものであり、この天星宮は魂を管理する安息の地『楽園(エデン)』へと続く唯一の道なのであった。



 そんな天星宮の入り口に筋骨隆々の赤毛の男が腰を掛けていた。男の恰好はまるで蛮族を思わせるようなもので肩に熊の毛皮を羽織り、腰には狐か何かの毛皮を巻いて、ファルカタのような先が湾曲した剣を下げている。上半身は何も着ず裸であった。

 男は感慨深げに星海に浮かぶ星々の光を眺めていた。



 「行くのかい?エバ」

 そんな蛮族の恰好をした男に後ろから声が掛かる。蛮族の男――アルギエバ――が振り返るとそこには紳士のような恰好をした白髪で片眼鏡(モノクル)を掛けた青年が立っていた。


 「シュラの兄者であるか。ああ、我は行く事にした。我は人と共に生きる」

 アルギエバは立ち上がると真っ直ぐ紳士然とした青年――シュラタン――を見据え、そう言った。その瞳には決意と燃えるような熱意が籠もっている。シュラタンは軽く溜息を吐いた。


 「何を言っても無駄なようだね。エバは昔から頑固だからなぁ。止められるとは思っていなかったけれど。おっと、これは餞別だよ」

 シュラタンはそう苦笑すると手に小さな光を生み出し、ふぅっと息を吹きかけた。光はその息吹を受けると綿毛のように飛んでアルギエバの胸へと吸い込まれていく。


 「お守り、みたいなものかな?エバとその家族、子孫達が良き運命と巡り合えるように……。これはね。願望術式というらしい。人が己が手で編み上げ、作り上げた魔法だよ。本当に人というのは面白い」

「願望術式……。かたじけない。我は星海を降り、地上に行くというに……」

 アルギエバ深々と頭を下げてお礼を言う。その姿からは申し訳なさが滲み出ていた。


 「止めなよ、エバ。創造神様は僕達に自由に生きろと仰られた。エバの選択も僕は素晴らしいと思っているよ」

 「兄者……」

 アルギエバは固く口を結び、感情を噛みしめるように黙った。


 「みんなにはちゃんと話したのかい?」

 「はい。ただ……」

 アルギエバはそれに肯定しながらも俯く。その様子にシュラタンはああ、と納得したように頷く。


 「アーシャだね?」

 「はい……」

 シュラタンの言葉にアルギエバは再び首を縦に振る。


 「アーシャは何と?」

 「エバ兄様のばか。ぴーたん野郎。その立派で触り心地の良いもふもふな至高のたてがみなんて全部ハゲてしまえ。あほ、と……」

 「……それはまた褒められているのか貶されているのか分からない罵倒だね。まあ罵倒する言葉がばか、あほ、ぴーたん野郎なのは相変わらずだが」

 そう言いながらシュラタンは白髪頭を掻く。アーシャはシュラタンとアルギエバの末妹に当たる存在だ。例の如く兄弟達に蝶よ、花よとベタ甘に育てられ我儘な妹となってしまっていた。



 「創造神様も他の神々様もアーシャには甘々だったからなぁ……」

 どこか呆れたような様子でシュラタンはそう言う。だったと過去形であるのは創造神と他の神々がこの世界の創造を終えた後に他の世界の創造のためこの地を去ってしまったからである。一部の神々にはこの世界を気に入り、この地に残った者もあったのだが……。

 しかしこの世界から神々が消え、それを悲しんだアーシャはこの天星宮に引き籠ってしまったのである。他の兄弟達は悲しみながらも自由に生きるようにとの言葉に従い、地上に降りて暮らしている中一人星海に残ったのだ。



 「アーシャにもいつか分かるときが来ましょう」

 「エバの寿命を終えるまでにそれは来ないかもしれないよ?」

 重い口を開いたアルギエバにシュラタンは哀しそうにいう。アルギエバは他の兄弟達とは違った選択をしていた。アルギエバは人と共に生きることを選択した。つまりは人と共に生き、人と共に死ぬということである。もともとシュラタンやアルギエバ達兄弟は存在の格が人よりも上である。老いの概念もなく死すらも普通の手段であれば齎されることなどない。地上にいる兄弟達もその身のまま暮らしている。


 しかしアルギエバは違った。人と接する内に人を心底愛してしまったのである。人という定命の脆く、儚い存在を。故にアルギエバは決断した。人と共に歩もうと。

 わざわざ己の格を下げ、ほぼ完全な不老不死の体を捨てて、命を限りあるものとして生きることにしたのである。



 その決断はつまりは他の兄弟との決別を意味した。

 もちろんこの天星宮に再び戻ることも叶わない。



 その為シュラタンは問うたのだ。このまま別れてしまってもよいのかと。



 しかしアルギエバは首を横に振る。


 「この身なればアーシャと分かり合うのを待つことも出来たでしょう。されど我は人の世に大切なものを見出してしまいました。我が時は進まずとも人の時は止まりません。さればここが決別の時。我は唯何時かアーシャが此の気持ちを理解してくれるのを待つのみ。喩え我が命が尽きたとて何時かアーシャが此れを解してくれるならば我は何も思い残す所は在りませぬ」

 アルギエバは静かにそう告げる。それは偽らざる本音であった。




 「……そうか。ならば行くといい」

 シュラタンは惜しむように、しかしアルギエバの決意を汚すことのないように手を上げ、魔法を発動させる。星海からアルギエバを地上へと送る魔法だ。

 アルギエバの姿が光に包まれ、徐々に薄くなっていく。



 「其れでは兄者、御達者で」

 「ああ、エバも体には気を付けるんだよ」

 アルギエバはきゅっと真面目な表情を作り、まるで戦地に旅立つ兵のように直立する。その下半身はすでに透き通って後ろにある星々の姿がはっきりと見えている。



 「ああ、そうだ。最後だから言っておくけどエバは何というか……人化の才能がないよね」

 シュラタンはおちゃらけた様にアルギエバに向かって言う。その眼差しが向けられているのは頭に付いた猫耳……否、獅子耳である。中年のようなアルギエバの風貌に猫耳はないだろうとシュラタンは思う訳である。まあ想い人からそのギャップが良いのかもしれないが……。まあ何にせよ人とは不可解なものである。



 アルギエバはその言葉に一瞬驚いた後、破顔してニッと笑った。湿っぽい別れを良しとしないシュラタンの気持ちを解したのであろう。



 そしてその笑顔を残しアルギエバは光の中と消えていった――。






 「――アーシャ。エバは行ったよ」

 天星宮の中、末妹のアーシャが引き籠った部屋の前でシュラタンは扉に向かって声を掛ける。




 「…………」

 部屋の中から返事はない。



 「おーい。アーシャちゃん?おーい」

 「ばか!あほ!創造神様もほかの神様もエバ兄様も!ほかの兄様も姉様もみんなわたしを置いてどこかにいってしまうんですね!きらいです!みんなのばか!」

 返ってきた言葉にシュラタンは溜息を吐く。ここで怒れないのがシュラタンを含め、兄弟達の末妹への溺愛ぶりの証左なのであるが……。先は長いかもな、とシュラタンは項垂れる。



 肩を落としながら天星宮を歩くシュラタンの背中には哀愁が漂っていた。



 一方、部屋の中では青い髪の少女が一人足を抱えて蹲っていた。



 「みんなのばか。」



 青い髪の少女、星獣達の末妹である彼女は顔を伏せてそう呟くのだった――。
















 ミスタンより北、野営を張ったテントの中。


 「ほら、ちゃんと梳かさないと駄目よ」

 「……」

 ルトナはアルレシャの髪を梳かしていた。ルトナは困っていた。ミスタンの街を出て以降アルレシャの態度が何処か余所余所しいのである。具体的に言えば倉庫での戦闘の後あたりからどうにもアルレシャの元気がない。というより何かルトナを避けているように思えたのだ。

 その為ルトナはスキンシップの一環としてこのようにアルレシャの髪を梳いているわけである。



 「……アルレシャ?」

 ルトナは櫛を使っていた手を止める。アルレシャの肩が小さく震えているのに気が付いたからだ。ルトナが肩に手を置くとアルレシャがびくりと跳ねる。ルトナは心配になってアルレシャの顔を覗き込んだ。


 サファイアのように深い瞳を滲ませてぽろぽろと涙を零すアルレシャの顔がそこにはあった。


 ルトナは突然のことに驚いて言葉も出せない。するとアルレシャが唐突に語りだした。



 「昔、大切な人が居たんです。でもわたしはその人のことを分かってあげられなくて、酷い言葉を言って。その人が居なくなってから死ぬほど後悔して、でももうそのときにはすべてがおそくって、何も!何もかも!」

 アルレシャの言葉に嗚咽が混ざる。その双眸からはとめどなく涙が零れた。



 「忘れたくて、何もかもなかったことにしたくて、でも!でも!……気付いてしまった」

 顔を歪ませて泣きじゃくるアルレシャをルトナは正面からぎゅっと抱きしめた。何故だかそうしなければいけないと思ったのだ。




 「大丈夫。大丈夫だから」

 ルトナはアルレシャを宥めるように優しく声を掛ける。ルトナは荒い呼吸を繰り返すアルレシャの背中を撫でながら続ける。



 「大丈夫よ、アルレシャ。辛かったのね?本当にその人が好きだったのね?」

 「……はぃ」

 消え入りそうな声でアルレシャが答える。その姿はとても弱々しく見えた。



 「アルレシャ、……許すわ。私が貴女を許す。きっと居なくなったその人もアルレシャがそんな風に悲しむことを望んでいないと思うの。だからね、その人の代わりに私が貴女を許す」

 その言葉は何の衒いもなく口から出た。胸の奥、まるで心の芯の部分がそうすべきだと知っていたように。

 アルレシャの話の詳しいことは何も分からない。それは聞いてはいけないような気がしたし、聞くべきでない、いや聞かない方が正しいように思えた。

 ただただルトナはアルレシャにはその言葉が必要であると思ったのだ。



 「……ゆ、るす」

 「そうよ。許すわ」

 ルトナの腕の中にあったアルレシャの荒かった呼吸が落ち着きを取り戻すのが互い体温を通じて伝わってきた。そして何故だろうか。ルトナの胸に何か暖かいものが込み上げるような、満たされるようなそんな感覚がするのは。

 ルトナはそうしてしばらくの間アルレシャを抱きしめていた。




 「わたし、ルトナの髪、好きです。ふわふわでもふもふで懐かしい香りがする」

 アルレシャがルトナの髪に顔を埋めつつ言う。


 「そう?でもこれ手入れが大変なのよ?あちこちにぴんぴん跳ねるし、朝なんか本当に大変なんだから」

 ルトナは苦笑しながらそう返した。



 「……それでもわたしは好きです」

 アルレシャはそう呟くときゅっとルトナを抱きしめ返した。












今後も星巡りシリーズは星獣関係の話で端話的なものをちょくちょく幕間として投稿していく予定です。

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