旅立ち
ルトナが意識を失った後、クロノは立ち上がって後ろを振り返った。
そこには不機嫌そうな顔をしたロイドが立っていた。
「全く台無しだよ。そんな幸せそうな顔して眠っちゃってさあ。おもしろくもなんともないじゃないか。どうしてくれるのさ。」
ロイドは溜息を吐きながら言う。ガイゼルがやられたことなどまったく気にしていないようだ。
「大人しく帰ったらどうだ?まあその前にその顔ぶん殴らせてもらうけどな。」
クロノは拳を鳴らせながらロイドに近付く。
「もしかしてこれがあるから手を出せないとか思ってる?」
ロイドは先程交わした契約書をひらひらさせながらクロノの前に突き出した。
そしてそのままそれをびりびりに破いて見せた。
「あはは。こんな契約書意味ないんだよ。詐欺師がよく使う手さ。契約の演出だけして実際には契約の効果を発揮しない特別製だよ。」
にやにやしながらロイドが言う。
「そうだ!起きた時にみんな死んでるっていうのもおもしろいよね!よく考えたらそっちの方が彼女の絶望した顔が見れそうだ!うん。それがいいね。という訳で死んでよ。吸血鬼君」
不機嫌そうな顔をしていたロイドの顔が見る見る内に明るくなる。相手を不幸に出来るのが楽しくて仕方がないといった様子だ。
「下種野郎が!」
「主様を取り戻した今、遠慮はしません!」
クロノはそう吐き捨てると剣を構えた。アルレシャもやる気満々で杖を構える。アルレシャもルトナの戦いを見て鬱憤が溜まっていたようだ。
男達がクロノとアルレシャを男達が囲い込むようにしてじりじりと距離を詰める。
「旦那!ここはこの副団長代理補佐たるドドリアスにお任せを!団長が倒れた今この場で最高の地位を持つのはこの!この副団長代理補佐たるドドリアス!野郎共このドドリアス様に続け!この副団長代理補佐のドドリアス様の【大蒜息】でこんな吸血鬼n――」
「話が長ぇんだよ!ネタ要員が!」
クロノは唾を飛ばしながら喚き散らしていたドドリアスに蹴りをかますして吹き飛ばす。後ろにいた男達ともつれ合いながらドドリアスは壁をぶち破って倉庫の外へと消えていった。
「あと息が臭い。」
消えていったドドリアスを横目にクロノは剣を構え直す。囲んでいた男達もドドリアスを無視して斬りかかって来た。
「【流星速】!」
クロノが魔法を唱えると淡い光が体を包んだ。光の残滓を残してクロノが瞬時に加速する。斬りかかろうとした男達がクロノの攻撃を受けて次々に倒れこんだ。
クロノの移動した後にはたなびく光の粒子が線を引いており、そのもとには十数人の男達が打ち伏していた。もちろん【手加減】を使っているので一人も殺してはいない。
アルレシャの方を見るとこれまた杖で男達を薙ぎ払い十数人を倒していた。魔法を使えよ、などと思うところがないでもなかったが相手を倒せているので良しとしよう。『裁きの大森林』でのクロノの戦闘の影響を受けたとは思いたくない。
「さてとあとはお前だけだ。」
クロノはロイドを見ながら言う。ロイドの顔は引きつっていた。
「ドドリアスに聞いた話では君は弱いということだったんだけどね。」
ロイドはちらちらと周りを見ている。クロノから逃げる隙を伺っているようだ。
「傭兵をけしかけてだめなら一人で逃走の準備か?」
クロノはロイドの話に付き合わず、ロイドに近寄っていく。
「やめろ!僕を殺せば後悔することになるぞ!」
「殺す?俺はお前のために犯罪者になるつもりはないね。ただ少し痛いお仕置きをしようってだけだ」
クロノはゆっくりと剣を振り上げる。
「やめろぉ!」
ロイドが焦ったように喚く。しかしクロノはやめない。
クロノが剣を振り下ろそうとしたその時ドドリアスが破った扉から完全武装をした男達が入って来た。
「衛兵だ!通報があった!お前たちを拘束する!大人しくしろ!」
先頭に立った男が声を張り上げていった。
「助けて下さい!こいつが俺を殺そうと!」
これ幸いとロイドが衛兵たちに向かって叫ぶ。この状況は面倒だ。明らかに厄介事の雰囲気しかしない。
「運は僕に向いたみたいだね。衛兵なんて金でどうにかなる。罪をでっちあげるのも簡単だ。」
ロイドが薄く笑いながら衛兵には聞こえない小声でクロノに言う。
「くそっ!!アルレシャ逃げるぞ!ここで捕まるわけにはいかない。ルトナを頼む!こっちはおっさんを連れていく!」
そう言うとクロノはゴルドを担ぎ、衛兵が入って来た扉とは反対側の壁を破って外に出た。ルトナを担いだアルレシャもそれに続いた――。
――外は包囲されているかと思ったが誰も居らず、上手く逃げ出すことが出来た。
人通りの少ない通りを抜けて宿屋を目指す。クロノ達は怪我人を背負っておりどうしても目立ってしまうからだ。宿の方にはさすがに衛兵の手は回っていない思いたかったがその確証もない。その時は荷物を持って強行突破しかない。
もう少しでギルドの通りに差し掛かるというところでクロノ達は知り合いと出くわしてしまった。
マグナス神父だ。
「クロノさんにアルレシャさん!それにそちらはルトナさんにゴルドさんですか!?怪我をしているじゃないですか!?すぐに治療を。」
マグナス神父は有無を言わさず治療を始める。
「【高位回復】!【高位治癒】!これは……ルトナさんを追っていた傭兵団にやられたのですか?」
「……知っていたんですか?」
クロノは意外に思いながらマグナス神父に問い返す。
「ええ、教会は冒険者の方が利用されることもありますからね。情報が集まるのですよ。昨日からルトナさんを狙って傭兵団がこの街に入ったという話は聞いていました。」
マグナス神父は神妙な面持ちで話す。クロノはマグナス神父に事情を説明することにした。
「なるほど。宿屋の方は私が様子を見てきましょう。それと衛兵に捕まるのはまずいですね。相手が罪を擦り付けられると言ったなら可能なのでしょう。私に伝手があります。クロノさんたちはこの街から脱出してください。ゴルドさんはこちらで預かります。」
至れり尽くせりだ。ゴルドはミスタンの冒険者の中でも上位の存在なので教会がギルドと一緒に匿ってくれるとのことだった。
「どうしてこんなに親切にしてくれるんですか?」
「罪のない人達が罰を受けるのを見過ごすのは私の信仰に反します。なに、私の自己満足とでも思ってください」
マグナス神父の白い歯がキラリと光る。もうイケメンなら何でも許されるんじゃないだろうか。
性格もイケメンとかもう敵う気がしない。いや張り合う気もないのだが――。
――その後クロノ達はマグナス神父から宿屋に衛兵がいないことを確認し、マグナス神父の伝手という北門の衛兵に話をつけてもらいミスタンの街を出た。
マグナス神父は最後に握手をして以前と同じように皆さまに神の祝福を、と言って笑顔で見送ってくれた。
落ち着いたら何か恩返しをしなければいけないなとクロノは思う。
クロノ達はこうしてマグナス神父に感謝しながら少し欠けた月を見ながらミスタンの街を旅立ったのだった。




