騎士の誓い
ぱちぱちと燃える火の前でクロノは一人座って見張りをしていた。
ルトナはテントの中に寝かしており、アルレシャも見張りの交代の時間まで眠ってもらっている。
『ワールドクロニクル』の時はこんな風に見張りを立てる必要も無かったので何だか新鮮に感じる。
周りの空気は澄んでおり、時折動物の鳴き声が聞こえる以外は木々が風に揺れる音が聞こえるのみだった。
クロノは今後のことを考える。
ロイドの影響があるかもしれないカルスタン方面に行くのはよくないだろう。ということは北に進路を取ってエルクニア方面に行くのがいいだろう。エルクニアならば物資の補給も容易だし、この世界を見て回りたいというクロノの思いもある。いろいろな国がある新エルクニア連合ならば都合がいい。
そんなことを考えているとテントの中でごそごそと物音がした。アルレシャが起きてきたのかと思い、クロノはテントの方に目を向ける。
テントから出てきたのはルトナだった。
「もう大丈夫なのか?」
「ええ、むしろ体調が良すぎて私もびっくりしてるくらいよ。ここは?」
クロノはルトナを気遣って声を掛けたが【回復】のおかげで大丈夫そうだ。まあステータスが異常値のアルレシャが回復したのだから当然といえば当然だった。
「ミスタンの北の街道だよ。あの後、衛兵が乱入してきてね。」
クロノはこれまでの経緯をルトナに話す。ルトナはクロノの隣に腰かけ、火に当たりながら話を聞いていた。
「マグナス神父には感謝ね。もし捕まっていたらどうなっていたか分からないし。」
「そうだな。吸血鬼の俺にもよくしてくれるなんてほんとにいい人だよ。」
しみじみというクロノにルトナは苦笑した。しかしルトナと二人っきりで話すのはこれが初めてだ。というよりなんだかんだで巻き込んでしまって結局ルトナは街を追われることとなってしまった。ルトナは恨んではいないのだろうか?そう思うとクロノは申し訳ない気持ちになった。
「ルトナすまない。俺達のせいで街を――」
「あやまらないで。もともとは私の問題よ。……ねえ、クロノ少し話を聞いてくれる?」
そう言ってクロノの言葉を遮り、アイテム袋から布に包まれた何かを取り出した。ルトナは丁寧にその包みを解いていく。
「それは?」
「これはね。籠手と一緒に私の一族に伝わる家宝なの。」
ルトナの手の中には魔法陣が刀身に刻まれた短剣があった。澄んだ黒い刃は怜悧に光り、そこら辺の武具とは明らかに格の違う業物であることが分かる。
「あなたは宝剣『エクスカリバー』を知っているかしら?」
『絶対王剣エクスカリバー』――『ワールドクロニクル』においてアルテマさんの代名詞ともいえる武具だ。アルテマさんが一刀鏖殺などといわれていた由縁でもある。プレイヤー達はそれを『絶対鏖剣』と呼んだ。
アルテマさんの強さが広まると敢えてそれを倒してやろうという輩が現れた。一人ならば無理でも複数ならば魔王級のステータスを持とうと大丈夫と考えたのだ。
しかし結果的にそれは不可能だった。このエクスカリバーのせいである。
エクスカリバーの能力は【絶対必中】と【複数捕捉】である。集団でアルテマさんに挑んだプレイヤーたちはこれによって一撃で沈められた。もともと高いアルテマさんの攻撃力に騎士団の補助魔法による強化、それにエクスカリバーの【絶対必中】と【複数捕捉】が加わった一撃だ。張っていた防御魔法を打ち砕かれ、防御特化の『守護聖騎士』が一発でダウンした時プレイヤー達は勝てないと悟った。
それでは逃げることはどうかというとこれも無理だった。【絶対必中】は伊達ではないのである。
障害物を間に挟んでもいつの間にか斬られる、転移によって脱出を図っても転移先に斬撃が、その上ログアウトしても次にインした瞬間に斬られる。結局はアルテマさんから逃れる術はなかったのだ。
そのことから攻略掲示板には『※アルテマさんからは絶対に逃げられません。あきらめましょう。』という但し書きが付いたほどだ。
「この宝剣の名は『絶対法剣カリバーン』。私の祖先である騎士王アルテマ・ヴォルク・オールホワイトがエクスカリバーと共に鍛冶神『エルト=ダウ=アルカーシャ』様から賜ったものよ。」
『エルト=ダウ=アルカーシャ』は『ワールドクロニクル』で運営の宣伝担当として使われていたキャラクターだ。ネットなどでの告知アイコンもこのキャラだった。
金髪ツインテールのドワーフで大きなハンマーを手に持つロリ娘キャラで運営の宣伝キャラとしてイベントも多かった。極低確率で最高装備を作り出すイベントではハズレとして斬った相手を回復し同時に解除不能の呪いと毒を付与する魔剣や攻撃力が異常なほど高い魔法職のみ装備できる杖ととんちんかんな装備を大量に作り出し、プレイヤー達を困惑させ、『迷鍛冶神』の称号を得たキャラクターでもある。
エルトが作り出したということは神剣だ。エクスカリバーの裏設定にそんなものがあるとは知らなかった。
「エクスカリバーとカリバーンは一つの神鉄から作り上げられた兄弟剣なの。エクスカリバーは五百年前の西部戦役の時に紛失してしまったわ。私達の一族の悲願はこのエクスカリバーを見つけ出し、カリバーンと共にあるべき形で管理すること。祖父をはじめとして多くの先祖達が世界を回って探したけれど未だにその悲願は成就していないわ。そして私は祖父からそれを託された。……私ね、いずれはその為に旅に出るつもりだったのよ。だからね、クロノ。私を一緒に連れて行ってくれないかしら?」
真剣な目でクロノを見つめるルトナ。確かに世界を見て回りたいと思っているクロノの目的にも合う。
今後この世界に慣れていないクロノやアルレシャには分からないこともあるだろうそうなると世間をよく知っているルトナは頼りになる。
「わかった。いやむしろこちらからお願いするよ。俺達と一緒に来てくれ」
クロノの言葉にルトナの顔が綻ぶ。クロノはそんなルトナに手を伸ばし、握手をした。
「あ、そうだ。クロノそこに立ってくれない?……『紅蓮式獅子甲』発動。」
そう言うとルトナは魔導兵装を発動させる。ルトナの体から炎が溢れる。今回は炎の片翼は出ていない。どうやら自分で制御出来るようだ。
ルトナはそのまま片膝を地面につけ、クロノの前に跪いた。
「ルトナ・オールホワイトはクロノを主とし、いかなる時もその傍に共に在らんと誓う。主が許しを以って魂とこの身を主に捧げ、騎士の誓約と為す。主よ。許しを与えたまえ。」
厳かに跪いたルトナがいう。クロノは戸惑ったがルトナはじっと俯いている。
クロノは息を深く吸って心を落ち着かせると静かに言った。
「……許す。」
その言葉にルトナは顔を上げて満面の笑みを見せる。
「ありがとう、クロノ。こんな茶番に付き合ってもらって。昔聞いたお伽噺にあったの。それからすごくこういうのに憧れていて……。でもこれで私も騎士よ!自称だけれども……」
そう言うルトナはすごく嬉しそうだ。騎士に並々ならぬ思い入れがあったのだろう。猫耳が勢いよくぴこぴこしている。
しかし……。
「しかし俺なんかを主にしていいのか?」
クロノはそこが心配だった。
「大丈夫よ。祖父がいっていたもの。いつかお前に大切なことを気付かせてくれる人が現れるその人がお前の生涯をかけて守るべき人だって。祖父にとっては祖母がそうだったらしいわ。」
重い!重いよルトナのおじいさん!
というか言葉から察するに騎士と主の関係とかじゃないよね!?
しかしはしゃいでいるルトナはそれに気付いた様子もない。クロノもそんなことを言う勇気はなかった。
クロノは何か大変なことを許可してしまったのではないかと思いつつ、目の前で燃えるたき火を見つめるのだった。




