獅子王の血脈
「糞餓鬼がァ!!!」
ガイゼルの声が倉庫の中に響く。
弱者と侮っていた相手に傷を負わされ、ガイゼルは憤怒の表情をしていた。
「おい!依頼主さんよォ!俺ァこいつを殺すぜ?餓鬼にここまでされて黙ってたとあっちゃあ舐められるからなァ。」
ガイゼルは振り返ってロイドに問う。そんなガイゼルに対してもロイドは飄々とした様子である。
「殺しちゃうの?まあ最初から殺す気だったんだけど。僕はもっと絶望した顔が見たかったんだよね。とりあえずその娘起こせないかな?先にこっちの方をなぶり殺してそれを見せてから殺そうよ。」
クロノを見下ろし笑いながらそんなことをいう。クロノはギリギリと歯を噛みしめた。
しかしその時、ガイゼルの後ろから瓦礫の崩れる音が聞こえた。
話をしていたガイゼルとロイドはそれを止めて音の方向に目を向ける。
そこにいたのは幽鬼のようにゆらりと立上がったルトナだった。
ルトナは俯き、その表情は分からない。
「ルトナさん!」
アルレシャが声を上げる。クロノに言われていたため大人しく従っていたもののやはりルトナが心配だったようだ。
「よかった!これであっけなく死んでいたら全然おもしろくなかったよ。もう決闘ごっこは終わりにして取り押さえてよ。もう敵わないのはわかっただろうから。次はこの吸血鬼君達を目の前で嬲ってあげよう。」
ロイドは立ち上がったルトナを見て嬉しそうにいう。その口には再び下卑た笑みが浮かんでいた。
「てえことだ。とりあえず大人しく捕まってなァ。お前を殺すのはその後だ。」
ガイゼルはそういいながらルトナへ近づき、連れて行こうと手を伸ばした。
「…………ない。」
「あァ?」
ルトナが何か呟く。ガイゼルは伸ばした手をルトナは払いのけた。
「……もうお前たちの好きにはさせない!」
ルトナの絶叫が木霊する。顔を上げたルトナの表情にはもはや一片の迷いもなく、金色の瞳には決意が満ちていた。
ルトナが手に持っていた剣を振るう。ただ振るっただけの剣であったがその速度は先程の渾身の一撃並みに速かった。
あっけにとられるガイゼルの腹部に命中した一撃はガイゼルを後方へと吹き飛ばす。
後ろにいる部下達の中に勢いよく突っ込んだガイゼルは何が起こったのか分からず目を白黒させた。しかしすぐにその表情が憤怒へと塗り替えられていく。
「小娘えええええええええ!!!」
怒り狂ったガイゼルが立ち上がり、ルトナに向かって怒りの眼差しを向けながら駆け出した。
ルトナに向けて振り下ろされる大斧。しかしその攻撃はルトナにひらりと躱され、さらに反撃で繰り出された剣によってガイゼルは頬に傷を受けた。赤い血が飛び散る。
ガイゼルはそれでも次々と斧を振るって攻撃を仕掛けた。
けれどルトナはそれをいなし、差し込むようにガイゼルを斬りつけ、ガイゼルに傷を増やしていく。
「おおおおおおおお!!!」
ルトナを両断せんと大振りに振った一撃を打ち払われて再びガイゼルは後ろへと吹き飛んだ。
膝をついて歯を噛みしめるガイゼル。
あり得ないことだった。今まで格下だと思っていた相手にいいようにあしらわれ、あまつさえ力負けしている。
「糞がァ!糞が糞が糞がァァアアアアアアアアアアアア!!!」
ガイゼルが大きく叫ぶと体を禍々しいオーラのようなものが覆った。
【狂化】――防御を犠牲にして攻撃力を倍まで跳ね上げる技だ。
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
獣のような声を上げガイゼルがルトナに迫る。その目には知性はなく、本能に従って動いているようだ。
しかしルトナは動じない。
ゆっくりと剣を手に持った右手を上げる。
「魔導兵装『紅蓮式獅子甲』発動!」
紅の籠手の甲に赤い魔法陣が浮かび上がり、炎が腕を伝ってルトナの全身へと広がっていく。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
ガイゼルはそんなルトナの様子を気にすることもなく斧を振り下ろす。最早敵を倒すことしか頭にないのだろう。しかしその【狂化】を受け大幅に力を増した一撃は破格の攻撃力を持っている。
だがその一撃はルトナへと届くことはなかった。
炎を纏った紅の剣線が引き伸ばされるように斧を薙ぐと鉄でできている筈の斧が途中から折れ、宙を舞ったのである。音を立てながら地面に落ちた斧の切断された部分は白熱しており、どろりと溶けていた。
得物を失ったガイゼルは何が起きたのかときょろきょろと辺りを見回している。
炎の中から現れたルトナは籠手にそっくりな深紅な鎧を身に纏っていた。ちりばめられた金色の装飾がきらきらと光る。
燃え盛っていた炎は徐々に背中に集り、右肩から伸びて蓮の花びらのような炎の片翼を形成した。
ルトナは騎士の鎧を纏い、まるで戦乙女のように凛と立っていた。
「勝負はまだ終わっていないわ。来なさい。」
そんなガイゼルに向かって無慈悲にルトナは言う。ガイゼルもその意味を察したのかルトナに向かって殴りかかってくる。
「【紅蓮式・乱れ咲き】」
ルトナが呟いた瞬間ガイゼルの体に無数の剣線が走る。ガイゼルは必死に手を伸ばそうとするが襲い来る斬撃の嵐の中では進むことすら叶わなかった。
無残にも鎧が打ち砕かれる。ルトナの剣の一振りごとに炎の翼から蓮の花の羽根が舞い上がる。
世界が赤く染まる中、ガイゼルはついに力を失い、前のめりに倒れた。
ルトナはそれを見て地面に膝をつく。ルトナを守っていた鎧が光となって籠手に戻っていく。
体のダメージが回復したわけではないらしく、今にも倒れてしまいそうだった。
しかしルトナは勝ったのだ。これでロイドがルトナやその周りの者たちに手を出すことは出来ない。
ルトナの心に安堵が広がる。
「な、出来ただろ?」
いつの間に解放されたのかクロノがルトナの手を取っていた。
そうだ。クロノは気付かせてくれた。ルトナに大切なことを。
ルトナはその手を握り返して微笑みながら言う。
「ありがとう。」
クロノは急にあたふたとし始め、それを誤魔化すかのように駆け寄って来たアルレシャに【回復】を掛けるよう頼みながら言った。
「あー……あの、えっと……どういたしまして?いやいや助けてもらったんだからこちらこそありがとうなわけだけども。いや、うん。ありがとう。迎えに来てもらったけど預けたものを取りに来たぜ!的な?」
あくせくするクロノに苦笑しながらルトナは手につけていた『決闘の腕輪』を渡す。
「今度は自分で取りに来てよ。というよりもうこんなことしないで。心配したんだから。」
ほっとしたせいか急に眠気が襲ってくる。
クロノはそれに気づきルトナを横にならせてた。
「大丈夫だからルトナは少し眠っているといいよ。あいつらはもう手は出せないしね。あそこに倒れている厳ついおっさんも怪我は大したことなくて気絶してるだけみたいだし、【回復】で治しとくよ。」
クロノの言葉に全てが終わったのだとルトナは実感する。ゴルドのことは心配であったがこの眠気には勝てそうになかった。
急激に意識が遠ざかる。
ルトナは最後にクロノに向かってもう一度ありがとう、と呟いて眠りに落ちたのだった――。
――クロノはルトナが深紅の鎧を纏い、ガイゼルを倒すのを見ていた。
『決闘の腕輪』を渡していてよかった。『決闘の腕輪』の効果である【手加減】発動していなければガイゼルは死んでいただろう。どんな奴でも殺すのは後味が悪いし、ルトナにそれを背負わせることも避けたかったからだ。
だがルトナに持たせていた『守命の首輪』が効果を使い果たし壊れた時はひやひやした。
『守命の首輪』はクロノがアルレシャと共に『決闘の腕輪』を買った際に同じく効果不明コーナーに並んでいたものだ。
効果は【遡逆】。致死性のダメージを一定割合まで回復させるものだ。一回限りで使った後は壊れてしまうため効果が分からなかったのだろう。『守命の首輪』がなければあの時点でルトナは死んでいた。
ルトナのためと行った計画だったが詰めが甘いとしかいえなかった。
割って入ろうとしたときにルトナが目覚めたのだ。
しかしルトナの力は予想以上のものであった。あの力はヴォルクの王家の血族に発現する【獅子王の血脈】という特性だ。クロノはその特性を持っているものを見たことがあった。
『ワールドクロニクル』時代、つまり今から五百年前のヴォルクの王、騎士王『アルテマ・ヴォルク・オールホワイト』である。
歴史書のその名前とルトナのクロノを殴った時の異常な力からクロノはルトナが【獅子王の血脈】持ちだと予想した。すると案の定ルトナはヴォルク王家の直系であったわけだ。
歴史書では人魔大戦の英雄であり、エルクニア連邦内での争いを押し留めていたキーマンとして語られるが、こと『ワールドクロニクル』では違った意味合いで有名だった。
『ワールドクロニクル』プレイヤー達は彼を『倫理の番人・一刀鏖殺アルテマさん』と称していた。
この名の由来であるが『ワールドクロニクル』は子供から大人までそれこそほぼ全年齢に対応したゲームであった。その為R指定がかかるようなグロいスプラッタ映像や性的描写を制限していた。
世にいう『倫理コード』というやつである。魔物が光となって消える仕様だったのもこの倫理コードに抵触しないためである。
これにゲーム内で違反するような行為にはブロックがかかり、ペナルティーが課せられた。そのペナルティー機能の一部を担ったのがアルテマさんである。
アルテマさんの担当は性的接触に対する倫理コード――多くのプレイヤーはセクハラコードと呼んでいた――であった。
倫理コードはブロックによって防がれているので実はペナルティーの部分は運営の遊びであることが多い。
ちなみアルテマさんのペナルティーは『説教』というもので長時間アルテマさんの話を聞いた後、話の内容からテストに答え不正解の数だけレベルが下がるという理不尽なものであった。
しかしアルテマさんが有名なのはこの『説教』ペナルティーのせいではなくその前段階にある。
bセクハラコードが起動した場合、即座にブロックがかかるがそれと同時にアルテマさんが率いる騎士団『紅蓮獅子騎士団』が転送されてくるのである。
これが逃走イベントであり、プレイヤーにアルテマさんからは逃げられない、と言わしめたものである。
このイベントではブロック後、プレイヤーはある程度の自由を許される。紅蓮獅子騎士団及びアルテマさんと戦うもよし、逃げるもよしなのだ。しかし捕まれば当然説教ペナルティー突入となる。
騎士団は総勢三十名全員がかなり強い。だが騎士団員だけならカンストプレイヤーなら倒せないこともない。問題はアルテマさんだ。
アルテマさんはどこへでも追ってくる。自在に転移を駆使し、極大魔法も紙のように切り裂く。標的を確保するまで絶対に止まらないのである。
この追いかけて来る姿にトラウマを持ったものも多いという。というのもアルテマさんは厳つい顔のくせに猫耳猫しっぽで明らかに誰得設定であった。迫りくるおっさん猫耳。正直絶対捕まりたくない。
セクハラコードに違反するものを恐怖させるその姿から『色欲滅殺の英雄』、『色即斬』、『迫りくる猫耳』などと呼ばれていた。
【獅子王の血脈】はそんなアルテマさん擁するヴォルク王家特有の特性であり、効果はステータスの大幅上昇である。アルテマさんの通常ステータスはカンストプレイヤーと同等程度なのだがこの【獅子王の血脈】発動時にはストーリー上のラスボス、魔王級に迫る。
アルテマさんの被害者はもうお前が魔王倒しに行けよ!と言って憚らなかった。
その【獅子王の血脈】がルトナには宿っている。覚醒さえすれば大抵の敵は倒せるのだ。
しかしこの【獅子王の血脈】には発動条件がある。といってもダリアの時同様運営の説明文がそのまま影響していた。
その発動条件が「自分の正義に反する悪に対してのみこの力を発揮する」という文言である。
ルトナは相手に立ち向かうことがなかったためこれが発動していなかった。
クロノに浴びせた一撃は倫理コードに反する行動に【獅子王の血脈】が反応してしまったのだろう。
歴史書の人魔大戦の記述から【獅子王の血脈】が倫理コード以外にも発動することは分かっていた。
これをルトナがこれを克服するためにクロノは一計を案じたのである。
そして見事にルトナは覚醒を果たしガイゼルを倒した。ルトナの鎧はアルテマさんや紅蓮獅子騎士団が着けていたものと同じだがあんな風に変身するとはクロノも思わなかった。
クロノは拘束していた縄を引き千切って地面に膝をつくルトナに駆け寄る。
ルトナは安堵の表情を浮かべており、ゆっくりと眠りに落ちていった。
お礼を言われたが実際クロノは何もやっていない。むしろルトナを危険な目に合せただけだ。
けれどお礼を言ってくるときにルトナが見せた微笑みで何も言えなくなってしまった。
ルトナが眠ったのを確認するとクロノは立ち上がって後ろを振り返る。
――さてここからは俺の出番だ。




