時は遡って
クロノはギリギリと歯を噛みしめながらルトナが壁に叩きつけられるのを見ていた。
血を吐いてずるずると壁際で倒れ込むルトナ。
その体は少しも動く様子がない。
今すぐにでも縄を引き千切り、飛び出して駆け寄りたい衝動をクロノは抑える。
クロノは自問した。
自分は間違っていたのかと。クロノは確かにあの時確信していた。
『ワールドクロニクル』の知識を利用してクロノはその確信に至った。
そしてアルレシャを利用してこの状況を演出したのもクロノだ。
ルトナならばこの状況を覆すことが可能だ、そうクロノは思っていた。
しかしルトナは現在瀕死の重傷を負い、倒れ込んでいる。
――まだだ。まだチャンスは……。
まだ信じる。
クロノは食いしばっていた口を開け、叫んだ。
「ルトナ!『正義』信じろ!己の『正義』を貫くんだ――!」
――時は遡り、ルトナとアルレシャが逃げ出した後の野営場所。
クロノは柄の悪い男達に囲まれていた。
「くそがぁ!」
「目が痛え!」
「クソガキが!ぶち殺す!」
男達はアルレシャの【高位発光】を受けて視界を潰されている。ただリーダー格の男達数人は咄嗟に目を覆い、魔法の効果から逃れたようだ。
「餓鬼ィ。やってくれるじゃねえか。」
リーダー格の男は好戦的な笑みを浮かべている。男は斧を構えると瞬時にクロノへと斬りかかってきた。
部下が立ち直る間クロノの相手をするつもりらしい。いや、一人で十分と考えたのかもしれない。
クロノは斧の振り下ろしを半身になって避け、同時に後ろへ飛んだ。
斧の一振りによって起こった衝撃波が正面にあった遺跡の壁を傷つける。
「これに対応出来んのかァ。まあ女を逃がしただけのことはあるな。」
嬉しそうにそういうと男は再び間合いを詰め、今度は連撃を行ってくる。
クロノは冷静に斧の軌道を読み躱していく。
なかなか早い。それに一撃が重い。
ルトナ一人であれば何も出来ずに捕まっていただろう。
クロノのステータスはいまレベル千相当である。
本気を出せば一瞬で終わらせることも出来るが今回は作戦があった。
クロノは剣を振るって男の斧を弾くと大きく距離を取った。
男の後ろでは部下達が続々と立ち直っている。
――さて、どうしたもんか。
クロノがそんな風に思っていると唐突に男の後ろに控える部下達の中から声が上がった。
「ガイゼル団長ぅ!お楽しみのところ申し訳ございやせん!しかしその餓鬼もなかなかデキる様子。今回はこの!この副団長代理補佐のドドリアスにお任せ下さいやせんか!」
ドドリアスと名乗った微妙な役職の男は数人の部下を連れて男達の前に出る。周りの男達は何とも嫌そうな顔をしている。嫌われてるのか、とクロノは思うがドドリアスは勝手に話を進める。
「このドドリアス!こんなこともあろうかと秘策を用意しておりやす!どうぞこの!このドドリアスに!」
「あぁん?そうだな……まァやってみたらいいんじゃねえか?お前のやることはなかなか面白いからなァ。」
リーダー格の男――ガイゼル――は少し考えた後にやにやした笑みをしながら言外に含みを持たせた言い方で許可を出した。クロノはそれでなんとなくこのドドリアスという男がネタ要員なのだということを察した。 しかしその方がクロノとしてもありがたいので放っておく。
「さぁすが団長ぅ!分かってらしゃっる!この!この副団長代理補佐のドドリアスにお任せ下さい!」
ドドリアスが意気揚々と十数人の部下を連れてクロノの前に出た。下がったガイゼルはにやにや笑いを深くしてこちらを見ている。
「おうおう!我こそは灰狼傭兵団副団長代理補佐のドドリアス様であr――」
ドドリアスが長くなりそうな前口上を述べ始める。ガイゼルが後ろで笑いを堪えているのが分かる。
とりあえず終わるまでは放っておこう。
余裕の出来たクロノは【念話】を発動し、アルレシャに連絡を取ることにした。
【念話】はアルレシャに開発してもらった魔法の一つで【星使接続】を利用した思念交換を可能とするものである。【星使接続】を利用しているので理論上大陸の端と端でも会話可能という優れものだ。
『アルレシャ聞こえるか?』
『はいっ!!』
【念話】を発動し、思念を送るとアルレシャが元気な声で返事をしてきた。この様子だと上手く逃げ切れたようだ。
『問題ないみたいだな。それじゃあ作戦を説明すr――、』
『だめです!!』
ええ!?だめなの!?なにこの焦らしプレイ!誰!?うちの子にこんなこと教えたのは!?
『ち、違うんです!主様!説明お願いします。』
軽くショックを受けたクロノにアルレシャから訂正の思念が入る。【念話】は開発した時に少し試しただけなのでアルレシャも使い慣れていないのだろう。一人で納得したクロノは気を取り直して説明を再開する。
『あぁ。とりあえずルトナには決闘をやってもらおうと思う。』
『決闘ですか?』
決闘と聞いて不思議に聞き返すアルレシャにクロノは肯定の思念を送る。
『そうだ。ルトナには特殊な力が宿っている。俺はルトナにその力を覚醒させたいと思っている。』
『そのための決闘ですか。』
『ああ。そこでアルレシャにはルトナが相手と決闘するように仕向けて欲しい。こちらの条件としては俺が人質になるから俺の解放と今後一切ルトナに手出しをしないってところだな。受ける条件は相手次第だが大体n――、』
今回クロノはルトナに眠る力を覚醒させようとしていた。そのために一人残ってわざと捕らえられ、その奪還時に決闘を行ってもらうというのがクロノのシナリオであった。
ルトナの出生、クロノを殴った時のあの魔法の威力からしてルトナが力を持っているのは確定だ。
この条件ならルトナの力は十中八九発現すると思われた。
クロノはアルレシャと話し合い決闘に持ち込むやり方などを詰めていった。これならアルレシャでもちゃんと出来るだろう。
ドドリアスのとにかく長い前口上のおかげでしっかりと話し合うことが出来た。
『よしそれじゃあそういうことでお願いs――、』
『しゃべらないで!!』
――えぇ!?俺、アルレシャになんか悪いことしたっけ!?
最後に念を押そうと思ったら何故かアルレシャに怒られてしまった。
――そうか!俺がアルレシャに相談せずに勝手に判断したから怒ってるのか。
今度からちゃんと相談するようにしよう、クロノは納得しそう決意する。
『とりあえずアルレシャには迷惑を掛けるけどそういうことで頼む。』
そしてそう意識を飛ばすと少し落ち込みながらクロノは【念話】を切ったのだった。
ちょ、違っ、というアルレシャの意識が最後に聞こえたような気がしたが気のせいだろう。
「とりあえず屑ども!あいつの動きを鈍らせろ!行け!」
いつの間にか前口上を終えたドドリアスがこちらに部下をけしかけてきた。
何とも曖昧なドドリアスの命令に部下達は嫌そうにしながらもクロノに襲い掛かる。
直属の部下にも嫌われているとは、クロノはその道化ぶりに呆れながらも次々と襲い掛かってくる男達を捌く。クロノの作戦的にはこちらの方が都合がいい。
クロノは次々と繰り出される攻撃を舞うようにして避ける。
遅い。先程のガイゼルの攻撃に比べるとずいぶん楽だ。ただ最終的に捕まる必要があるのでクロノはある程度攻撃を受けないといけない。膨大なHPがあるので攻撃を受けても問題ないがちゃんと演技が出来るかどうかがクロノの唯一の心配だった。
「全く役立たず共が!仕方ない。このドドリアス様が援護してやろう!」
攻撃の当たらないクロノに痺れを切らせたのかドドリアスはそう言って持っていた袋から何か取り出した。
――十字架だ。
「お前が吸血鬼だというのは分かっている!そして十字架が苦手なこともなぁ!」
クロノが恥ずかしくなるくらいのドヤ顔でドドリアスは宣言する。
ちなみに『ワ-ルドクロニクル』において吸血鬼に十字架は効かない。『聖性拒絶』が適用されるのは聖属性の魔法及びそれの付与された武器、あとは教会などの一部施設のみである。クロノからすればだから何?といったところだ。
しかしこのわざと捕まらなければいけない状況。
――乗った方がいいのか?乗った方がいいよね?
クロノは覚悟を決めた。
「うわー。まさか弱点をつかれるとはー。」
……すごく棒読みだった。
クロノは自分の演技力のなさに絶望する。
「そうだろう!そうだろう!ちなみに部下が持っているのも銀の剣だ。」
クロノの落ち込んだ姿を勘違いしたのかドドリアスは嬉しそうに言う。
動きが鈍ったクロノに銀剣の斬撃が入った。
だが聖属性は付与されていなかったらしく何とも反応に困る。
「ばかなー。俺に傷をつけるとはー。」
自分の大根役者ぶりになんかもう嫌になってきたクロノだがやけくそで叫ぶ。
ふらつく演技までしてみせた。
そんなクロノに好機とみて襲い掛かろうとする男達。
「待て!とどめはこのドドリアス様が刺す!」
喜々としたドドリアスが前へ出て来る。
ドドリアスは剣を振りかぶりクロノへと攻撃を仕掛けた。しかしクロノはそれを剣で防ぐ。
なんかこいつにやられるのが釈然としなかったからである。
そんなクロノにドドリアスは鍔迫り合いの体勢のまま不敵に笑う。
「甘いわ!ここに来る前にたっぷりとニンニクを食べてきた!食らえ!【大蒜息】!!」
この世のものとは思えない悪臭がクロノの顔に吹きかけられる。
――くっさ!!!くっっっっっさ!!!何食べたんだこいつ!!!
吸血鬼化して五感が鋭くなっていたのが悪く働いた。
酷い悪臭にクロノの意識が遠のく。
そしてクロノは何か釈然としないまま目を回し、地面に倒れ込んだのだった。




