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暁に星を見るもの  作者: 春夏冬秋茄子
第一章 獅子は騎士の夢をみる
20/90

孤独な闘い

 ルトナとガイゼルとの決闘が始まってから半刻ほどルトナは傷だらけで倉庫の冷たい地面に倒れ込んでいた。

 周りの男達から野次が飛ばされる。ガイゼルは腕を組んで愉快そうに地面に這い蹲るルトナを眺めていた。



 いくら身体能力の高い獣人族といえどほとんど人と戦ったことのないルトナとそれを専門とする傭兵、しかも一角の傭兵団を率いる実力を持つガイゼルではその差は隔絶していた。

 スピードに頼った攻撃をしても嘲笑うかのようにそれを避けられ、弾かれる。打ち合いなど出来るはずもなく避けそこなった攻撃の余波でルトナは徐々に傷を増やし、再び腹部への一撃を受けてルトナは地面へと蹲ったのである。



 「あれだけ攻撃を避けるたあ大したもんだなァ。でも避けてるだけじゃこんな風になっちまうぜ。」

ガイゼルがしゃがみ込んでルトナの髪を掴み、顔をあげさせながら言う。ガイゼルが手を抜いているのは明らかだった。とどめを刺しに来ないのだ。気紛れに戯れているとしか思えない。


 ルトナはその手を振り払いガイゼルに噛みつこうとする。しかしガイゼルはそれを笑いながら下がって避けた。ルトナは鼻先から地面に突っ込むようにしてまた倒れ込んだ。

 打ち付けた鼻から血が出ている。口の中も打ち付けた拍子に傷つけたのか生臭い血の匂いがする。




 「おっとォ。とんだじゃじゃ馬だなァ。靴でも舐めさせてやろうか?」

 ガイゼルの言葉に周囲の男達が笑う。



 「終わりかァ?それとも何か気になることでもあるのか?……なァ?」

 ガイゼルが何か含むような眼差しで見つめてくる。

 ルトナはぼやける視界の中でガイゼルを見る。



 「……くそくらえだわ。」

 ルトナはそういいながら剣を地面へと突き立て、思うように動かない体を無理矢理に持ち上げて立ち上がる。その姿は満身創痍で見ているだけでも痛々しい。



 しかしその闘志は燃え尽きていない。

 口の中に溜まった血を吐き捨てると口元を拭ってガイゼルを睨む。

 言ううことを聞かない足を叱咤し、鉛のように重くなった腕でルトナは剣を構えた。



 「ボロボロだなァ。オイ。……おっとあっちも終わったみたいだぜ。」

 ルトナが怪訝に眉を寄せたその時、倉庫に大きな音が響いた。

 音の方向を見ると半ば壊れかけていた倉庫の扉の一つが吹っ飛び床に転がっていた。



 そこには扉を蹴破ったのだろう男がその体勢のままそこに立っていた。




 「団長ぅ!灰狼傭兵団副団長補佐代理のドドリアス只今帰りやしたぁ!」

 アホっぽい男がガイゼルに向かって言う。



 「いやぁ、遅くなりまして団長。少々手こずりやしてね。いやいやしかし最後はこの!この灰狼傭兵団副団長補佐代理たるドドリアスが!このドドリアスが見事仕留めて参りやした!」

 場の空気を読まない明るい口調でドドリアスが倉庫に入って来ながら言う。

 倉庫にいた男達が顔をしかめたところから見ると仲間内でもあまり評判が良くない男なのかもしれない。

 ドドリアスの後ろからは十数人の男達が続いて入ってくる。最後の方に入って来た数人は何か大きなものを抱えていた。



 「おい!屑ども!さっさと団長に御見せしねぇか!このノロマが!」

 ドドリアスは唾を飛ばしながら後ろから入って来た男達を怒鳴る。怒鳴られた男達は嫌そうな顔をしながらもドドリアスの前まで出て抱えていたものを地面に放り投げた。




 ドスンと鈍い音がして地面にそれが転がる。



 人だ。

 丈夫そうな鎧は所々がひび割れ、砕けているところもある。体には無数の切り傷があり、痣だらけで見るに堪えない。魔法を受けたのか服には焦げているところもある。その力のありそうな筋骨隆々の体は地面に伏したままピクリとも動かない。



 ルトナの恩人、パーセルの親友であり、強面でありながら仲間に対する情に厚い。ルトナがクロノを救出する際に自らそれを手助けさせてくれと言ってきた鬼人族の男。





 そこには変わり果てた姿のゴルドが転がされていた――。






 ――ルトナは床に転がされたボロボロのゴルドを見て茫然としていた。

 当初の計画ではルトナ達が男達の気を引いているうちに隠れ潜んでいたゴルドが飛び出しクロノを確保し、それを合図にルトナとアルレシャが大魔法を放ってこの場を離脱する予定だった。


 クロノが捕らえられている現状、クロノを取り戻すことが最優先と考えたからだ。



 この人数とまともにやり合っては勝機はない。

 故に決闘という形でガイゼルと一対一でルトナは戦った。



 アルレシャはクロノを奪還することで戦力を増強し再起を図るという考えだったがルトナはクロノ奪還の後は二人から離れ、単独でロイドに挑もうと考えていた。




 ルトナはこれ以上周りを巻き込むわけにはいかなかった。

 いつまで逃げていると言われて、クロノに出来ると言われてルトナは決心した。



 自分一人でこの戦いに挑もうと。

 今は未熟なこの手でも耐え続けていつかはロイドに打ち勝とうと。

 誰にも関わらず関わらせずただ一人自分で決着をつけるために。




 そのためにルトナは今回決心の表れとしてクロノを助けることを決めた。

 もう誰も傷つかせないと。





 しかし目の前には傷だらけで蹲るゴルドがいる。

 ルトナは後悔した。最後にクロノを助けるため少しだけゴルドに手を借りようと思った自分の甘さに。

 ルトナは怒りを覚えた。何も出来ない自分の無力さに。そして再び誰かを傷つけたこの現状に。




 ルトナの体の芯から熱い何かが込み上げる。

 それが一瞬であったが体の痛みを忘れさせ、ルトナに体を動かす力を与えた。





 「おおおおおおおおおおおおお!!!」

 雄叫びを上げながらルトナはガイゼルに斬りかかる。ガイゼルはそれに気づき斧を構えた。

ただ純粋な一撃。最初の様なフェイントもない振り下ろし。

しかしこの決闘において間違いなくルトナの最速で最高の一撃だった。ガイゼルに向かって剣が稲妻のように迫る。

 ガイゼルが斧を盾にして防御の体勢を取ったがルトナには関係なかった。

 ただ力いっぱい振り下ろす。ルトナはただそれだけを意識していた。




 剣と斧とが交わり、鋭い火花を散らす。

 ガイゼルの斧がルトナの剣に押し込まれる。

 嘲笑を浮かべていたガイゼルの表情がここで初めて驚きに包まれた。




 「おおおおおおおおおおおお!!!」

 ルトナがさらに力を込め剣を振り切る。ルトナの裂帛の気合いを込めた叫びが響く。








 しかしそれまでだった。

 ガイゼルの力はルトナが繰り出した最高の一撃を上回るものだった。ルトナの攻撃が力を失い、ガイゼルへ届く前にぴたりと止まる。





 「おっとォ!驚いたぜ。……だがまだ足りねえなァ。」

 にやにや笑いへと表情を戻したガイゼルがルトナに言う。

 ルトナは顔を俯かせている。





 「残念だったなァ。今のが全力だろォ。もう立つ力も残ってねえんじゃねえかァ?」

 せせら笑いでガイゼルはルトナに話しかける。

 体中傷だらけのその姿は今にも倒れてしまいそうだ。




 「……の………いて……【…………と……し」

 「あァ?何ぶつぶつ言ってやがる?壊れちまったかァ?」

 ルトナは俯きながら何かを呟いていた。ガイゼルは怪訝な顔でルトナの顔を覗き込む。

 そこにあったのは未だ闘志衰えぬ金色の瞳だった。




 「なッ!?こいつ!!」

 「……【火】と【地】の流れを以って我が敵を焼き尽くせ!【火砕流パイロクラスティク・フロウ】!!」

 ルトナの叫んだ詠唱によって生み出された火と岩石の奔流がガイゼルを巻き込み、後ろにいた男達にまで襲い掛かる。ルトナが意図的に転がっているクロノから魔法を逸らしていたため横に立っていたロイドは無事だった。周りから悲鳴が上がる。地面が大きく揺れ、倉庫が崩壊しかねない程の振動が起った。




 濛々と煙が立ち上り、地面は熱によって溶けているところもある。

 肩で息をしながらルトナはそれを見て構えていた剣を下した。足が震えて今にも崩れ落ちそうだ。クロノを救出したあと離脱用にと考えていた大魔法だ。ルトナはそれを魔力を限界まで使って放った。

 急激な魔力の減少により意識が朦朧となる。





 ――でもこれで……。






 「やってくれたなァ!!小娘!!」

 「――ッ!!」

 そんなルトナの思いを裏切るかのようにガイゼルの声が響く。

 怒気を孕んだ声の先を見ると体を土で覆ったガイゼルが青筋を立たせてルトナの方を睨んでいた。ガイゼルの体を覆っている土は一部が岩石の直撃を受け崩れていた。そこから火傷した皮膚が見える。


 おそらくルトナの意図に気付いてから即座に土魔法で体を覆い攻撃を防いだのだろう。しかし至近距離からの直撃で完全に防ぐことは出来なかったらしくガイゼルの顔の半分には醜い火傷の爛れが見える。



 「調子に乗るなァア!!!」

 ガイゼルの体を覆っていた土が完全に崩れ去るとガイゼルは放心状態のルトナに強烈な蹴りを見舞った。



 蹴りを受けたルトナは一直線に吹き飛ぶ。

 蹴りを受けた瞬間、三度目の衝撃に内臓が潰れたのが分かり、血反吐を撒き散らしながら壁へと激突する。

 意識に暗い陰りが広がってルトナは闇へと落ちていく。


 



 澄んだ音を立ててクロノに貰ったネックレスが砕けるのをルトナは最後に感じた――。




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