決闘
治安が良くないことで知られる西区。そこを貫くように存在するバクシャール通りの裏手にある閑散としたその一画。
そこに裏の商売のために使われていたが持ち主が借金に首が回らなくなり夜逃げしてからそのまま放置されていた倉庫がある。
夜も更け、人通りがなくなった昼間でも少ない人通りが途絶え、今は孤独気に鳴く虫の声が寂しく響くのみである。広場の向かいの東通りとは打って変わって辺り一面が闇に包まれている。
倉庫は長い間人の手が入らなかったことで植物によって侵食を受け、雨風のせいで屋根には穴が開き、壁が崩れかけているところもある。
そんな倉庫の中で柄の悪い男達と二人の少女が向き合っていた。
柄の悪い男達の真ん中に小奇麗な身形をした貴公子然とした男と柄の悪い男達のリーダー格であろう大斧を肩に乗せた大男、そして床に転がされた銀髪の少年がいた。貴公子然とした男と大斧を持つ男は下卑た笑いを浮かべており、態度も相手を小馬鹿にしたようなものだった。
一方、相対する少女は赤髪と青髪の二人。
赤髪の少女は冒険者の様な身形にその恰好にそぐわない騎士の様な紅の籠手を右手につけ、獣人であるのか撥ねた短い髪からは猫耳が覗き、警戒するようにしっぽを逆立てている。
青髪の少女は踊り子の様な恰好をしており、ベールのような青い薄布から覗く肢体が何とも煽情的であった。ただその顔は幼さが抜けきらぬ無垢なものでその二律背反とした姿が超然とした雰囲気を醸し出している。ひらひらと揺れるひれの様な耳から人魚族であろうことが伺えた。
「決闘か。」
貴公子然とした男が口を開く。少女達をここに呼びつけた張本人、ロイド・カーセルである。
「しかし僕は見た通りひ弱でね。決闘をするのならこのガイゼルに代理を頼むことになるけどいいのかな?」
ロイドは隣にいる大斧を持つ大男――ガイゼル――を指しながら言う。ガイゼルはその顔に浮かべていた嫌らしい笑いをさらに深くした。
「構わないわ。条件さえ守ってくれるのならね。」
それに答えるのは獣人の赤髪の少女だ。緊張からか手が震えているが本人はそれを隠そうと拳を固めている。
「それは構わないよ。こちらが勝てば君達二人を僕の奴隷とする。負ければこの少年、クロノ君だったかな?を開放し、今後一切ルトナ君とその周りのものにちょっかいを出さない、だったね?」
ロイドが余裕のある笑みで答えるとルトナと呼ばれた赤髪の少女は静かに首肯した。
「いいだろう。契約については安心してくれたまえ。この契約書を使おう。魔法紙だ。宣誓を行うことで文字が書かれ、相手に履行を強制する。僕も商家の息子だ。約束は守るさ。」
ロイドはにたにたと笑いながら紙全体にうっすらと六芒星の魔法陣が書かれた紙を取り出した。
ロイドはすでに勝ちが決まっているかのように悠然とした態度だ。転がされたクロノという少年に対して薄ら笑いをする。クロノの方は苦々し気な表情でロイドを睨み返した。
「じゃあ始めようか。最初にこの契約書に向かって宣誓をしてくれ。」
ロイドとガイゼルが前に進み出る。少女たちの方からはルトナが同じく前に進み出た。
「宣誓する。ルトナ・オールホワイトとガイゼル・ゴルバドは決闘を行う。ガイゼル・ゴルバドはロイド・カーセルの代理人とする。ルトナ・オールホワイトが勝った場合、ロイド・カーセルはクロノを開放し、以後一切ルトナ・オールホワイトとその仲間を害することを禁じる。ガイゼル・ゴルバドが勝った場合、ロイド・カーセルはルトナ・オールホワイト及びアルレシャを奴隷とする。契約を是とするなら血を以ってこれに応じよ。」
ルトナとガイゼルの間に立ったロイドが契約の内容を宣誓する。商家の息子だけあって手慣れた様子だ。
宣誓が終わった後、ガイゼルとルトナは短剣で指を切り、血を契約書に垂らした。
契約書の上に落ちた血は這うようにして文字を形作り、血文字で出来た契約書が完成する。
「さてさて、それでは心置きなく戦ってもらおう。」
そう言うとロイドは下がり、柄の悪い男達の中へと戻っていく。
ルトナとガイゼルは互いに距離を取った。ルトナはショートソードを抜いて構えたがガイゼルは余裕からか笑みを浮かべ、肩に大斧を乗せたままでいる。
ロイドは男達の元まで戻ると振り返り、口を三日月のように歪めて言った。
「さあ、試合開始だ――。」
――先に駆け出したのはルトナだった。その姿を見てなおガイゼルは悠々と斧を構えない。
ガイゼルはルトナのことを格下と認識している。事実普通に戦えばルトナはガイゼルには勝てないだろう。獣人族ならではの身体能力を利用した動きで相手を翻弄し、ダメージを蓄積させていく、それがルトナの基本的な戦法である。まずはこちらのペースに相手を引き込むことが必要だった。
幸いなことに相手は油断している。ここで先制攻撃を与えることが出来たならば流れを掴むことも容易になるだろうとルトナは考えた。
ルトナはガイゼルの正面に駆け込むと見せかけて瞬時に方向を転換し、横へと回り込み高速の突きを見舞う。
「甘いんだよ、餓鬼が。」
ガイゼルはそういうと後方へ下がり、ルトナの突きを易々と躱した。ルトナは躱された突きからそのまま横薙ぎに斬り付けようとするがその前にガイゼルの前蹴りがルトナ腹部を捉えていた。重い衝撃を受けて毬のように跳ね飛ばされたルトナは地面に打ち付けられながらもガイゼルを見た。ガイゼルはすでにルトナを追うようにして間合いを詰めており、その大斧を大きく振りかぶっている。
――まずいっ!
ルトナは後方へと飛ばされる体をその身体能力で強引に立て直し、強靭な足のバネを使って後ろに引かれる力の向きを変えて横へと回避を行った。
振り下ろされた攻撃により地面が割れ、衝撃波が飛ぶ。あのまま後ろに避けていれば大斧に斬られることはないにしても衝撃波を受けて吹き飛ばされていただろう。
当たりどころが悪ければ一撃で戦闘不能もあり得た。
ルトナの背筋に冷や汗が流れる。
直接斧での攻撃を貰えばその時点で終わり。そうでなくとも掠るだけでも危うい。
ルトナは鈍痛のする腹部を庇いながらショートソードを杖代わりにして立ち上がる。ガイゼルはそれをにやにやしながら眺めていた。さらなる追撃はしてこないようだ。
「流石は獣人だなァ。上手く避けたじゃねえか。まあこれくらいでやられても困るんだけどよォ。」
ガイゼルの方は簡単に決闘を終わらせる気はないらしい。趣味の悪い奴とルトナは思ったがこの場ではその方がありがたくもある。
「灰狼傭兵団の団長であるガイゼル様が直々に相手をしてやってるんだァ。ちったあ楽しませてくれや。」
灰狼傭兵団……ルトナはその名前を聞いたことがあった。小国の小競り合いなどに参戦して名を上げた傭兵団だ。団員は百名近くにもなり、西方の傭兵の中ではその数からある程度有名な傭兵団でもある。ただし素行が悪く盗賊まがいのこともやっているという悪い噂もある。
個人の諍いに傭兵団を雇ったということにも驚いたが確かにロイドの陰湿な性格とその財力を考えればありえないことではなかったのかもしれない。
――団長は元Bランクの冒険者だったと聞いたがこの男がそうだったとは……。
Bランク冒険者と言ってもピンキリであるがDランクのルトナからすれば格上ということに変わりはない。
一対一で相手は格上、ルトナの頼みの綱である身体能力に関しても力は確実にガイゼルの方が上で、一撃で倒される可能性もある。技術も先程のやり取りからすればルトナが劣る。単純な奇襲は役に立たない。スピードに関してはルトナに軍配が上がるがそれも大きな差ではない。経験はいくつもの死闘を潜り抜けてきたガイゼルの方が圧倒的にルトナを上回る。
絶望的な状況だ。
普通ならすぐにでも逃げ出してしまいたい。
ルトナは転がされているクロノを見る。クロノは真剣な目でこちらを見ていた。
――でもそれは出来ない。
いくら絶望的でもここで引くわけにはいかない。
クロノに出来ると言われた。だからルトナは出来ると信じる。
いや絶対にやるのだ。
ルトナは再びガイゼルを意志の篭った瞳で睨み返すと固く剣を握り、獣のような雄叫びを上げながらガイゼルへと斬りかかっていった。




