憧れと決意と
「――それでお前らは街を出ていく気はないと」
「そうです。ゴルドさん」
厳つい顔の男――ゴルド――はその厳つい顔を眉をしかめることでさらに険しくしてルトナとアルレシャを見つめる。子供なら泣き出してしまうだろう。正直、大人でも道で会ったら目を逸らしながら避けて通るに違いない。
いま話しているのはクロノの救出についてだ。街を出て行けというゴルドにルトナとアルレシャが真っ向から反対している形となる。冒険者ギルドの前でわんわん泣いていたルトナを連れてゴルドがよく利用しているという酒場に移動し、今後について協議することとなった。
冒険者ギルドに併設されている酒場に行ってもよかったがゴルドがそれを止めた。今回の件でルトナの居場所をルトナに嫌がらせを行っている相手であるロイドに知らせたのは冒険者ギルドの副ギルド長であるらしい。確証は得られていないが冒険者ギルドに手が回っていると考えたほうがよいということだった。
「私は一人でもクロノを助けに行くつもりです。衛兵や冒険者ギルドを頼れない現在私が行ってロイドと交渉するしかないと思います」
「アルレシャも!アルレシャも行きます!」
ルトナは決意の篭った眼差しでゴルドの目を真っ直ぐに見る。アルレシャもルトナに続くように手を上げ、二人で視線を合わせ頷き合った。
実際これしか手がないのも確かだ。ゴルドだけではロイドに上手く取り次いでもらうことも出来ず、救出も失敗に終わる可能性が高い。その点ルトナとアルレシャなら問題なく交渉までは持っていけるし、ルトナが気を引いている間にアルレシャがクロノを救出ということも出来なくはないだろう。
クロノは何と思うだろうか。自分が捕まってまで逃がしたのにのこのこと交渉の場に出ていくことを馬鹿なことだと思うだろうか。
クロノはどうしてあの場に一人で残ったのだろうか。ルトナには考えもつかない方法でこの問題を解決しようと思ったのだろうか。
しかしルトナはクロノを放っておくことなど出来ないのだ。
これはもともとルトナの問題だ。
クロノ一人に全てを任せることなど出来ない。クロノがその身を賭けるというならどうしてルトナ自身がそれを渋ることができようか。
それにクロノが分かれる前に口にした言葉。
クロノはルトナになら出来ると言ったのだ。
ルトナ自身すら信じられなかった自分自身をクロノは信じた。そのことに対してルトナの心はささめく。ゆっくりと火を灯したようにぬくもりが広がる。ルトナもクロノが信じる自分を信じたいと思う。
だからたとえクロノに馬鹿だと言われてもルトナはクロノを助ける。
もう決めてしまったのだから誰にも否定などさせない。
「まあ待て。大人の男としては女二人があぶねぇところに乗り込もうとしてるのに知らぬ存ぜぬでいるのはケツの据わりがわりぃ。どうせ止めても無駄なようだし、この件俺も一枚噛ませてもらおう。パーセルのこともある。手伝わせてくんねぇか。」
そういって頭を下げるゴルドにルトナは慌てる。むしろ頭を下げてお願いをしなくてはいけないのはルトナ達の方なのだ。それのBランク冒険者であるゴルドが仲間に加わってくれるのは心強い。クロノの救出率も高まるだろう。
「あの、ありがとうございます」
「いいってことよ。嬢ちゃんを遠ざけてた分ここで返しとかねぇとな!しかし作戦はどうする?聞いた話だと三十人は居たっていうじゃねぇか。正面から行って坊主を助けられるほど甘ぇ人数じゃねえぞ」
感謝の言葉を述べるルトナにゴルドは冗談交じりに笑って答える。口は悪いけれど根はいい人ということだろう。作戦についてはルトナもいい案がなかった。手下も含め全員の気を引きながら誰かがその隙にクロノを開放するのがいいのだろうが、そんな妙案は浮かばない。
「あのそのことなんですが……」
アルレシャがおずおずと手を上げる。何か妙案があるのかとルトナとゴルドは顔を寄せる。アルレシャは顔を寄せたゴルドの厳つさに椅子を少し後ろへ引きながらもじもじと語り始めた。
――――――――――――。
「確かにそれだと気は引けるな。」
「そうなると一番重要になってくるのは私ね。」
アルレシャの話を聞いた二人は神妙な顔つきで思案する。
しかし他にいい案もない。そうである以上はこの案でいくほかない。確かに危険であるが相手がのってくる確率も高い。いやあの陰湿なロイド・カーセルなら十中八九のってくるだろう。
ならばやる価値はある。
「やりましょう!」
ルトナは深く息を吸い込むとアルレシャとゴルドを交互に見てそう宣言した――。
――三人でクロノ救出の話をした後ルトナは宿の自分の部屋まで戻っていた。
疲れた体を少しでも休め、ロイド・カーセルとの対決に万全の状態で挑むためだ。しかしそのことを考えるとどうにも心が安らがない。
アルレシャは席を外すと言って出ていったがおそらくクロノの部屋に行ったのだろう。主のことが恋しくなったに違いないとルトナは思った。
始めのうちは立って部屋をうろうろしていたルトナだったが体を休めなければと途中からベッドに潜り込んだ。だが悶々とした気持ちは収まらず、眠気も一向に訪れない。
ルトナの脳裏に数年前の思い出が浮かぶ。
祖父が生きていた頃の記憶だ。祖父は優しかった。落ち込んだ時はいつでも祖父の顔が思い出される。
「おじいちゃん!おはなし!おはなしききたい!」
ルトナはベッドに潜り込みながら言う。祖父は口元に蓄えた髭を撫でながら優しくルトナに微笑む。
ルトナはこうやって眠る前に祖父が語ってくれる話が大好きだった。
「そうじゃな。今日は何の話にしようかの……。」
「おうさま!おうさまのはなしがいい!」
そう王様の話。小さい頃のルトナにとってそれはお気に入りの話だった。
「そうか、そうか。では今日は王様が竜と戦った時の話をしようかの。……昔々、あるところに王様がおりました。王様は賢い王様であり、強い英雄であり、何より人々を愛し、守る騎士でありました。あるとき王様は家来の赤い鎧の騎士団を連れて――」
王様とその家来の冒険譚は少女であったルトナの胸に大きく響いた。女の子らしくないと言われたこともあったが人々のために戦う正義の味方にルトナは憧れた。
この話が『騎士王と赤き騎士団』というタイトルで実際の歴史上に存在した人物がモデルになっていると知ったのはこの時よりも少し後だった。
「ルトナ、覚えているかい?」
「何?おじいちゃん?」
祖父がベッドで横になっている顔が少しやつれて起き上がるのが辛そうだ。
祖父が死ぬ少し前の情景だ。
「昔した王様の話だ。」
「『騎士王』の話?どうしたの急に?」
祖父は咳をしながらベッドの横にあった机の引き出しから丁寧に布に包まれたものを二つ取り出し、自分の足の上に置いた。祖父は慎重にその包みを解いていく。中から出てきたのは美しい紅の籠手と刃に魔法陣が刻まれた短剣であった。ルトナは祖父に渡されたそれを見る。
「……これは?」
「これはかの『騎士王』が使った武具じゃよ。」
ルトナは驚いた。なぜそんなものがここにあるのかと。
それからの祖父の話はさらに驚くべきものだった。ルトナの一族が『騎士王』の直系であり、ルトナはその子孫であるという。小さい頃に憧れた存在が自分のご先祖様だったという事実は何とも言えず誇らしいものだったとルトナは覚えている。
ルトナは思う。私は『騎士王』の子孫として自分を誇れるだろうかと。あの日の自分のように憧れた存在になっているのだろうかと。
「いずれお前もこの武具に認められるようになる。その時お前に大切なことを気付かせてくれた者こそが――」
あの時祖父は何と言っていただろうか?
確かあれは――。
「――ナさん!ルトナさん起きてください!」
ルトナはその言葉に慌てて顔をあげる。どうやら気が付かないうちに微睡んでしまったようだ。
ベッドの横にはアルレシャが立っており、窓の外に目を向けるとすでに日は落ち、月が輝いている。
ルトナの顔は一気に青ざめた。
「大丈夫です。日が変わるまでにまだ二刻はあります。」
よく見るとアルレシャはすでに準備を整えているようだ。
アルレシャに待って貰うようにいうとルトナは慌てて支度に取りかかる。半刻もせぬうちにルトナは準備を済ませた。ルトナはこの後ゴルドと先程の酒場で合流してバクシャール通りまで行かなければいけない。
ルトナとアルレシャは連れ立って宿を出た。
――必ずクロノを助ける。
ルトナはきつく拳を握りしめ、夜の街へと足を踏み出した。




