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暁に星を見るもの  作者: 春夏冬秋茄子
第一章 獅子は騎士の夢をみる
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逃走の先に


 「ちょ、ちょっと!離して!」

 ルトナは自分を俵担ぎにして抱えたまま森の中を疾走するアルレシャに声を掛ける。

 ルトナだって防具をつけているし軽くはないはずだ。アルレシャ一体どんな体力をしているのだろう。

 か弱いイメージの人魚族からは考えられない動きだった。



 しばらく進み、森が開けたところでアルレシャは私を下してくれた。

 というより何かに気付いたように立ち止まったので、ルトナが自分から降りたという方が正しい。



 アルレシャは月を見るようにして空を仰いでいる。

 色素の薄い青い髪が月の光を受けて神秘的な雰囲気だ。


 

 いや、今は見惚れている場合ではない。



 「アルレシャ!!なんでクロノを置いてきたの!?あなたクロノの従者なんでしょう!?クロノがどうなってもいいの!?」

 「はいっ!!」

 ルトナはアルレシャにそういいながら詰め寄るが何とも元気の良い声で肯定されてしまった。



 「は……?あのままだとクロノが殺されるかもしれないのよ!?」

 アルレシャはあぁ、違うくて、そうじゃないんですよぅとわたわたしている。

 もしかしたらクロノに逃げるように命令されてアルレシャ自身も混乱しているのかもしれない。



 「とにかく戻りましょう。三人ならクロノが一人で戦うより可能性があるはずだわ。」

 「だめです!!じゃなくて、はい!!あぁちが、あうぅぅぅ。」

 やはり混乱しているようだ。

 とりあえず落ち着かせよう。ルトナは水筒をアイテム袋から取り出し、アルレシャに渡した。

 アルレシャは水筒を受けとってくぴくぴと水を飲んだ。



 少し間を置くとアルレシャは落ち着いたようだ。

 この間にもクロノが殺されるのではないかと思うと気が気でなかった。


 「アルレシャ。今からでも遅くないわ。クロノを助けに行きましょう。」

 「いえ、私は主様(マスター)からルトナさんを守るよう言われています。このままいったん街まで戻りましょう。」

 冷静さを取り戻したアルレシャはルトナに言う。

 ルトナよりもクロノとの付き合いが長いはずなのにどうしてそんなことを言えるのかとルトナは苛立った。



 「クロノが殺されるかもしれないのよ!?」

 「わたしと主様(マスター)は特別な絆で結ばれていて命の危機になったときはすぐにわかります。主様(マスター)の命令です。お願いです。ついてきてください。」

 クロノの命令、アルレシャにとればそれが何よりも大切な事なのかもしれない。

 けれどそれでクロノ自身を蔑ろにするのは間違っている。

 それに命の危機が分かるといってもクロノが安全である保証などない。



 「それでも――!!」

 「しゃべらないで!!」

 なお言い募ろうとしたルトナをアルレシャが口を塞いで近くの藪へ飛び込んだ。



 ルトナは何事かと思い、アルレシャを見る。

 しかしアルレシャの目線はこちらには向いていない。アルレシャの見ている方向に目を向けると大きな熊の魔物がいた。


 頭から突き出た一本角、赤い毛に四本の腕、体躯は立ち上がれば小さな木くらいはあるのではないだろうか。



 ――レッドホーンベア!?



 その魔物をルトナは知っていた。南の森の主で性格は凶暴。見つけたものは手当たり次第に殺し、他の魔物でさえ近づくのを恐れる。

 アルレシャはレッドホーンベアの気配に気付いて咄嗟に隠れたのだ。

 アルレシャが気付いていなければ今頃はレッドホーンベアの餌食となっていただろう。



 レッドホーンベアはしばらく辺りを見回していたが何かに反応したようにピクリと顔を上げるとルトナ達が隠れている藪とは反対の方向へと去っていった。



 ルトナはほっと止めていた息を吐き出し、アルレシャを見た。

 しかしアルレシャの顔に浮かんでいたのは安堵ではなかった。


 アルレシャは口を噤みながら唇を噛んでその綺麗な紺碧の瞳にうっすら涙を浮かべている。

 その表情は悲愴そのものであった。



 ここではたとルトナは気付く。

 アルレシャがクロノの心配をしていないはずがないではないか、と。

 この表情が何よりの証拠ではないか。

 

 アルレシャはクロノにとても懐いていた。それこそ溺愛といってもいいほどだ。

 それが危地にあるクロノを置いてここにいる。



 何故か。



 ルトナを守るためだ。

 主の意思を汲み取り、その命令を完遂するためにここにいる。

 主と共に戦いたいという気持ちを抑えてまで……。



 ――アルレシャがクロノの心配をしていないわけがないじゃない!私は馬鹿か!こんなにも必死になって私を逃がしてくれたのに私はクロノを犠牲にした罪悪感だけに動かされ再びあの場に戻ろうとしている。



 「わたし、主様(マスター)に嫌われてしまったかもしれません。」

 今にも泣きだしそうな顔で小さく呟くアルレシャ。



 その言葉にルトナの熱くなっていた頭は一瞬にして冷えた。



 ――こんな思いまでさせて私を逃がしてくれたんだ。ならここで捕まるわけには行かない!



 ルトナはそう決心する。

 そしてアルレシャの目を見つめた。



 「……ごめんなさい。我儘ばかり言って。確かにあそこに戻ってもまとめて捕まってあいつにいいようにされるのが目に見えているわね。ありがとう。冷静になれたわ。」

 「……?? ……わかってくれたんですね。では街まで急ぎましょう。」

 いきなり街へ帰ることに賛成になったルトナにアルレシャは不思議そうだったがルトナの真剣な様子を見て頷いた。

 街まで行けば衛兵が対応してくれるに違いない。



 夜の森は危険が多い。油断をしていると先程のように魔物に不意打ちを食らうかもしれない。

 ルトナ達は注意深く辺りを警戒しながら暗い森の中を進む。


 結局ルトナ達がミスタンに辿り着いたのは朝焼けに空が染まり始めたころだった――。






 ――ミスタンに辿り着いたルトナ達はとりあえず冒険者ギルドを目指していた。

 あわよくばどこかの冒険者パーティーを派遣してもらえるかもしれない。

 そうでなくても依頼を出せば冒険者達に捜索を手伝ってもらえるだろう。



 街に入るとき、襲撃のことを衛兵にも訴えたが事実確認に人を遣ると言われただけで事実確認ができるまで動けないという。


 朝の早い時間帯であるため通りにはほとんど人がおらず、閑散としている。


 通りを抜けて冒険者ギルドまで辿り着くと建物の前で男が立っていた。

 大剣を背中に背負った厳つい顔の鬼人族の男――昨日、クロノと言い争いをしていた男だ。



 こんな時に関わり合いにはなりたくない。

 ルトナは素知らぬふりをして冒険者ギルドへ入ろうとしたが、男がそれを止めた。



 「待て。」

 鬼人族の男は威圧的な声で話しかけてくる。


 「さっきロイド・カーセルの使いという男がここに来た。この手紙をお前に渡して欲しいそうだ。」

 ルトナは差し出された男の大きな手に握られた手紙をひったくるようにして奪い、中身を読む。



 ――『連れの男は預かった。返して欲しければ今日の日が変わる頃にバクシャール通りの裏手にある倉庫に来い。このことを衛兵に告げた場合は男を殺す。』



 クロノはやはり捕まってしまったようだ。

 しかし衛兵に相談できないとなると最初の予定と違い自分達でどうにかしなければいけなくなる。

 ルトナが思案していると男が再び話しかけてきた。


 「悪いたぁ思ったが手紙は読ませてもらった。お前は今すぐこの街を出ろ。この金は手紙を渡す駄賃だと言われたが俺はいらねえ。旅の足しにでもしろ。」

 「あなた何を言ってるの?」

 この男は確かBランクの冒険者でこの街のギルドでもまとめ役の様な存在だったはずだ。

 そして『疫病神』と呼ばれるルトナのことも毛嫌いして人を近づけない様にしていた。

 それがいまさらなんだというのか。


 ルトナは怒りに任せて男の手を払った。地面に落ちた金貨がキーンと音を立てた。


 「馬鹿にしないで!」

 ルトナは呻る様に声を押し出して男を睨んだ。

 

「嬢ちゃんには悪いことをしたと思ってる。だが謝るつもりはねぇ。他の奴らを遠ざけておかないと今回みたいに誰かを巻き込むことになったからな。俺の忠告を聞かなかった大馬鹿野郎の方は俺が何とかしてやる。だから早くお前はこの街から出ろ。」


 どうやらこの男は他の冒険者が巻き込まれないようルトナを孤立させていたらしい。

 顔は厳ついが仲間に対する情は深いということだろう。


 「私を遠ざけていた理由は分かったわ。でもそれがあなたを信用する理由になるわけじゃない。それによく知りもしない人にクロノのことを任せるなんて出来ないわ。」

 これはルトナが引き込んだ問題だ。これ以上他人を巻き込むわけには行かない。



 男は大きくため息を吐くと少し逡巡してルトナに問いかけた。




 「……お前パースルを覚えているか?」




 その言葉にルトナの顔が強張った。


 覚えているに決まっている。

 その名前はルトナに冒険者のいろはを教えてくれた人の名だ。

 ディガラにいた頃、まだ冒険者として右も左も分からなかった頃に親身になって世話をしてくれ、一緒にパーティーを組んでいた。


 そしてロイド・カーセルの仕向けた悪漢の手によって足に治らない傷を負い、冒険者を引退せざる負えなくなった。

 血塗れで呻き声を上げながら地面に倒れている彼の姿をルトナは今でも夢に見る。

 この事件があってルトナはディガラを出ることを決心したのだ。


 ルトナの大恩人であり、ルトナのせいで未来を失った人。


 そのことがルトナの心をじくじくと苛む。




 「なぜあなたがパーセルさんのことを……?」

 「簡単なこった。あいつと俺は親友で昔一緒にパーティーを組んでた。まああいつが結婚してディガラに居ついてからはパーティーは解散しちまったけどな。」

 事も無げに男はいう。



 「あなたは私を憎んでいないの?」

 「あぁ!?パーセル本人がお前のこと憎んでもいねぇのにどうして俺がてめぇを憎まなくちゃなんねぇ?」

 こわごわと聞いたルトナに男は意外な答えを返した。



 「パーセルさんが私のことを憎んでいない?嘘よ!そんなことあるわけ――、」

 「あるわけねぇも糞もねぇ。本当のことだ。お前が街から消えて心配してたくらいだからな。」



 ――そんな馬鹿な!?私のせいで冒険者を続けることが出来なくなったのに!!



 「あいつは御人好しだからな。なにそんな珍しいことでもねぇさ。それに冒険者は何が起ろうと自己責任が鉄則だ。まああいつも引退したがってたし運は悪かったが丁度良かったんじゃねぇか?いまじゃカミさんと娘と三人で楽しそうに店をやってるぜ。」

 その男の言葉にルトナはぺたんと座り込む。



 どうしてだろう。涙が堰を切って流れ出し止まらない。

 男は厳つい顔に似合わずおろおろとしている。

 アルレシャはアイテム袋からハンカチを取り出しそっとルトナに渡す。




 わだかまっていた思いが涙となって溢れ、流れていくようにルトナは感じた。





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