いつかの夢
―――――――。
「――なんでワイが骨人やねん!おかしいやろが!この『創造術式芸術家』とまで言われたワイが!」
「……あんたまだそんなこと言ってんの?」
パチパチと燃える薪を囲って数人の男女が話をしていた。
大きな声を上げたのは高級そうなローブを身に着けた骨人だ。
カタカタと歯を打ち鳴らしながらしゃべるその姿は何ともおどろおどろしい。
「『骨人魔導士』を目指せばいいじゃない。いまだって恰好はそれっぽいし。」
骨人に答えているのはドワーフの少女だ。ドワーフの特徴通り背は小さい。
亜麻色の髪をツインテールにして、腰を掛けた倒木の横には武器であろう大斧が刺さっている。
「あほたれ!ワイは『骨人戦士』やぞ!『骨人魔導士』とはツリー違いや!どう頑張っても魔法適正激低なんは変わらへんのや!」
悔しそうに何度も拳を打ち付けるその姿は腕が折れないだろうかとこちらが不安になるほどだった。
「いつまでウジウジしてんだよ。骨の折れる奴だな。」
「お前がそれを言うんか!クロノォォォォォォ!!」
横からクロノは茶々を入れる。
激昂した骨人は今にもクロノに飛び掛からんばかりである。
それを止めたのは骨人の隣に座っていた獣人の少年だ。
「わ、わわ!落ち着いてください!オネストさん!あ、灯さんもうるさいからって斧を手に取らないで!クロノさんも煽るのはやめてくださいよぉ!」
涙目で情けない声を上げる少年の耳には犬耳がついており、しっぽはモフモフのふわふわだ。
しかしそのモフリズムを刺激するしっぽもこの状況では元気なく垂れている。
「ほら、ホネスト。ケンイチも困ってるだろ?いい加減座れって。」
「クゥゥゥロノォォォォォォ!ホネストやのうてオネストやいいよるやろがあぁぁぁぁ!」
頭から湯気を出さんばかりに怒るオネストをクロノはさらに煽っていく。
「この脳筋がぁ!人の名前もちゃんと覚えれんのかい!」
「あぁ!?てめぇこそ脳みそすっからかんだろうが!そもそもおまえのどこが『正直』なんだよ!」
「あほうが!ワイほど欲望に『正直』な奴なんぞおらへんわ!」
売り言葉に買い言葉で二人はどんどんヒートアップしていく。
しかしこの状況を止めたのは二人の後ろから響いた手を打ち合わせる音だった。
「あらあら。ごはんが出来たから呼びに来たのだけど、この騒ぎは何かしら?」
二人の後ろに現れたのは背中から純白の翼を生やしたまさに天使の様な女性だった。
薪を囲う四人よりも年上の風貌で柔らかな微笑みを浮かべている。
「アリアさん……!」
その表情とは対照的に二人の表情は一気に強張る。
「あらあら。オネスト君。欲望に『正直』なモノはもう君にはないんだからいいでしょ?クロノ君もあんまり騒がしいともいじゃうわよ?」
「おぉぅ……。」
「…………。」
男子として大切なものをへし折られ地面に跪くオネストと内股気味に股間を手で隠すクロノ。
灯とケンイチはアリアの天使の笑顔に潜む邪悪な何かを見た気がして震えた。
「君達は一体何をやってるんだい……?みんな早くしないと食事が冷めるよ。」
呆れた表情でアリアの後ろから歩いてきた眼鏡をかけた知的そうなエルフの青年はそういって声を掛ける。
「あ、ディーンさん!僕も手伝います!」
いち早く再起動したケンイチは食事の準備を手伝うため駆け出す。
「ほら!二人ともいつまでそうしてんのよ!あんたたちも手伝いなさい!」
そういって灯もケンイチに続いた。
立ち直ったクロノとオネストも愚痴りながらついていく――。
――ああ、これは昔の記憶……。
懐かしいな。あのころはいつもあんな風にワイワイ騒いで……。
――楽しかったなぁ。
あいつらは今頃……、
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―――――――。
――――。
「んんっ……。」
窓から差し込む光にクロノの意識は覚醒していく。
ゆっくりと上体を起こしたクロノは手で目を擦った。
「あれ?なんで俺、泣いて……?」
クロノの頬には涙の跡がある。
確か夢を見ていたはずだが一体どんな夢だったか欠片も思い出せない。
「でもなんか楽しい夢だった気がするんだけどなあ。」
そう独り言ちながら涙を拭う。
ノスタルジーだろうか?こんなことになりながら……いやなったからこそかもしれない。
「ふう……。とりあえず今日はルトナと依頼だ。こんな顔じゃ表に出れないな。」
クロノはそう言うとそれを誤魔化すために部屋に備え付けてある水を出現させる魔道具のところまで歩いて行き顔を洗った――。
「――よっし!今日も張り切っていこー!」
「あなた朝からものすごく元気ね……。」
力いっぱい天に拳を突き上げたクロノを見て、呆れたようにルトナが言う。
「クロノはいつもこんななの?」
「いえ、そういう訳では……。というよりむしろ今日は――。」
問いかけてくるルトナに何か口走りそうになったアルレシャの口をクロノは慌てて塞ぐ。
今朝見た夢のことを誤魔化そうと明るく振る舞っていたのだがアルレシャ簡単にそれを看破したらしい。
――そんなに分かりやすいだろうか?涙の跡ももう残っていないはずなんだけど。
とにかく男子として夢を見てセンチな気持ちになってました、というのも恥ずかしいのでさっさと話を進めてしまおう。
「まあまあ、それは置いといて。まずはどこに行く?そのまま街を出て依頼の遺跡まで行っちゃう?」
クロノの行動に怪訝な顔をしたルトナだったがすぐに気を取り直し、提案した。
「まずは教会に行きましょう。遺跡には不死系の魔物が多いらしいの。『聖水』があった方が何かと便利だわ。」
「ちゃんと情報収集してるんだな。それにしても教会か……。」
ルトナがいつの間にか遺跡について情報収集をしていたことに驚いたクロノだったが『教会』という言葉を聞いて眉をひそめた。
「あっ!ごめん。クロノは教会には入れないのよね。クロノが吸血鬼らしくないからすっかり忘れてたわ。どうする?ここで待ってる?なんなら私だけ言ってくるけど。」
「いや、俺も少し興味があるし行ってみるよ。」
ルトナはクロノを気にかけてくれたがクロノはそれを断って教会に行くことにする。
単純に教会を見てみたいというのもあったがこの世界の吸血鬼に対する差別意識を確認する意味でいいと思ったからだ。
昨日の門番の対応を見る限り一般人は大丈夫そうだが教会関係者はどうか分からない。
しかしこれで教会関係者もあまり気にしていないようならクロノも大手を振って街を歩けるというもの。
いきなり投獄とかはないだろうし、もし嫌がらせで聖水を売ってくれなかったとしてもクロノのアイテム袋の中には聖水が入っている。そのときは適当な理由をつけてアルレシャからルトナに渡して貰えばいいだろう。
そんな軽い気持ちでクロノは教会へと向かうのだった――。
――教会は街の北側の地区にあった。
煌びやかな色彩のステンドグラスの窓が入口の扉の上に飾られており、屋根の上には大きな十字架が掲げられている。
扉の前では神父が箒で教会の前を掃いていた。
「オルタス神父はいらっしゃいますか?」
「申し訳ありません。オルタス神父はいま所用で出かけているのですよ。私は代理のマグナスというものです。おや、其方の方は……。」
話しかけるルトナにマグナス神父は手を止めて答える。
しかしクロノの姿を認めるとスッと目を細めた。
「彼はクロノと言います。隣にいるのが人魚族のアルレシャです。お察しの通り吸血鬼族ですが二人は里を出て旅をしているそうで、その途中で魔物に襲われていた私を助けてくれたんです。今はお金を稼ぐために一緒に依頼で遺跡の探索へ行くところです。」
ルトナが簡単にクロノとアルレシャを紹介する。
「そうでしたか。ああ、警戒しなくても大丈夫ですよ。古い教義に吸血鬼族は聖を拒む悪しき者という一文がありますが今ではほとんどの教会関係者がそんなことは気にしていません。最近の研究では吸血鬼族が光や聖魔法、教会を苦手としているのは神聖性を拒絶しているのではなく、対となる闇属性に適正があり過ぎるからではないかという仮説も挙げられているくらいですしね。」
マグナス神父はそういってクロノににっこりと微笑んだ。
マグナス神父は容姿が整っているので微笑んだだけでも絵になる。クロノが女の子であったなら簡単におちていたかもしれない。イケメン許すまじ、クロノの心の中をそんな言葉が過った。
「それで今日はどういったご用件で?」
ルトナに向き直り、マグナス神父は問いかける。
「そうでした!依頼の遺跡には不死系の魔物が多いということで聖水を売って頂きたかったのです。」
「ああ、なるほどそれなら大丈夫ですよ。倉庫から取って来ましょう。いくら必要ですか?」
「とりあえず十個ほど譲っていただければ……。」
「畏まりました。少しそこで待っていてください。」
マグナス神父はそういうと教会の中へと入っていった。
「何ともなかったわね。教会も吸血鬼というだけで差別するなんてことがなくてよかったわ。」
ルトナがクロノに話しかけてくる。
確かに教会関係者でも吸血鬼族に対する忌避感は薄そうだ。
もしかしたら『ジーニス聖教国』にでも行かない限りは問題ないのかもしれない。
そうしている間にマグナス神父が聖水を持って入口から現れた。
「さてこちらでよろしいですか?」
マグナス神父が蓋を開けて箱に詰められた聖水をルトナに見せる。
ルトナは聖水を確認すると代金を払ってお礼を言った。
「それでは皆様に神の祝福が在らんことを。」
世間話をした後、マグナス神父はそういってクロノ達を見送ってくれた。
クロノ達も挨拶をしてその場を立ち去る。
さて、今度こそ遺跡の魔物討伐に出発である。
クロノは気合いを入れ直すと遺跡があるという南方角の空を見上げた。




