阿修羅、後編
■ 午後4時55分 清流高校
東条修吾は、土川校長の執務室にいた。
「東条くん、本題について話し合おうじゃないか」
東条は眼鏡を直した。
「もちろんです、土川校長。なぜ我々の部活を閉鎖したいんですか?」
「今年の学校予算では、手芸部を二つも維持することはできない……それに……複数の生徒からの報告で、手芸部の部員が打ち身や怪我、疲労を抱えて現れていると聞いている」
土川は眼鏡を直した。
「それは少し怪しくないかね、東条くん?」
「我々の部活が結果に厳しいのは事実です……疲れるのは当然でしょう……」
「だが、それだけでは打ち身の説明にはならないぞ、東条くん!」
東条は切り札を出した。
「土川校長……あなたが私に借りがあることを、お忘れですか?」
「借りだと!? 記憶を呼び覚ましてくれないか?」
土川は動揺していた。
「あなたの奥様に、青森先生との不倫がバレるのを私が防いだことを、お忘れですか?」
「東条くん……それは恐喝と見なされるぞ――」
東条は机を軽く叩いて遮った。
「それに、我々の部活が奥様への結婚記念日の贈り物を用意したこともお忘れですか? そちらの方が気にかかるのでは?」
「東条くん……しかし……」
「無理を言っているのは分かっています。ただ、手芸部が解散しないように、一度だけチャンスが欲しいんです」
東条は校長との心理戦に勝った。
「チャンスをいただけませんか、土川校長?」
◇
■ 七北田公園 同時刻
「ウォーミングアップは終わりだ、阿修羅……これが平和への第一歩だ」
源はタバコに火をつけた。
「平和? 理想が子供じみてるな、小僧」
「桂、奴らは東条の指揮下だ。あのカリスマはまるでカルト教団の教祖だぞ、言葉には気をつけろ」
「清流、準備はいいか!」
「はい!」とフィンと蓮。
大翔は脇へ避けた。
「かかれ、阿修羅――」
ドッ!
桂が悪魔を殴り倒した。五十嵐、篠崎、蓮は驚いた。
「身内を……殴ったのか?」
「どういうことだ、桂!」
「単純だ……あのバカは阿修羅の利益を代表していない。彼と、倒れた連中は同類だ……」
「まあ……汚れ仕事をさせるには人手が必要でね……」
「なら、俺たち二人でお前ら三人を相手にしてやる」
源はタバコを吸い終え、吸い殻を地面に落とした。
(吸い殻が落ちたら……)と蓮は思った。
(それが……)とフィンは思った。
(俺たちの時だ!)と五十嵐は思った。
タッ……
「突撃ー!」
「はい!!」
蓮は真っ直ぐ源に攻撃を仕掛けた。しかし、当たらない。
「なんだと……?」
フィンと五十嵐は桂に攻撃を仕掛けたが、攻撃をかわされて吹き飛んだ。
蓮は振り返って殴り返そうとしたが、蹴りが待っていた。地面に倒れ、口が切れた。
(まずい……咲奈……)
フィンが不意打ちで源を殴ったが、外れた。
「くそ……俺の気配に気づくのか?」
五十嵐は咆哮とともに立ち上がった。その遅いが強力な一撃は、桂に防がれた。顎への膝蹴りも防がれる。
「これが本当の平和だ……」
ドゴォォォン!
腹部への一撃で、五十嵐は意識を失った。
「五十嵐先輩!」
「小僧、戦いに集中しろ……」
「黙れ!」
連続の拳は源に防がれ、顎への蹴りで篠崎は木の近くまで吹き飛んだ。
地面に倒れた蓮は、怒りと無力感で一杯だった。
「くそ、くそ、くそ、くそ!!! 五十嵐……フィン……倒れちまった……」
大翔は恐怖で腰を抜かした。彼の目に映る源と桂の姿は、夕日の逆光でより恐ろしく見えた。
「子供をどうする、リーダー?」
「しばらく遊ぼう。奴が来るまでな……」
「この野郎……俺と遊べよ……度胸があるならな……」
疲れ切っていたが、大翔を守る意志が、もう一ラウンド分の気力を与えた。
◇
■ 清流高校 同時刻
「では、それが我々の試練ですね、土川校長」
「わ、分かった、東条くん……それが期限だ」
東条は挨拶をして、校長室を出た。その足取りは速く、普段の動きとはまるで違っていた。
高校の入口近くで、一ノ瀬結衣が声をかけた。
「修吾くん……」
「結衣ちゃん、ちょうどいい。行くぞ」
「うん!」
東条は七北田公園の方角を見た。
「でも……どうやってあそこまで行くの?」
「家業があるってのは、こういう時にいいんだよ……」
◇
■ 七北田公園 同時刻
「小僧、まだ戦う力はあるか?」
「俺を諦めるな、阿修羅!」
蓮は渾身の右ストレートで近づいたが、無駄だった。源は攻撃を防ぎ、その勢いを利用して蓮をネルソン・ホールドで捕らえた。
「桂、遠慮なくやれ」
「ああ!」
拳の一発一発が急所を狙った。蓮の視界が薄れていく。
「はははははは! これは一級品のサンドバッグだ! 何をしても倒れない!」
「もうやめて!!!!!」
「入ってくるな、小僧。すぐにお前の番だ」
「源……大翔に……触るな……」
「兄ちゃんの友達……降参して……お願い……殺されちゃう……」
蓮は痛みの中、笑みを浮かべた。
「殺す……か。どうせ死ぬなら……一つ聞かせてくれ……」
源は、生死の瀬戸際でそんな些細なことを聞く蓮に戸惑った。
「聞く? 正気を失ったか?」
「な……な……な……」
「レコードが飛んだみたいだな、はははは!」
桂の拳が止まり、拘束が弱まった。どこからか、強い鼓動が聞こえてきた。
「不良やってて……何がそんなにいいんだ!!!!!!!」
蓮の叫びはあまりに強く、大翔は一瞬耳が聞こえなくなった。彼は拘束から抜け出し、二人はそれを見た。
阿修羅のリーダーとサブリーダーは、蓮の目の変化を見た。ブラック・スパイラルが、かつてないほど強く戻ってきた。
「楽しんだよな? ははははは!」
その笑い声に、源は戸惑った。
「今度は……俺の番だ……」
「リーダー……」
「こいつは狂ってる……目を見るな」
桂は蓮を倒そうと近づいた。
ドッ!
桂の頭が、地面に激しく叩きつけられた。
「桂!」
桂は答えず、戦闘不能になった。
「さて、大物の番だ……」
(いつ変わったんだ……?)と源は思った。鼓動の音はまだ響いていた。
蓮は源を殴った。当たるものもあれば、防がれるものもあった。
(そうか!)と源は気づいた。何かが鼓動と関係している。
「それは……お前の心臓か?」
「手遅れだ!」
クロスが源に直撃し、彼は地面に倒れた。
大翔の視線は、阿修羅を前に立つ蓮に注がれた。夕日を背にしていた。
「この野郎……」
蓮はゆっくりと振り返った。
「さあ……三ラウンド目の準備は――」
「は……なぜ今まで気づかなかったんだ」
源の手が、鋭いナイフのように蓮の心臓を打った。ブラック・スパイラルが消え、蓮は膝をついた。
「くそ……」
源は立ち上がり、疲れ果てた蓮を見下ろした。
「ついに……勝利は俺のものだ!」
蓮の髪を掴み、全力で二発、顔面に拳を叩き込んだ。
「ついに、今日でブラックホープは終わりだ!」
蓮は意識を失っていた。阿修羅のメンバーが少しずつ立ち上がり、悪魔も桂も起き上がった。
七北田公園に、集団の笑い声が響いた。
「さて、とどめを――」
ピッ!
ピッ!
「ん?」
源は振り返った。
「遅れてすまない!」
「お前は……」
東条はバイクで公園に着いた。一ノ瀬結衣を乗せて。
「校長と面会してたんだ……たまに、自分がまだ高校生だってことを忘れるよ」
二人はバイクを降りた。
「篠崎さん! 五十嵐くん!」
「治療してくれ! あとでクロちゃんも頼む」
「うん!」
悪魔のメンバーに捕まっていた大翔は、振りほどいて兄の元へ走った。
「兄ちゃん、あいつらをやっつけてくれ!」
「兄ちゃんに任せろ、大翔ちゃん」
東条は源と阿修羅の元へ向かった。
「東条、お前に報いを受けさせる時だ!」
「それは見てみたいな。はは……」
ブラックホープのリーダーが、この惨劇を終わらせに来た。




