東条修吾
黒蓮は、悪い意味で驚いていた。自分の上役である東条修吾が、自分と同じマンションに住んでいるという知らせに。
「東条先輩、ほ、本当にここに住んでるんですか!?」
「ははは、まあ、世間は狭いもんだろ?」
「自分の家でも休めない気がする……」
「おい、悪いことばかりじゃないぞ。大事なことだけ呼ぶって約束しただろ?」
「うん、まあ……」
「寄っていくか? 中でゆっくり話せる」
(最悪だ、断れない……先輩だし)と蓮は思った。
彼は東条の部屋に入った。
「お兄ちゃん!」と小さな声が出迎えた。
「沙由里ちゃん! 今日も学校でいい子にしてたか?」
「うん、宿題も全部やったよ!」
「えらいな。大翔ちゃんは?」
「ここにいるよ、お兄ちゃん……」
と、あまり元気のない様子で少年が現れた。
「学校から帰るのに、困ったことはなかったか?」
「うん……でも……男の子たちにお金を取られそうになって……」
「何かしたか?」
「ううん……誰か大きい人が来て追い払ってくれるのを待った……」
東条は大翔の肩に手を置いた。
「よくやった、大翔ちゃん」
大翔は乱暴にその手を振りほどいた。
「よくやったなんて嘘だ! 本当はあいつらをぶん殴ってやりたかったんだ! お兄ちゃんみたいに!」
東条は何も答えられなかった。
「言葉で解決するのに疲れたよ! あいつらのケツをぶん殴ってやりたい!」
大翔は走って自分の部屋へ行った。沙由里が彼を落ち着かせようと追いかけた。
蓮はその光景に言葉を失った。東条はソファに崩れるように座り、片手で顔を覆った。
「……答えなくて、よかったのか?」
「あれが悪いことだって、どう言えばいいかわからなくてな……」
蓮は向かいのソファに座った。
「黒くん。家族とはうまくやってるか?」
蓮はよく考えて答えた。
「ああ……むしろ、彼らのために人生を変えようと決めたんだ。妹に自分が不良だなんて思われたくなくて――」
言い終わる前に、東条の目から光が消えるのに気づいた。
「支えてくれる家族がいるのは、いいことだ……」
「先輩だって、家族に支えられてるだろ?」
東条は答えなかった。
蓮の背後、棚の上に、小さな仏壇があった。東条の父親のためのものだ。蓮はそれを見て、自分の言葉の重さを悟った。
「東条先輩、すみません、そんなつもりじゃ……」
「気にするな。もうずっと前のことだ……」
東条は立ち上がり、蓮について来るように手で合図した。部屋の一つを開けた。中では、一人の女性が穏やかに眠っていた。寝たきりの状態で。
「お母さんですか?」と蓮は小声で尋ねた。
東条は頷いた。そっと扉を閉め、リビングに戻った。
「さっき、俺の理想はいいけど手段は間違ってるって言ったよな……でも、他に選択肢がないんだ。少なくとも、見つけるまでは……」
東条は歯を食いしばり、拳を握った。
「親父を殺して……母さんを寝たきりにした……クソ野郎どもを……。でも、全てが終わったわけじゃないんだぜ?」
東条は平静を保とうとしながら話した。
「親父には商売があってな。今は俺が空いた時間に切り盛りしてる。変な話だろ、十七で家族を支える立場になっちまった……」
「東条先輩……」
涙を堪え、無理やり笑みを作った。
「これで、俺が戦う理由がわかっただろ? 全部、家族のためだ」
「例え、自分が憎むことと同じことをすることになっても?」
「まあ……そこはお前の言う通りだ。でも俺の目標は変わらない。この街を平和な場所にして、子供たちが何も心配せずに外で遊べるようにする……誰も、こんな思いをしなくて済むように」
蓮は、心からの共感を込めて笑った。
「言いたいことはわかる。協力するよ、その目標のために」
「じゃあ、二人の責任ってわけだ」
「ああ。そうしよう」
二人は手を握り合った。
「一つ聞きたいんだ、東条先輩」
「ああ、何だ?」
「他の高校と喧嘩の約束があるって聞いた。いつか知ってもいいか?」
「ああ、そうだ。金曜日だ。来るか?」
「迷惑じゃなければ……見学だけしたい」
「必要な時は手を貸してくれるんだな?」
「もちろん。必要な時だけ」
「よし……じゃあ、また明日な、黒くん」
「ああ」
◇
蓮は東条の部屋を出て、自分の家に戻った。
「あら、ちょうどいいところに!」と愛美が出迎えた。
「夕飯できたのか?」
「うん! 座って、息子」と篤が言った。
夕食はすでに準備されていた。篤は仕事での出来事を話していた。愛美はご近所さんと仲良くなった。咲奈は両親に隠れてパンに肉をあげていた。
全員が平和に夕食をとっていた。蓮以外は。
東条の家で見た光景は、その夜、彼を眠らせてはくれなかった。
(今の俺にできるのは、これくらいだ、東条先輩……)と蓮は思った。




