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PAINT IT BLACK  作者: ねずおあきとし
ブラック・ロータス編
4/9

ブラック・スパイラル

手芸部の部員たちの期待は最高潮に達していた。牟田(むた)が黒蓮に喧嘩を挑んだことで、場は盛り上がっていた。


「まさか逃げないよな、黒くん?」


「逃げたくても、逃がしてもらえないだろ……」


「グダグダ言ってないで、さっさとやろうぜ、新入り!」と牟田が叫んだ。


「……ああ。お前がそう望むなら」


蓮は学ランを脱ぎ、明智に渡した。腕中に走る無数の傷跡を見て、部員たちは呆然とした。


「行くぞ!」


牟田が攻撃を仕掛けた。胸への一撃、続いてふくらはぎへの蹴り。


(これで倒れるだろう)と彼は思った。


「……あ?」


蓮は立ったまま、微動だにしなかった。かすり傷一つない。


彼は笑みを浮かべ、自分の番だと告げた。


まるで怪物のようなオーラを纏った右ストレートが、全力で叩き込まれた。


ドッ!


牟田は息を呑んだ。蓮の顔に砂を投げつけたが、無駄だった。その視線はただ一点、牟田に固定されていた。


蓮は彼の髪を掴んだ。


「自分が不良だと思ってるのか? 六本木じゃ、もっと強い奴の腰巾着にすらなれなかっただろうな……いや。それ以前の問題だ。不良を名乗るには度胸が足りねえ。背伸びしてるだけだ」


「黙れ!」


牟田は蓮の腹部に蹴りを入れ、振りほどくと、そのまま顔面に一撃を叩き込んだ。


「どうだ? ははは……あ?」


牟田の笑いが、蓮の目を見た瞬間に止まった。光を失い、その代わりにブラック・スパイラルが、すべてを飲み込むように渦巻いていた。


「悪くない……悪くないな」と蓮は、別人のような声で言った。


「なんだ、それ……?」


「喧嘩したい気分にさせてくれたのはお前だ。もう引くなよ」


蓮はしゃがんで蹴りをかわし、足払いで牟田を完全に倒した。


「すごい……なんて技術とパワーだ……」と東条が興奮した様子で呟いた。


牟田は防御の構えを取ろうとしたが、蓮は突っ込み、力ずくでそれを無理やり破った。


「これこそ喧嘩って言うんだよ。はははは」


狂気じみた笑いが、牟田の顔面に落ちる一撃ごとに響いた。


部員たちがざわめき始めた。


「東条部長、止めますか?」


「このままだと顔が変形するまでやりますよ……」


明智は圧倒されながら見ていた。目の前の蓮が放つ暴力とサディズムは、普段知っている穏やかな少年とはまるで別人だった。


牟田はすでに意識を失っていたが、蓮は殴るのをやめなかった。とどめの一撃を放とうとした、その時――


「そこまでだ、黒くん」


東条は宙に浮いた拳を受け止め、その力をすべて抑え込んだ。


「東条先輩……俺の喧嘩に割って入るのか?」


「見たかったものは全部見せてもらった。十分だ」


「だから言っただろ、喧嘩は嫌いだって……この衝動が消えるまで止まれないんだよ」


蓮は左で東条を殴ろうとしたが、東条はもう片方の手で難なく防いだ。


部員の一人が牟田を隠し基地の端へ引きずっていった。


「黒さん、もうやめてください! もう勝ったじゃないですか!」と明智が叫んだ。


「あけっち……残念ながら、黒くんは話を聞くタイプじゃないらしい」と東条が言った。


「やるか、東条先輩?」


「初日に恥をかきたいのか?」


「やれるもんなら……やってみろ……」


東条は首筋への鋭い一撃で、蓮の意識を奪った。


(いつ殴られた……?)と蓮は倒れる前に思った。


東条は部員の一人に指示を出した。


「五十嵐(いがらし)、結衣ちゃんを呼べ。救急箱を持ってこいと」


「はい、東条部長!」


「あけっち、悪いが眼鏡を拾ってくれないか?」


明智が眼鏡を渡すと、二人は一ノ瀬結衣の到着を待った。


◇


一時間後、蓮は訓練場の円の中央に座ったまま目を覚ました。


「眠り姫のお目覚めだ……ははは」


「東条先輩……」


東条は円の反対側の椅子に座っていた。


「まず、おめでとうと言わせてくれ。そして、正式に俺たちの部活へようこそ」


「もうやっただろ?」


「ああ、だがこれは部活の本体への歓迎だ」


「本体……?」


「あけっち、お前もよく聞けよ」


「はい、東条先輩!」


「俺たちの部活は、本当の目的を隠すためのカモフラージュだ」


「どういうことだ……?」


東条は立ち上がった。


「俺たちは仙台の全てを掌握(しょうあく)しようとしている。今は青葉区(あおばく)の半分を抑えているが……もっと大きなものを目指している。仙台の心臓部そのものをな」


「つまり……」と明智が言いかけた。


「暴力団か?」と蓮が続けた。


「正確には暴力団とは言えない。犯罪を目的にしているわけでも、暴力を正当化しているわけでもない。この部活に集まる全員がここにいる理由は……」


家族だ。


手芸部の部員全員が、大切な人を守るために、そして仙台を悪から自由な街にするために集まっている。


「でも手段は暴力団と同じだろ? 縄張りを賭けて戦う……」


「そうとも言えるし、そうじゃないとも言える。立て、黒くん。ついて来い。あけっちもだ」


蓮は首筋をさすりながら立ち上がった。明智は東条のすぐそばを歩き、ついてきた。


東条は基地の壁の前で止まった。巨大な看板が、黒い布に覆われて掛かっている。


「何を見せたいんだ?」


「見ろ……」


東条が布を外した。


PAINT IT BLACK


「これが俺たちの合言葉だ。どう思う?」


(ローリング・ストーンズ? いや、待てよ……コンマが足りない気がする)


(BiSH? でも大文字と小文字を交互にすべきだよな……)と同時に明智は思った。


「どういう意味だ?」と蓮が尋ねた。


「街を黒く染める。それが俺たちの色だ。仙台の全てを掌握しようとしている。だが、見たままの意味じゃない」


「じゃあ……暴力団と戦ってるんですか?」と明智が尋ねた。


「その通りだ、あけっち! 俺たちは小規模な暴力団を解体することに集中している。その過程で力と名声を得ながらな。他の高校とも戦うが……もうほとんどやっていない」


「なんで校長は何も知らないんだ?」と蓮が尋ねた。


その問いが宙に浮いたまま、地下へ一ノ瀬結衣――手芸部の部長――と、見知らぬ少女が下りてきた。


「修吾くん、もう少しで見つかるところだったよ」と少女が言った。


「どうしてだ、葵(あおい)ちゃん?」


「結衣は嘘がつけないんだ。もう少しで全部台無しになるところだった」


「ごめん……何を言えばいいかわからなくて。でも、葵ちゃんがいてくれてよかった」と結衣が謝った。


東条は蓮の方を向いた。


「さっきの質問に答えなかったのは失礼だったが、理由は彼女だ」――葵を指さした。


「廊下で見かけたことがある。名前は?」


「黒……蓮」


「よろしく、蓮くん。白石葵(しらいしあおい)、新聞部の部長だ!」


「初対面でいきなり名前で呼ぶのは馴れ馴れしくないか?」


「信じて。これから思ってる以上に会うことになるから。だから慣れてね、蓮くん!」


「さっきの続きだが」と東条が切り出した。「葵ちゃんは、他の生徒に俺たちの活動を怪しまれないよう、部活のカモフラージュを保つ責任者だ。そしてかなり有能だ。しばらく、役員も教師もここを覗きに来ていない」


「実は、まさにその件で来たんだ……」と葵が言った。


空気が一気に張り詰めた。


「何があった?」


「教師の一人がこの部活を閉鎖するよう提案した。手芸部を二つも維持するのは学校の予算を超えるって……」


「はあああ!? マジで!?」


蓮は横目で見た。とんでもなく強い奴なのに、東条は一瞬で感情が変わる。


(どんなリーダーだよ……)と蓮は思った。


「次の喧嘩の日程を決めたばかりなのに……」


「でもチャンスはある」と葵が続けた。「閉鎖を避けるには、校長との面会を申し込む必要がある」


「でも……でも! 何を言えばいいか思いつかない。俺が校長だったら、この部活閉鎖すると思う。はははは!」


蓮と明智は、完全に冷めた目で東条を見た。


「面会を取り付けることに集中して。何を言うかは私がきっちり書くから。できる?」


「お前たちがいなかったら、俺はどうなってたんだ、葵ちゃん、結衣ちゃん! ははは!」


東条は二人の手を何度も何度も握った。白石がついに頭を叩いた。


「頭を叩いちゃだめだよ、葵ちゃん」と結衣が言った。


「ああなったら、自業自得でしょ!」


蓮は一ノ瀬を指さした。


「お前、結構大人しいよな。なんで白石さんみたいに話さないんだ?」


「えっと……私は怪我人の手当てに来ただけだから……」


東条は眼鏡を直しながら、一ノ瀬を指さした。


「クロちゃん、手芸部の部長にもっと敬意を持てよ」


「こんにちは、一ノ瀬結衣です……」


「すみません、一ノ瀬さん……」


「そうだった! 結衣ちゃん、悪いが先に牟田くんの手当てを頼む。あっちにいる」


牟田はすでに意識を取り戻していたが、まだ痛みに耐えていた。


「よく聞け、黒くん、あけっち。俺たちのグループについて、お前たちがどう思うか正確に知りたい」


「えっと……仙台を平和な街に保つっていう理想は、いいと思います」と明智が言った。「強くはないですけど、できることは手伝いたいです!」


「そう言ってもらえると嬉しいよ、あけっち。で、黒くんは?」


蓮はしばらく黙っていた。


「お前たちに加わるつもりはない」


明智は驚いて蓮を見た。


「わかった……じゃあ、せめてカモフラージュとして部活に残ってくれないか?」と東条が言った。


「まだ話は終わってないぞ、東条先輩」


東条は驚いて、黙った。


「本当に大事な時だけ呼べ。俺の目標は、穏やかで平和な生活を送ることだ。その点では、似たものを目指している。だが、暴力団の一員として動くのは断る」


「お前の考えは理解した、黒くん。先に自分を紹介して、お前の考え方をちゃんと理解すべきだった。俺たちの一人だと思って連れてきたが、お前はそれ以上だ……」


蓮は笑った。


「じゃあ、もう帰っていいか?」


「もちろん。どうせもう帰宅時間だ」


帰る前に、蓮は牟田のところへ行った。


「おい……やりすぎた、悪かった。これからは仲良くやろうぜ」


手を差し出した。牟田はそれを払いのけた。


「度胸あるじゃねえか、新入り。敵にも同じようにぶちのめしてくれよ」


牟田の自信に満ちた笑みは、恨みがないことをはっきりと示していた。


「じゃあ、また明日な、黒くん!」


「ああ。またな」


蓮は地上へ上がった。明智がついて行こうとしたが、東条が引き止めた。


「あけっち、ちょっと話がある」


「東条先輩……」


◇


蓮は疲れ果てた一日を終え、家にたどり着いた。自分の階へ続く階段を上がりながら、頭の中で起きたことを振り返っていた。


(正義の味方を気取る不良集団か……そんなの漫画の中だけだ。現実は違う……)


「黒くん?」


(東条先輩の声が聞こえた気がした……)


「なんで俺がここに……」


蓮は急停止した。ゆっくりと振り返る。


東条は何事もなかったかのように、にこやかに手を振った。


「黒くん、奇遇だな! 同じマンションだぜ」


「東条先輩!?」

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