↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
4/5

若狭湾で幽霊船にさらわれた話する?【4 of 5】

扉が開くのを待ち始めて、三度目の朝が来た。その日は雲が広がり、風が吹いていた。白波が立ち、船はゆらりゆらりと揺れていた。厨房には、ケンジとカズオが立っていた。ケンジが料理を乗せた皿を運んできた。


「お貴族様のお口に合うかは、分かりませんが。」

「そんなことは。お客様を厨房に立たせるだけでも、申し訳ないのに。」

「私が動けなくなったせいで、申し訳ございません。」

「サラさんは怪我人なんだから、気にしないで。海では全員が役割を持つべきです。」

「ほう。カズオも言うようになったな。」


食事を終えると、エリスは機関室に降りていった。ケンジは食器を片付けはじめた。カズオはサラの包帯を交換していた。ヨシヒコは窓の外を見た。これから、ますます荒れていきそうな空模様だった。


「サラさん。嵐が来そうだ。大丈夫かね?」

「はい。この船は最新の型ですので。余程でなければ、心配はございません。」


カズオが変な顔をした。


「最新?どう見てもボロ船でしょ?中は綺麗だけど。」

「そうでした。この船は、外側をわざと古く見せているのでございます。この方が海賊に目をつけられにくいだろうと、旦那様が発案なさいました。」

「じゃあ、外から見える船室や操舵室は?」

「張りぼてでございます。」

「そうすると、この窓は外から見ても中が見えないの?」

「はい。外からは、木の板に見えております。」

「うわー。僕たちの世界より、全然進んでるよ。驚いたなあ。」


サラはカズオを見てニッと笑った。


「カズオ様は、お可愛くていらっしゃいますねえ。」

「へ?いや、それは。どうも。恐縮です……。」


赤くなったカズオの顔を見たヨシヒコは、笑いをかみ殺した。エリスが、難しい顔をして機関室から戻ってきた。


「サラ。ちょっといいかしら。船球の数字がおかしいのよ。私の計算と、一日ほどずれているの。」


エリスは、数式が沢山書き込まれた紙をサラに渡した。


「拝見いたします。ふんふん。ああ。これは。この世界とカズオ様たちの世界では、時間の進み方が違うのでございます。以前にも、同様のことがあったはずですよ?お嬢様。」

「あ!ごめんなさい。思い出したわ。でも、これ前とは逆よね?」

「はい。前は時間の進み方が遅かったのです。今回は、扉の向こうの時間が速く進んでおります。こちらでの一日が、向こうでは四日と半日くらいになるようです。」


厨房での仕事を終えたケンジが、口をはさんだ。


「それって、要するにどういうこと?」

「要するに、私たちの世界で十年過ごす間に、ケンジさんたちの世界では四十五年が経過する、ということです。」


夜になって、海はますます荒れた。船は大きく揺れていた。カズオは、サラが転ばぬよう彼女を支えて寝室まで連れて行った。ヨシヒコとケンジとエリスは、大粒の雨が叩き続ける大部屋の窓を見ていた。船が軋む音が、絶えず部屋に響いていた。


「すまんが、俺の身の上話を、ちょっとだけ聞いてもらえんかな?」

「私がですか?それは、もちろん構いませんが。」


ヨシヒコとエリスは、互いを窺うように顔を見合わせていた。


「……そんなら、俺はあっちに。ごゆっくり。」


立ち上がったケンジを、ヨシヒコが呼び止めた。


「おかしな気を使うな、ケンジ。お前にも聞いてもらいたい。つまらん昔話で終わるかもしれんが、どうせ暇だろう?」

「はあ。まあ。」


ケンジが座り直すと、エリスは背筋を伸ばした。ヨシヒコは少し間をおいて、話し始めた。


「俺はね、今年で七十三になる。十八で漁師になって、それからずっと、若狭の海で暮らしてきた。エリスさんの言う通り、海も山も綺麗でいい所だ。」


エリスは微笑んで頷いた。ケンジは、寂しそうに聞いていた。


「父親も漁師だった。俺に漁師の何たるかを叩き込んだのは親父だ。お袋は優しかった。実の子でもない、捨て子だった俺を、二人は大事に育ててくれたよ。」

「親方、捨て子だったんですか!?そんな話、聞いたことない。」

「そりゃあ、そうだろう。話したことがない。だから、お前にも聞いてもらおうと思ったんだ。」

「そうでしたか。それは、ご苦労をされたのですね。」

「苦労したのは両親のほうだろうな。ある雨の日、港に小さな船が流れ着いた。親父は珍しい船だと思い、中を覗き込んだ。そこに、俺が寝ていたそうだ。」

「船に……ですか?」

「ああ。雨に濡れて冷え切った俺を、親父は家に連れて帰った。風呂に入れて飯を食わして、それで落ち着いたのか。幼い俺は、名前と歳を自分で両親に伝えたらしい。そのとき、五歳だったそうだ。記憶はないんだがね。」

「……。」

「五歳ねえ。その頃の記憶は、あっても曖昧なのが当たり前じゃないんですかね。」

「まあ、そうだろうな。近所に聞いて回っても心当たりはなく、駐在に相談しても親は見つからん。街の施設に預けるよう言われた両親は、悩んだ末に俺を引き取ることにした。そして、それから六十八年経ったって訳だ。」


先ほどまで笑顔だったエリスは、緊張した面持ちになっていた。膝の上に置かれた両手が、強く握りしめられていた。


「お嬢さん。見て欲しいものがある。」


ヨシヒコは、胸元からペンダントを取り出した。


「この丸いところ。鎖の付け根を強く押し込むと、開くんだ。」


球形のペンダントは、二つに分かれた。中には、大きめのビー玉のような球体が入っていた。その球体の中心は、微かに青白い光を放っていた。それを見たエリスは、目を丸くして手を口に当てた。


「これは……船球!?」

「やはり、そうか。二十年くらい前までは、もっと明るく光っていたんだがね。俺が乗せられていた船の舳先に、くっついていたそうだ。親父は売り払うつもりで持って帰ったらしいが、お袋が何かの手掛かりになるかもしれないと、ペンダントに入れて俺に持たせたんだ。」


エリスの手が震えた。ヨシヒコの唇も、震えていた。


「ヨシヒコさん。あなた……。」

「あんたから弟さんの話を聞いたとき、もしかしたらと思った。だが、どう考えても歳が合わん。ただの偶然だろうと。しかし、さっきのサラさんの話を聞いて確信した。この世界の十年は、俺の世界の四十五年なんだろう?」


エリスは何度も頷いた。その目に涙が溜まっていた。


「あの紅茶の香り、妙に懐かしい感じがした。あんたの声も、名前も、どこかで聞いたことがある気がしていた。遠い昔、いつも俺の手を引いてくれた、優しい姉さんがいた。俺の名前は、ヨシヒコじゃない。『ヨーシク』だ。」

「……ヨーシク!」


揺れ続ける船の中で、泣きながら抱き合った二人を、ケンジは静かに見守っていた。


(つづく)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。