若狭湾で幽霊船にさらわれた話する?【5 of 5】
翌日、海は穏やかになっていた。三つの太陽が、眩しく輝いていた。窓際の陽だまりで楽しそうに話をするエリスとヨシヒコを、ケンジとカズオは遠巻きに見ていた。
「驚きましたね。ヨシヒコさんが異世界人だったなんて。」
「貴族の長男だってよ。あのなりで。似合わねえな。」
「ひひっ。全く。」
「しかし、扉ってのはいつ開くんだろうな。」
「僕は構いませんけどね。しばらくいたいなあ。」
「ばか。向こうでは、もう半月近く経ってるんだぞ。」
ヨシヒコが全員をテーブルに呼び寄せた。テーブルには、台座にはめ込まれた小さな船球が置かれていた。船球は、青白く鮮やかに光を放っていた。
「これは、俺が昔乗せられていた船についていた船球だ。魔力が切れていたらしいが、この船の船球から魔力を分けてもらって、光を取り戻した。」
「たまたま工具箱に小型の台座がございましたので、取り付けました。古い台座ですが、十分機能すると思います。」
「どこでも良いので、これを船に固定すれば、船球による航行が可能になります。既に港を目的地に指定してありますので、何もしなくても戻ることができるはずです。」
ヨシヒコはニヤリとして、ケンジとカズオを見た。
「こいつを、ケンジの船に取り付けろ。そうすれば、ケンジの船で俺たちの世界に帰ることができる。この船が人目について、騒ぎになることもない。」
「……ああ!俺の船!忘れてた。夕べの嵐で流されてなければいいけど。」
「荒れる前に、僕がロープを伸ばしておきましたよ。今朝みたら、ちゃんとついてきてました。ケンジさん、ここに来てからボーっとしてるんだからなあ。」
うなだれるケンジを見て、一同が笑った。ヨシヒコが続けた。
「あとは、扉がいつ開くのか、だ。何か条件のようなものは無いのかね?例えば、時間とか。場所とか。」
「場所は変わらないと考えて良いのだと思います。ここは、十五年前と同じ所です。それ以外は分かりません。稀に通り抜けてしまうことがある、という話なので。」
「なにか特別な方法があったりはしないんですか?魔法の鍵とか、呪文を唱えるとか、笛を吹くとか。」
「扉とは申しますが、目に見えるものではありません。鍵穴はございません。」
「笛?そうだ!」
ヨシヒコがポンと手を打った。
「俺たちの世界に来たとき、霧笛を鳴らさなかったか?夜中に、音を聞いたんだ。」
「霧笛……ですか?それは、魔除けの風琴のことでしょうか?サラ、覚えていますか?」
「はい。鳴らしました。海面にクラーケンらしき影を見たので、念のために何度か。気づいたときには、あの港に出ていたのでございます。」
「十五年前はどうだ?父親が、鳴らさなかったか?」
「覚えてはいませんが、私たちを送り出す前に鳴らしたとしても、不思議ではありません。」
「なるほど。試してみる価値はありそうだ。鳴らしてみてもらえるか?念のため、この船の行先は、取り消してからな?」
ボゥー!ボゥー!
サラが、正面の窓の脇にあるハンドルを引くと、窓が割れるのではないかと思う程の大きな低い音が響いた。
「確かに聞いた音だ。面白い音だな。」
「海中の魔物にも届くよう、特殊な音を出すのでございます。」
しかし、ケンジとカズオはキョトンとしていた。
「俺には何も聞こえないけど。」
「僕もです。何か音がしてるんですか?」
エリスが首を傾げた。
「異世界の方には、聞こえないのでしょうか?この音は魔力を使って作り出していますので、そんなこともあるのかもしれません。あら?」
エリスがテーブルの方を見た。置いてあった船球の光が、赤く変わっていた。
「扉が開いたようです!操舵が始まると、赤くなるのです。さあ、いまのうちに!」
甲板に向けて、皆が駆けだした。サラは椅子に座ったままだ。カズオが立ち止まって、振り向いた。
「サラさん!ありがとう!」
「カズオ様。どうかお元気で。」
ケンジとヨシヒコも振り向いて、手を振った。サラは深々と頭を下げて、三人を見送った。甲板に出たケンジとカズオは、真下に見えるケンジの小型船に向けて、素早く縄梯子を降ろした。ヨシヒコが、ケンジに船球を手渡した。
「先に行って取り付けろ。後から行く。気合い入れろよ?」
「承知!」
ケンジとカズオが縄梯子を降りて行った。ヨシヒコとエリスは、欄干に手をついて二人の様子を見ていた。ケンジが、トンカチを叩く音が聞こえてきた。
「ヨーシク。やはり戻るのですか?」
「ああ。今更貴族の堅苦しい生活ができるとは思えない。港が俺の居場所だ。」
「そうですか。そのほうが、貴方らしい人生を送れるのかもしれませんね。」
「こんな年老いた弟が現れたら、あんたの旦那になる人も腰を抜かすだろう?」
「ふふ。それも面白いと思ったのですけどね。父と母はきっと喜びます。」
「……宜しく伝えてくれ。息子は健やかに成長したとな。ちと、成長し過ぎたがな。」
下からケンジの声がした。
「親方あ!終わりました!出せますよ!」
エリスがヨシヒコの手を握る。
「生きていてくれて、良かった。探したかいがありました。長生きするのですよ?」
「俺のせいで、あんたには苦労をかけてしまった。見つけてくれてありがとう。会えて嬉しかったよ。姉さん。」
ヨシヒコは名残惜しそうに手を振って、縄梯子を降りていった。ヨシヒコが小型船に飛び降りたのを確認すると、ケンジはロープを解き始めた。カズオは上を向いて、エリスに手を振った。ケンジは、ヨシヒコの眉間にしわが寄っているのに気がつき手を止めた。
「親方。いいんですかい?」
ヨシヒコは横を向いたまま答えた。
「当然だ。行け。」
ロープが外れると、小型船は音もなく滑るように、木造船から離れはじめた。床に台座ごとクギで打ち付けられた船球が、くるくると回っている。
「「おおーっ!」」
ケンジとカズオが感嘆の声を上げた。
タタタッ!ドンッ!
突然、甲板を蹴る音がして、小型船が大きく揺れた。驚いたケンジとカズオが振り返ると、木造船の縄梯子に片手でぶら下がるヨシヒコが目に入った。木造船に飛び移ったのだ。
「ええ!?ヨシヒコさん?」
「親方!なにしてんです!?」
歯を食いしばって梯子に肘をかけたヨシヒコが、こちらを見た。
「ははは!すまんなあ。気が変わった!ケンジ、カズオ、港を頼んだぞ!」
「マジかよ。親方あ!」
「ありがとうございました。元気で!」
小型船の速度はますます上がった。ヨシヒコの姿はあっという間に小さくなった。縄梯子を登り始めたヨシヒコの像が歪んで、垂直方向に引き延ばされた。その直後。真っ白な光が数秒見えたかと思うと、景色は夜の港に変わっていた。
木造船の甲板に戻ったヨーシクに、涙を拭ったエリスが嬉しそうに微笑んだ。
「おかえりなさい。ヨーシク。まずは、その髭を剃りましょう。その後、サラに食事の作法を教わりなさい。」
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トタン葺きの小屋の前で、パイプ椅子にもたれかかったケンジは、咥え煙草でよれよれになった古い週刊誌を読んでいた。その表紙には、派手な文字で特集記事のキャッチコピーが印刷されている。
〔若狭湾に現れた幽霊船の正体は!?三人の漁師が行方不明!!〕
そこへ、カズオがやってきた。
「ケンジさん。またそれ読んでるんですか。」
「ああ。あることないこと、適当に書きやがって。」
「あることなんて書いてないじゃないですか。ないことばっかりでしょう?」
カズオは並びの椅子に座り、ペットボトルのお茶を飲み始めた。
「ヨシヒコさん、元気にやってますかねえ。」
ケンジは返事をしなかった。
「まだ落ち込んでるんですか?仕方ないですよ。故郷に還ったんだから。」
「……あの人にはまだ、教えてもらいたいことが山ほどあったんだがな。」
短くなった煙草を灰皿に擦り付けたケンジは、空いている椅子に週刊誌を放り出した。
「お前こそどうなんだ?サラさんのところに、残ればよかったのに。」
「うるさいなあ。僕には勿体ない女性でしたよ。彼女は。」
「けっ。色男だねえ。カズオ様は。」
二人は、あの木造船が現れた辺りに目をやった。白い漁船が、しぶきをあげながら沖に向けて進んでいく。山の緑も、海の青も、港の景色は変わらず美しかった。
「天気がいいな。」
「暑くなりそうですね。」
ただ、その海を照らす太陽が一つだけであることが、今の二人には物足りないのだ。
(おわり)
<このエピソードについての独り言>
このお話は、若狭湾(の一部である内浦湾)にある「日引漁港」の情景をイメージしながら書きました。ただ、この漁港は湾の西側にあるので、正確には背後の山から朝日は昇らないかもしれません。日本海側で海に向かうと基本的に背後から日が差すので、太平洋に慣れ親しんだ体だと違和感を覚えるのです。




