若狭湾で幽霊船にさらわれた話する?【3 of 5】
「行先として、皆さんの港を指示してきました。一度訪れた場所は座標が出ますので、異世界であっても間違えることはありません。次に扉が開いたときに、戻ることができると思います。それまで、どうかご辛抱ください。」
機関室から戻ったエリスが、申し訳なさそうに頭を下げた。カズオは窓に両手をついて、見慣れない夜の海を眺めていた。ヨシヒコは腕を組んで、神妙な顔をしていた。椅子の背もたれを抱えるようにして腰かけたケンジが、エリスを見た。
「その、次に開くのは、いつなの?」
「それが、海の扉は気まぐれに開くものでして。私たちの経験では、扉は一方通行で、ときにその向きが変わるのではないかと。」
「それじゃ、いつ戻れるかは分からないと?」
「はい。物資は山ほど積んでいますので、この人数でもひと月ほどは航海を続けられます。補給のために陸に戻るとしたら、どのくらいかかるかしら?」
「カムーラの港町で宜しければ、十日ほどでございます。」
「では、二十日くらいなら、ここで待てますね。」
ケンジはがっくりとうなだれた。カズオは振り向いてテーブルに歩み寄った。
「いいなあ。そのカムーラってところ。行ってみたいなあ。」
「お前、楽しそうだな。」
「そりゃ楽しいですよ。こんな体験ができるなんて。異世界ですよ、異世界!見てくださいよ、明るい月が二個もあるってのに、あの星空!いやー、凄い凄い!」
「おいおい。暢気だなあ。もし帰れなかったら、どうするんだよ。」
再び回れ右をして窓際に向かうカズオを見て、ケンジはため息をついた。ヨシヒコが、顎髭を撫でながらいった。
「俺たちの世界に戻ったとして、その後、またこちらに戻るまでにも、同じように時間がかかるかもしれんのだろう?今回は、たまたますぐに戻れたんだろうが、時間がかかるとしたら、隠し切れるものじゃない。」
「皆さんが仰る、カイホという組織ですか?そうですね、困りました。ですが、皆さんをお戻ししないという訳にも参りません。そのときに考えるしか……。」
少し困ったふうのエリスを見て、ヨシヒコが頭を掻いた。エリスは、気を取り直したように明るく言った。
「皆さん、お疲れでしょう!寝室にご案内しますので、今日のところはお休みになってください。」
夜が明けても、船は異世界の海を漂っていた。穏やかな海は、元の世界のそれとさほど違っては見えなかった。しかし、聞き慣れない声で鳴く大きな海鳥が、上空を旋回していた。高く昇った太陽の周りには、別の小さな太陽が二つ、ついて回っていた。
「サラ。足の具合はいかが?」
「はい。杖があれば歩けます。梯子は登れませんが。」
「それはなにより。仕事は全て私がやりますから、あなたは良くなるまでゆっくりしていなさい。」
「ありがとうございます。お嬢様。機関室も、お任せして大丈夫ですか?」
「ええ。興味本位であなたに教わっておいたのが、役に立ちましたね。」
サラが大部屋から出ていくと、入れ替わるようにヨシヒコがエリスの元を訪れた。
「エリスさん。いいかな?」
「ええ。こちらへどうぞ。お茶を淹れましょう。」
「すまんね。」
ヨシヒコはティーカップを顔に近づけて、匂いをかいだ。
「このお茶はいい香りだ。懐かしい感じがする。」
「当家に伝わるハーブティーです。他にはないブレンドなのですよ。」
「エリスさんは、どこかの良家のお嬢さんなのかい?」
「そうですね。父が王家の血筋に連なる貴族でして。」
「その娘さんが、なぜたった二人で航海に?それも、毎年と言っていたな。」
「……人を探しているのです。行方不明になった、弟を。」
エリスは少し目を伏せた。
「十五年ほど前になります。私と弟は両親に連れられて、家族旅行と称した航海に出ました。その途中、浅瀬に乗り上げてしまったのです。潮が満ち、浅瀬からは抜け出せましたが、夜になって船底から浸水が始まりました。」
「それは大ごとだな。」
「はい。父は夜明けまで浸水を食い止めようと奮闘したものの、沈没は免れないと悟りました。小舟に母と私と弟を一人ずつ乗せて、避難させました。父自身も、同じように小舟で船を離れました。」
「一人ずつ?」
「一人乗りの小舟が人数分。船球が備えつけられたもので、一番近い陸地を目的地に指定して、送り出したそうです。私と母は、同じ頃に辿り着きました。父も少し遅れて。でも、弟は何日待っても現れませんでした。」
ため息をついたヨシヒコは、腕組みをした。
「弟さんは、お幾つだったね?」
「五つです。年が離れていて、私より八つ下でした。」
「そうか。誤って海に落ちたか、船ごと沈んでしまったのか。」
「もし弟が海に落ちたとしても、船だけは来るはずなのです。その日はベタ凪で、いくら小舟といっても、そう簡単に沈むとは思えません。現に、私は何の不安も感じることなく、辿り着きました。」
「ふむ。」
二つのティーカップに紅茶を注ぎ、エリスは話をつづけた。
「数年後、弟を探すことを決意しました。両親は反対しましたが、サラの知恵を借りて、家を抜け出すようにして航海に出ました。もっとも、最初は本気で見つかるとは思っていませんでした。どこかで、やはり弟は死んだものだと。」
「何年も姿を現さないんじゃ、そう考えるのが当たり前だ。」
「はい。でも、船乗りたちと交流を重ねるうちに、海の扉の存在を知りました。自分でも何度か扉を抜ける体験をして、別の可能性があると思い至りました。」
「弟さんが、異世界で生きていると?」
エリスは窓の外を見た。
「あの日、弟がいなくなったとすれば、ちょうどこの辺りなのです。本当に扉があるとは思いませんでした。」
「俺たちの世界か。もしかして、探すのか?」
思いつめた表情になって、エリスは言いよどんだ。
「いえ。異世界での人探しは、手に負えそうにありません。年に一度の航海は、二か月で戻るという約束で、許しを得ているのです。とても時間が足りないでしょう。」
「……そうか。そうだな。」
「私とサラの航海は、今回で最後なのです。私は、戻ったら嫁ぐことになっておりまして。最後に扉を見つけたのも、何かの運命でしょうか。弟が、ヨシヒコさんの世界で生きているかもしれない。そう思えただけで、心が軽くなりました。」
ヨシヒコは大げさに手を叩いた。
「いや。大したもんだ。あの船球とかいう機械に頼っているとしても、女二人で何度も海に出るなんて、並大抵じゃない。お嬢様にしておくには、勿体ない胆力だ。お嫁に行く予定がなければ、港に連れて帰って漁を教え込みたいよ。」
「ふふ。両親には呆れられているのですよ。嫁いでからも、悪い癖が出ないかと。」
「はははは。違いない。もし弟さんに会うことがあったら、あんたの話をするよ。姉ちゃんが十年以上も探し続けていたと知ったら、喜ぶだろうな。」
その夜。寝室でベッドに腰かけたヨシヒコは、首にかけたペンダントを取り出した。それは、ヨシヒコが普段から身に付けているものだった。綺麗に装飾された、球形のペンダントだ。
「まさかな。計算が合わん。」
金色の鎖が月明かりで輝いた。ペンダントの装飾は、それよりも鈍い光を放った。ペンダントを元通りに上着の内側にしまうと、ヨシヒコはベッドにもぐり込んだ。
(つづく)




