第二話:回想綺譚 鋼鉄の龍
前回の物語の前のお話
彼は戦闘機の搭乗員だった。
勉学に努め、鉄の翼を得る資格を得ると仲間達と故郷を守るために海や大きな大陸を渡った。
彼は真面目で、本好きな子供だったが、任務で空を飛び、敵を屠っていることばかり考えていると、だんだん自分の形を忘れていくようであった。
決戦の日、彼は敵に向かって向かって機体と共にとびこんだ。
しかし彼の意識も命も消えることはなかった。
辺りを見回すとそこは戦場ではなく、いつかの物語に見たような暗渠のなかに星々の浮くおとぎのような空間だった。
星々は島のような地形をしていたから降りることはできそうだ。信じられない気持ちで近くの星に降りた。
そこは小さな水飲み場のような池があり、南国のような植生を持った星だった。
そして水面に映る自分を見て驚愕した。
彼は、初めて自分が人間から龍の姿になっていることを知った。乗っていたはずの鉄の翼と自分の身体は知らずのうちに一つの塊になっていた。
その鱗は、鉄の翼が敵の銃弾を通さぬようにと故国の鉄を鍛えた物であったし、そのかぎつめは真っ直ぐ空気を切り裂き、敵の翼を打破せんとする銃弾の形に似ていた。
龍は悟った、自分は戦場に戻ることはできず、この世の理から大きく離れてしまったのだろうと。
龍は同胞と同じ運命を辿れなかった自分の生を呪った。
しかし打ちひしがれたまま長い長い時間が過ぎて、彼はすでにその呪いの感情も忘れかけていた。
ある日ひとりの男が島に来た。
「旅の最中で、少し休ませてくれないか?」
「そう言って俺を殺し、この鱗をとりにきたのだろう?」
この島に降り立ってからの途方もない時間、龍はいく人かの者と出会った。
最初は言葉すら通じず、自分を襲おうとしたので痛めつけて返した。
それからはこちらの言葉を解するものもいたが、結局は竜の珍しさから狩りにきたものが大半であった。
そうしてその星の近郊は竜の伝説が噂されるようになっていた。
彼らは龍を殺すと願いが叶うと信じた。
龍はそうして自分に挑み死んでいったものをせせら笑っていた。
母の命を救うために挑んだ者、恋人との約束を果たすために挑んだ者不老不死を求めて挑んだ者ー
叶わぬ大層な願いを提げて、死に向かっていく姿が滑稽で仕方がなかった。
「お前もその一人なのだろう?え?」
龍は男に向かって低く唸った。
「私はただ、長く暮らせるような土地を探し求めて旅しているだけだ」
「これからは出来るだけ穏やかに生きていけるところを探さねばいけないからね」
男は腰掛けながら言った。龍相手にも泰然としていて敵意は全く感じない。
彼もまた、多くの修羅場を潜り抜けてきたのだろうか。
龍は忘れかけていた記憶ががたぴしい引き戸を開け始めた時のような苛立ちを感じた。
「私はここが気に入った、少し休むのにはちょうどいい」
「ここは誰の土地なのか」
はて?考えたことがない。ここに飛ばされたのは理不尽と言ってよかった。
ちょうどこの身の上は昔読んだフランツ・カフカの「変身」の主人公と似たような始末だ。
しかし、そんな身の上の行き着いた自分の最後の平穏の場所なのだ、所有の問題で追い出されるならこの男も食ってしまわねばならない。
「追い出せるなら追い出せ、俺はお前を食うが」
龍は言葉に怒りを込めた。ここを訪ねた者にせせら笑うことは多かれど、怒りを感じたことは珍しかった。
「ここはあなたに取って大切な場所だったのか。そうならば失礼だった。すまない」
男は素直に謝った。それから続けて
「もし聞いてもいいなら、ここがどんな場所なのか、あなたの話が聞きたい」
龍は変な感じがした。ここはただ、居着いた場所であって、自分にとってどうってことはない場所だ。
先ほどの怒りから一転して急に虚無感に襲われた。
「気づいたらここにいたのだ」
そういってから、龍は古い記憶を思い出した。
「死がきたと思ったら違った。だが俺は友人たちと死にたかったのだ」
ポツリと言葉が出た。
「戦友の死に報いて私もそのまま連れて行って欲しかった……ここに残ってしまった」
そして死ねない身を呪って、時間だけをただただ消費していた。
「死ぬことも許されずここで疲れ果てていたんだね」
彼はそう言いながら果てしない時間や、人生というものの複雑さに想いを寄せているようだった。
疲れ……龍は初めてこの体になってから疲れを感じた。
ずっと動かずに休んでいたのにこのような気持ちは初めてだった。
「龍よ、約束をしよう」
「いつかあなたを眠らせる者がここに来る」
彼の声には夏の終わりの夕暮れのような穏やかさを感じた。
「あなたはここを出る必要はなく、いつかは眠ることができるだろう。だからここで一息休ませてくれないか?」
自分の望み。それは最初は故郷を火の海から守ることだったと思う。
だんだんそれが戦うための知識を切り詰めて相手を屠るための戦術、少しでも頭数を減らすための手段……
さまざまな無線機に送る信号、怒号、悲鳴……多くの要素に塗れて気付けば私は鉄の翼と同体になっていた。
龍は上手いことこの場所で休むための口車に乗せやれたかもしれないと思いつつ、それは悪くないことにも思えた。
竜の意識はぼんやりと過去に揺蕩う。
桜の降る昼下がり、この戦争が終わったら俺はどこに勤めようか、おまえならー……というこえが重なる。
もうそれも遠く、遠くの物語だ。
魔法使いがひとしきり休憩に満足すると、彼は本当に姿を消した。
だが、彼の言っていた眠りをもたらすものは確かに訪れるという予感があった。いや、願望であろうか。
だとしても少し、栞を挟むように小休止を取るのもいいだろう。
永遠に瞼の降りぬガラス製の目を彼方にやって——龍はまた待つことにした。




