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黒翼のカナエル  作者: 氷花
勇者と魔王編
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深紅の月

 一日、また一日と何も起きないまま経過していく。いつ来るとも分からないその時のため、

どれだけ積み重ねようとも不十分で、万全には決して達しない訓練、準備を繰り返す。

 一日に何度も空を見上げて思う。まだ来ない。来て欲しいのか、来ないままでいて欲しいの

か、日を重ねるごとに次第に分からなくなってくる。今までの事が夢や幻であったのではない

か、魔王との戦いなど初めから無いのではないかと思えてきてしまう程に。多分、不安や緊張

から何時の間にかそう願うようになってしまっていたのだろう。


 秋の上節一日。夏の初め頃に解決された異常気象の異変及び眠りの異変から丸々一つの季節

が過ぎ去る程の時間が経った。

 秋の季節に入ったとは言え、未だ夏の暑さは残っていたその日も、『勇者』の役を与えられ

た者たちは日常を、逃れられない緊張感を抱えながら生活していた。

 それは昼食を終えた頃に突然起こった。初めは自分の目がおかしくなってしまったのかと思

った。だが、周囲の誰もが驚き、慌て、空を見上げていた。同じように空を見上げると、そこ

には血の様に紅く染まった太陽が・・・いや、あれは月だ。直前まで真昼間であったはずであるの

に、突如として月が天を支配し、大地を深紅に染め上げていたのだ。

 突然の変化にこそ驚きはしたものの、この光景は一部の者たちとっては馴染みあるものだっ

た。ある人が呟いた。「まるで冥界のようだ・・・!」そう、魔獣族たちの故郷たる冥界の空と

瓜二つだったのだ。空だけではない。本来、冥界以外の世界には殆ど存在しないはずの大気中

の魔力濃度までもが、冥界と変わらないほどまでに高まっていたのだ。


 それからしばらくして、勇者たちは予め決めていた通り、ハイラント邸へと集合していた。

集った勇者は九人。ラキエル、バンリ、ハワー、セイム、シュリ、ワンコ、ウインターにカリ

ナとスターシャ。だがやはり不安が強いのだろう、表情が固く、緊張しているのが分かる。

「やっぱりみんな不安だよねえ。相手はあの魔王様だしねえ」

「正直言って、勝てる気がしねえよ」

「バンリ様、今それを言わない方が・・・」

「こわいけど、がんばらないとね!」

「そうだよ!当たって砕け散ろうよ!」

「散っちゃうのはどうかと思います・・・」

「ならばそれ以上に頑張らねば、ということですね」

「はい。相手はグリム様です。皆が皆、自分の力を100%発揮した程度では及ばないでしょう」

「これから乗り込んで戦おうって時に、きつい事いうねえ。まあ、真実なんだろうけどねえ」

(ゆうしゃはゆうじょう、どりょく、しょうりでしゅ!)

「スターシャちゃんあついね!」

 勇者たちの顔に少しばかり笑みが浮かぶ。そして、互いの顔を確認しあい、頷く。

「行こう!!」


 その世界にも深紅の月が天高く昇り、世界の全てを照らしていた。

「あ、紅っ!」

「どこもかしこも真っ赤ですね」

障害物が一切無いため影も無く、空も大地も紅一色の気がどうにかなってしまいそうな、おど

ろおどろしい景色を創り出していた。そんな中にぽつんと一つ、城の様なものが立っていた。

地面と空の境界すらはっきりとしないこの世界では、その城が浮いているように見えた。

「あそこに居るのは間違いなさそうだねえ」

 姿は見えずとも、圧倒的な魔力がその城から放たれていた。勇者たちはゆっくりと、警戒し

ながら城へ近付いていく。すりと、

「ついに来たわね。勇者たちよ」

 その声と共に、煌く銀の毛並みをなびかせ、魔王の名を冠する狐が姿を現した。

「グリムお姉ちゃん・・・!」

 魔王グリムは一般女性と変わらない体格なのだが、発する圧倒的な魔力がその存在感を何倍

にもしていた。

「やっぱり雰囲気から違いますね・・・以前にも会った事はあるのですが、その時とは比べ物にな

らないというか・・・」

「敵にするとこんな感じなのか・・・!」

 皆が圧倒される中、シュリが一歩前に出る。

「まずは・・・訊いてもいいですかねえ?何故、野心が無くて温厚だと言われるあなたが、世界中

を混乱させるような事をせれたのかねえ?」

 世間での魔王グリムの印象と言えば、同じ魔獣族の古参の者たちからは、先代の魔王を倒し

てその座を奪い取った事から、野蛮だとか、何をしでかすか分からないとか畏れられる一方、

今の魔王しか知らない若い者たちからは、すげえ魔力が高くてすげえ強いのに、それを一切ひ

けらかさないで静かに生活しているのが余裕があって格好いいとか、貫禄があるとか、憧れら

れたり尊敬されたりしている。だが、魔力を持たず、グリムが放つその圧倒的な魔力を感知で

きないその他の種族の者たちからは、魔王と呼ばれている一般人だとか、魔王?そんな人本当

に居るの?など、特に印象が無かったり、空想の物語の登場人物だと思っていたりと、印象が

とにかく薄いのである。

「そんな生温く思われていたのね。少し前まで特にやりたい事もなくて、何もしてこなかった

から仕方がないのでしょうけど」

「それが、どうしてなんですか?以前にヒイカさんから聴いた事があります。グリムさんは世

界征服には興味がないと。それなのに、何があったのですか?」

 それどころか、以前に負の象徴が復活した時には世界を護るために戦ってくれていたのに・・・。

「そう・・・私はずっと考えていたわ。『魔王』とは何かと言う事を・・・。どうして余所の世界の

魔王たちが揃いも揃って世界征服を企むのかを、ずっと考えていたわ・・・」

 グリムは目を閉じる。

「『魔王』になったら世界征服を企まなければいけないのか?目指さなければならないのか?

世界征服を企んだものが『魔王』になるのか?例え、世界征服を達成したとして、そこに何の

意味があるのか?それで自分の思い通りになる世界になったとして、そんなものの何が楽しい

のか?『魔王』とは、その程度の事も分からないほど愚かな者たちばかりなのか?そんなはず

はない。ならば、『世界征服』を企む事に何か意味があるのではと、私は考えたわ」

 この世界の魔王はくたびれたように一つ大きな溜め息を付き、そして、呟く。

「そして私は、見つけたわ。私の答えを」

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