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黒翼のカナエル  作者: 氷花
勇者と魔王編
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80/240

私の信念

 不思議な夢から自力で目覚めたラキエルは最初、それが異変であったとは思ってもいなかっ

た。自身の迷う心が見せた夢なのだろうと思っていたのだ。おかしいと思ったのは、陽の高さ

を見た時だった。確かに前日はちょっとばかり夜更かしをしてしまいはしたが、この陽の高さ

はお昼時。だと言うのに居間には誰もおらず、いつもならば呼べば直ぐに何処からか出てくる

ガルですら姿を現さなかったのである。

 幾らなんでも普通で無さ過ぎるこの状況に不安を感じたラキエルは皆の様子を見てみる事に

した。一つ一つ部屋を確認して周るが、やはり皆はまだ眠っていた。声を掛けてみたり、身体

を揺すったりもしてみたが、一向に目を覚ます気配すらなかった。

「これって・・・絶対何か変です・・・!」

 そう思ったラキエルはシュリが眠っている部屋を訪れ、杖を取り出した。

「命ず、目を覚ませ!」

「・・・ん、んん・・・・・・」

 それまで静かに眠っていて何をしても起きなかったシュリは少し呻り声を上げ顔をしかめる

と、ゆっくりと目を開いた。

「シュリさん、おはようございます」

「ん、ん~・・・・・・おはよう・・・?何かあったのかねえ?」

 ラキエルの顔が妙に真剣だったのが気に掛かった。

「はい!どうやら異変が起きているみたいなんです!」

「え・・・異変!?」

 シュリは驚いて飛び起きた。

「まだそうだと決まった訳ではないですが、おかしな事になっていることは確かです」

「どんな状況なのかねえ?」

「もうお昼だと言うのに、誰も起きてこないんです。起こそうと呼び掛けても、揺すっても、

皆さんうんともすんとも言わずに寝ているんです。それで、命令の力を使ってでもシュリさん

は起こさないとと思ったんです」

「成程ねえ、私が居ないと向こうの世界に行って確かめられないからねえ・・・ん、ん~!っと!」

 シュリは床の上に四つん這いになり身体を伸ばす。

「んじゃあ、取り敢えず皆起こそうかねえ!」

「あの、セイムさんだけ姿が見えないんです!もしかしたら・・・!」

「え・・・それはどういう・・・」

 シュリは考えを巡らせる。セイムは一人だけ起きていたという事だろうか?だが、例え起き

ていたとしても、セイム一人の力では向こうの世界に行く事はできないはず。だとすると、外

に助けを呼ぶなり様子を見に行っているか、或いは・・・

「連れ去られた可能性もあるかねえ・・・」

「やっぱりシュリさんもそう思いますか!一度確認に行ってみませんか?もしかしたら今、こ

うしている間も一人で戦っているかもしれないんです!」

「だねえ・・・」

 眠ったまま連れ去られた可能性と、セイムだけを誘き寄せた可能性があるが。戦っているか、

捕まっているか、どちらにせよ確認してみなければ作戦も立てられない。

「よし、行くかねえ!」

「はい!」


 この世界にやってきて二人は驚いた。見たことの無い程背の高い建物に綺麗に整えられた地

面とそこを高速で走る、生き物には見えない謎の何か。今までもここで何度か普通でない光景

を見てきたが、今、目に映っているこの風景は間違いなく、最も異質だった。

「こりゃ間違いなく異変だねえ・・・」

「ですが、この光景がどうして元の世界の目覚めない異変になるのでしょうか?」

 今まで世界に起こった異変は、この世界の状態が元の世界に影響を及ぼすものだった。だが、

今のこの光景と眠りは関係が無いように見えた。と、

「あ!あれ!」

 見慣れない風景の中に、唯一見慣れた姿があった。特徴的な紫の毛並みを持った小さな狐。

間違えようは無い。

「スターシャさん!?」

 大声を上げると、大きな耳がピクリと動くと振り向き、頭の中に話し掛けて来る。

(シュリしゃんにラキエルしゃん!めじゃめたんでしゅね!)

「あ、はい」

 ラキエルは返事をしながら、スターシャの姿を確認していなかった事に気が付いた。いい訳

ではないが、スターシャは身体が本当に小さくて、注視したりわざわざ気に掛けでもしないと

今何処で何をしているのか目に入ってこないのだ。

「これはどういう状況なのかねえ?」

(これは『げんじゅつ』でしゅ。いま、セイムしゃんがライムしゃんとたたかってるでしゅ!)

「ライムさん!?そうか、あの人の仕業だと言うならこの光景にも納得が行くねえ。それにし

てもライムさんが相手とは・・・不味そうな状況だねえ・・・」

 何故ならセイムちゃんがライムさんと本気で戦えるとは思えないからだ。あの二人は親子で

ありながら姉妹のように似て仲がいい、セイムのちゃん一番好きな人なのだ。その人を幾ら異

変解決のためとは言え、きっぱりと割り切って戦えるとは思えない。その事はライムさん自身

も知っているだろうし、もしかしたら何か他の理由があってセイムちゃん一人を誘き寄せたの

かもしれない。

(これは、邪魔をするべきでないかもねえ・・・)

 シュリがそう考え込んでいる間に、既にラキエルは空高く舞い上がって、セイムを捜し始め

てしまっていた。

「あ!ちょっと待ってねえ!」

 しかし、シュリの声は走り回る物体の音で掻き消されてしまい、届かなかった。

 ラキエルは異様な光景に目を奪われていた。それは見たことの無い建物や動く物体に対して

だけでなく、突然消えたり現れたりを繰り返す「幻術」に対しても初見であったためだ。

「これが幻術・・・音もあって本当に存在してるみたいですね・・・これでは、身近な物を創り出さ

れたら見分けられないです・・・」

 ドーン!!と突然遠くの方で、高速で走り回る物体の出す音とは違った重々しい、何かが爆

発したかのような音が響いてきた。これは戦いの音だと直感した。

 その方向へ向かって行くと、遠くに何かが、同じ高度にあるのが見えた。それはどんどんと

大きくなり、高速で向かって来ている事に気が付いた。ラキエルは早めに高度を揚げて回避し

たつもりだったが、次の瞬間にはラキエルの真下を考えられない速さで通過して行った。と思

うと、直ぐに旋回し、また戻ってくる。

「冗談ですよね!?」

 まさか、自分を狙って動いているのか!?だとしたらあの速さ、回避するのは非常に困難。

直撃すれば一溜まりもない!ラキエルは焦り高度を更に揚げて何とか逃げようと試みる。

 幸い、その飛行物体はラキエルを追っては来ず、来た道を戻って行った。

「ふ、ふう・・・・・・恐かったあ・・・」

 そして直ぐ、今度は爆発音ではない大きな音が聞こえて来る。さっきの飛行物体が向かって

行った方向から聞こえた。

「行かなきゃ、ですよね・・・!」

 ラキエルは恐怖心を押し殺し、音の聞こえた方へと向かう。

 辿り着いた場所の周辺には建物は無く、そこに先程の飛行物体の物と思われる物とそれとは

別の二つの残骸が横たわっていた。そこから少し離れた位置に二つの人影が見えた。

 二人は手を伸ばせば届くほど近い位置で見詰め合っているように見えた。動かないし、戦い

はもう終わったのだろうか?ラキエルは様子を見ながら近付いて行く。すると、話し声が聞こ

えて来る。

「できない?だったらずっとそうしてたらいいよ。ずっとずっと、みんなが死に絶えても。セ

イムちゃんがそれを選んだんだったら、もう何も言わないよ」

「そ、そんな!わ、私はそんな事なんて望んで・・・!」

 できない?ずっとそうしてる?セイムさんが望む?両手を広げている相手に抵抗の意思は見

られない。後は倒すだけなのだが、セイムは一向に動きを見せない。俯き、拳を握り締めてい

るようだ。

「それでも・・・大好きなママをぶつなんてできないよぉ・・・」

 聞こえたその言葉でラキエルは察した。

 相手はセイムの母親で、異変解決のためとは言えそれでも躊躇い無く殴れるものではない。

それでも倒さなくてはならない。その間で苦しんでいるのだと。

 ラキエルは決心し、杖を取り出す。そして一言口にする。

『やれ!』


 セイムは歯を食いしばり、怒りを露にしていた。ラキエルにとってそうなることは承知の上

での事だった。

「何か言ってよ!」

 それでもセイムから怒りの感情を向けられるなど初めての事であり、そもそもセイムが怒っ

ている所自体初めて見たほどだ。槍の様に鋭く尖った視線に動じず、ラキエルは言い放つ。

「これが、私の正義です!!」

 その言葉にセイムは目を見開いた。

「な!・・・何が正義だっ!!」

 セイムは叫ぶと同時に拳を振るう。真っ直ぐと、勢い良く伸びて来るその拳をラキエルは杖

で受け止めるが、

「ぐぅ!ああっ!」

 強化を六重にも纏われたその拳を受け止められるはずも無く、ラキエルは勢い良く吹っ飛ば

され転がった。

「ぐ・・・分かってくれなくても・・・いいです。私は私の正義を信じ、貫くだけですから!」

 ラキエルは再び杖を向ける。

「私はもう、この力に迷いません!オーバー・・・」

「そこまでにしようねえ!!」

 睨み合う二人の視線を遮るようにシュリが割って入って来る。

「シュリちゃん・・・!」

「二人共とりあえず落ち着こうねえ?ほら深呼吸、深呼吸して、ねえ」

 二人は言われた通り深呼吸すると、互いに構えていた杖と拳を下ろした。

「セイムさん。私はセイムさんに恨まれるつもりでこの力を使いました・・・。恨まれてでも解決

する事が、今の私のすべきことだと判断したからです」

 セイムはその言葉にはっとした。

「そっか、そうだったんだね・・・私が自分でできなかったから、だからラキエルちゃんが・・・背

中を押してくれたんだね・・・・・・ごめんね、私、こんなで・・・」

「ふう、一先ず帰ろうかねえ?みんながちゃんと起きてるか確かめたいしねえ」

「はい、そうですね」

「うん」

 セイムは気を失っているライムを抱きかかえてから気が付いた。

「あ、そっか。ママは鈴の魔法陣は通れないんだっけ?」

 鈴を使って出来る転移魔法陣を通る事ができるのは、初めて起動させた時に通った者だけだ。

(それならわたしがつれてかえるでしゅ)

 紫の狐がセイムの脚を前脚でちょんちょんと叩いて主張する。

「あ、じゃあお願いね!」

(はいでしゅ!)

 一行は世界を後にした。


「ライムも役目を終えたみたいね」

 人々が動き始めたのを確認し、銀の狐は呟く。そして、ふう、と一つ息を吐いた。

「さてと、準備を始めるとしましょうか。『勇者』たちが本気で戦わざるをえなくなるような、

大魔法の準備を、ね」

 怪しく微笑むと、人知れず姿を消した。

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