私の形
狐の魔獣たる母ライムと猫の魔獣と人間との混血である父アゼルの間に生まれたのが私だ。
狐の魔獣の中でも特に大きな魔力を持つ血筋である母の影響から、生まれながらにして大きな
魔力を有していた。魔力を留める器が未発達の状態である所に、その器を遥かに超える量の魔
力を持っていた事で、溢れ出した魔力はその身体を毒のように蝕み、内臓を圧迫していた。そ
のせいで幼少の頃は身体が弱く、碌に運動する事も出来ずにいつも寝床にいた。
それから魔力を抑制する首輪、今もこうして着けている首輪を造ってもらってようやく、人
並みに身体を動かせるようになった。やっと自由になれた私は、いっぱい身体を動かすついで
に体術を教えてもらったり、魔法も勉強したりして、ついには学校にも通えるようになった。
そこでシュリちゃんにカイエルくんにメイエルちゃん、初めての友達ができて、チームまで作
って、そのおかげでまた、ハワーちゃんたちと新しく出会う事ができて・・・
今、私は『勇者』だなんてものになっている。私だけじゃない、私の友達もそれに含まれて
いて、大変な戦いも経験した。そしてこの先にも更に厳しい戦いがある。魔王グリム。ママの
お姉ちゃんに当たる人で、私から見れば伯母であるその人と戦わなければならないのだ。戦え
るのは私たち『勇者』だけ。そう、私たちだけなのだ。嫌だと言って逃げ出してしまっても戦
いは無くならない。私だけ逃げて、他の皆だけに任せる・・・なんてできるはずが無い!私も一緒
に戦わなきゃだめ!むしろ、前衛の私がいっぱい頑張らなきゃ、皆が危険な目に遭う事になっ
ちゃう!
私が・・・もっと強くならなきゃ・・・!『私』とは何か。『私』とは・・・『私』は・・・・・・!
「みんなの先頭に立って、みんなの剣となり、盾となる!折れず、壊れない程強くなる!」
そう決意した時、「形」が見えた気がした。セイムは胸に手を当て、内側と外側、全身に魔
力を満たす。進化魔法の術式は分からない。だから、見えた自分の「形」を全身に描くように
イメージし、その全てを一つの魔法として起動させてみる。
「エヴォリューション・フォース・・・シグマ!!」
・・・・・・どうなったのだろう。成功したのだろうか、失敗してしまったのだろうか?身体に力
が湧いてくる感覚は確かにあるが、これが本当に進化の力なのかどうかは判別できない。
「セイムちゃん、こっち見て。・・・うん、できてるよ!ちゃんと瞳に形が浮かんでるよ!『Σ』
それがセイムちゃんの形なんだね!」
母ライムは本当に嬉しそうに手を叩いて喜びを表現している。
「できてるんだ!?まだよく分かんないけど」
「ふふ!それじゃあお試ししてみないとね!私も見たいしね!」
まずは身体能力。進化魔法以外の強化魔法は一切纏わず検証してみる。先ずは一歩、前方へ
向けて地面を蹴り出してみる。膝を曲げ、力を足先に溜めたその瞬間から違っていた。力を入
れようとした足先に力が物凄く溜まっていく感覚があったのだ。
そして蹴り出した瞬間、セイム自身も予測していなかった速度で地上を飛んだ。
「おお!?っとお!!」
それでも地に足を着け、回転させる事で何とか転ばずに止まる事ができた。
「ふう・・・なにこれ、力がすっごく伝わりやすい・・・普段よりも圧倒的に強い力が出せる・・・!」
「セイムちゃん!行くよ!」
その声と同時に地上と空中に再び謎の物体が出現する。だが、その姿は今まで見て来たもの
とは大きく違っていた。地上のものは先程の物よりも一回り二回りも大きく、二段重ねのよう
になっていて、下は太い帯のようなものが縦に巻かれていて、上は円形の大きくて長い銃のよ
うなものが付いている。空中のものは下方に凄い音と勢いで炎を吹き出しながら滞空していて、
背が低くて全体的に丸みを帯びている。
すると、空にある物体は底の部分から何か、細長いものを幾つか出してきた。そしてそれは
放たれた瞬間、物凄い勢いで向かってきた。
「!!」
だが、それらは逸れ、セイムの遥か後方に落ち、爆発した。予想外の威力に呆気に取られて
いると、後方からドーン!!という重く大きな音が鳴り、やはりセイムには当たらず、遠方で
爆発した。
「あれってあんなに強いの・・・!?」
「さあ、次からは狙っていくよ!セイムちゃんにこの兵器たちが倒せるかな?まずは地上にあ
る戦車からだよ!」
その声と同時に地上の物体、「戦車」と言っただろうか、がきゅるきゅると鳴き声のように
音を立てながらその脚を回転させて動き始めた。
周囲に遮蔽物は無い。とにかくあの口の正面に立つのは危険だ。セイムはすぐさま地面を蹴
り出し、駆けて安全だと思われる位置を取る。しかし、二段重ねの上の部分だけが回転し、向
きを合わせながら撃ってくる。
「だったら・・・一気にやっつける!」
セイムは渦を描くように駆けながら距離を詰め、一定の距離に達した所で一気に突っ込み、
拳をその胴体に打ち込んだ。が、
「か・・・ったあい!」
その物体は非常に硬く、重く、進化魔法を使用している状態の一撃でもビクともしない。そ
れは直ぐにセイムと距離を取り、向きを合わせ放ってくる。
「ひぃっ!!」
セイムは再び駆け回る状態に戻されてしまった。
(あれじゃあ何発殴ってもどうにもならないよ・・・。進化魔法だけじゃ力が足りない・・・他の強
化魔法も重ねて掛ける事ってできるかな?)
もしかしたら、両方掛けると維持できなくなって共に効果が消えてしまうかもしれない。だ
からと言って現状では力が足りない。
「やってみる他無いよね!リンゲ・フェアシュテルカ!」
強化魔法の中でも最も維持しやすいものを選び、掛けてみる。すると、普段は装着するよう
な感覚の強化魔法が、どういう訳か身体に馴染む感じがあった。これなら・・・!と思ったセイム
は、更に強化を施してみる。
「螺旋巻け!シュピラーレ・フェアシュテルカ!」
セイムの腕と脚に帯が螺旋状に巻き付く。普段行う事のない複数種の強化魔法の重ね掛けで
あったが、これもまた身体の一部になったかのように馴染み、特に意識せずとも強化を維持す
る事ができた。
「今度こそ行ける!」
セイムは再び同様の方法で戦車なる物体との距離を詰め、拳を打ち付けた。その瞬間、纏っ
た強化魔法が打ち付けた拳に一気に集中し、さっきはビクともしなかったそれを大きく吹っ飛
ばした。
「すごい!強化魔法の効果自体も力が伝わりやすくなって上がってる!」
地上の物体が動かなくなると、それまで上空で大人しくしていた飛行物体が動き出した。し
かも驚く事に、その動きは尋常でなく速い、そして煩い。思わず耳を塞ぎたくなるほど煩い。
だが、そんな事をしている余裕は無かった。走っても到底追いつく事のできない速さで移動し
ながら、とても手の届かない高空から地上に落ちると大爆発する物体を放ってくるのだ。セイ
ムはその度に大きく回避行動を取らされ、体力を確実に奪われていく。
「はぁ、はぁ、速すぎる・・・!それにあの高さ・・・タイミングよく飛び上がっても曲がられたら
意味が無いし、遠距離攻撃なんて当たらないだろうし・・・となると・・・」
有効策は広範囲攻撃か、待ち伏せだろうか。でも、広範囲攻撃をしようにも準備に時間が掛
かるし、集中もしないとだし、回避し続けないといけない現状ではそんな暇は無い。後は待ち
伏せだが、相手は高空。今の身体能力ならば届かない事はないだろう。飛び上がり、あれを逃
がさないためには・・・
「風の如く舞え!フォルムバール・フェアシュテルカ!」
三つ目の強化魔法。通常時なら維持できずに消滅してしまうだろうが、今ならこんな無理で
も通す事ができる。セイムの周囲に帯が漂い・・・漂い・・・?漂っていない。しかし、セイムは失
敗したとは思わなかった。確かに強化を纏った感覚があったからだ。恐らくは今までの強化魔
法同様、身体に溶け込んでいるのだろう。
飛行物体は遠方で旋回し、こちらに向きを変えると直ぐに撃ってくる。仕掛けるならここ!
回避も兼ねて飛行物体の進行方向へ跳躍する。そして、
「行っけえええ!!」
セイムの全身から帯が何本も、何本も放射状に勢いよく伸び、半球状の網を形成した。飛行
物体は旋回しても回避しきれないと判断したのか、旋回を行わず、むしろその胴体をぶつけて
やろうと言わんばかりにセイムへと真っ直ぐに突撃してきた。
空中では回避行動を取る事ができない。
「ぐうっ!!くっ!」
飛行物体の先端がセイムの全身を捉える直前、セイムは咄嗟に両手に帯を巻きつけ、受け止
めていた。
衝突こそ免れはしたが、飛行物体の凄まじい速度に押され、身動きの取れぬままどんどんと
地上へ降下していた。
「このままじゃあ・・・一溜まりもないよ・・・!」
このまま落下してしまえばお仕舞いだ。だが、受け止めているだけで精一杯だ。
「それでも・・・無理なんて事はない!シュピラーレ・フェアシュテルカ!」
これで強化は四重となった。両手で少し押し返す。
「シュピラーレ・フェアシュテルカ!」
五重。片手で押さえることが可能になり、右手を自由にする。
「シュピラーレェ・・・フェアシュテルカァァァ!!」
六重に纏った右手を振り上げ、思い切り飛行物体の先端部分をぶっ叩いた。
その衝撃でセイムの身体は上空へ跳ね、飛行物体は真っ逆さまに地上へ衝突、大破した。
「はぁ、はぁ・・・ふう~~~・・・何とか・・・なったぁ・・・」
跡形も無く大破した飛行物体の残骸を見て安堵の溜め息を漏らす。そこへ母ライムが歩み寄
ってくる。
「その力、大分掴めてきたみたいだね!」
「ママ、うん!すごいよこれ!強化魔法いっぱい掛けられるんだよ!これなら無理そうな事も
無理じゃなくなるかもなんだよ!」
セイムは嬉しそうに話す。
「じゃあ、後は私だけだね」
「え?」
「後は私を倒すだけだよ。さ、倒して?」
ライムは抵抗する気は無いと言わんばかりに目を閉じ、手を広げている。
「も、もういいでしょ!ママが自分で解除してくれれば済むでしょ!」
「できない?だったらずっとそうしてたらいいよ。ずっとずっと、みんなが死に絶えても。セ
イムちゃんがそれを選んだんだったら、もう何も言わないよ」
「!!そ、そんな!わ、私はそんな事なんて望んで・・・!」
だが同じ事だ。ママを倒さなければみんな目覚めないまま、食べる事もできずに死ぬ事にな
ってしまう。倒すのが正しいのだ。何も殺せと言っている訳ではない。倒す、気を失わせるだ
けでいい。
「それでも・・・大好きなママをぶつなんてできないよぉ・・・」
できるできないじゃなく、やらなきゃいけない事は分かってる。じゃないとみんなが・・・。で
も身体が動かない。できない。みんなを目覚めさせられるのは自分だけなのだ、やらなきゃ。
それでも、できない。やらなきゃ。できない。やらなきゃ!できない!やらないと!できない!
『やれ!!』
セイムの右が母ライムの頬を打ち抜いた。
「な・・・んで・・・?」
吹き飛んで行く母ライム。そして同時に創り出されていた幻術が光の粒となって消えて行く。
「どう・・・して・・・」
母ライムを殴ったのは自分の意思ではなかった。なのにどうして身体が動いたのか、答えは
明白だった。
「どうして!ラキエルちゃん!!」
振り返ったそこに、真っ白な翼を広げ、杖を向ける天使が立っていた。




