進化魔法
何の脈絡も無く突如として現れる巨大な物体や恐い顔の獣やらは幻術であると初めから分か
っているとは言え、母ライムの力が全て通用しない事になる訳ではない。例え幻術であっても、
目に見えてしまっているのだ、突然それらに現れられればびっくりもするし、それによって一
瞬なり隙ができてしまうし、加えて視界も遮られてしまう。
娘であるセイムは、そんな母ライムの幻術に対応する方法は理解していた。「幻術」は視界
に多大な影響を及ぼす術。故に目を閉じてしまえば惑わされる事はないのだ。でも、それだけ
である。母ライムの最も得意とする幻術を無効化するだけの術であり、戦う事は出来なくなっ
てしまうのだ。それでも、ライムは膨大な魔力を有しているため、それを感知すればある程度
の居場所を把握する事はできる。
それでどうにかなる訳も無かった。それ以上に理解されていたからだ。魔力で位置を特定し
ているのであれば、あちらこちらに大きな魔力の塊を配置して紛らわせてしまえばいい。膨大
な魔力を持つライムだからこそできる乱暴な方法ではあるが、これによってセイムは成す術が
無くなってしまう。
「う!・・・くう!」
ライムの近接攻撃がセイムの身体を幾度も打ちつける。セイムは身を護り、攻撃を受け続け
るしかできなかった。
「セイムちゃん、いつまでそうしてるつもり?」
痺れを切らしたように攻撃の手を止め、話しかけてくる。目を開けると、ライムは目の前に
立っていた。その表情にはいつもの明るく優しい感じは無く、真剣で怒っているように見えた。
「どうして戦おうとしないの?」
「!・・・た、戦ってるよ!ただ・・・どうにもできないだけで・・・」
「本当にそうなの?私には、攻撃に対応しようとするだけで、自分から攻めようと言う気があ
るように見えないけど?強化魔法も使ってないしね」
「・・・!」
母ライムの言う通りだった。セイムはどう戦おうではなく、どう防ごうという事を考えてい
た。攻めようなど、ましてや倒そう等とは全く考えていなかった。
「・・・そうやって自分が納得行かないからって殻に篭って・・・そうしていれば何とかなる、誰か
が、私が諦めてくれるとでも思ってるの?」
「ママ・・・」
「私のせいかな。私が変に手を抜いちゃってるから、そんな風に期待させちゃったんだね・・・」
突如、ライムから凄まじい魔力が発せられる。セイムは驚き眼を見開き、身体を強張らせる。
「セイムちゃん、見せてあげる。私たち狐の奥義を!」
「奥義・・・!?」
「それは自身の力を『進化』させる、強化魔法の新たな形『進化魔法』!これが私の進化の形!
『エヴォリューション・フォース・ラムダ!!』」
・・・・・・進化魔法なるものが発動したのだろうか?その見た目にはこれと言った変化は見受け
られなかった。だが決して油断してはいけない。普段は見られない本気になった母ライムの行
使した魔法なのだ、見た目で判断するなど愚の骨頂である。セイムはライムの姿を注視すると、
その瞳には「λ」の紋様が浮かんでいるのが見えた。
ライムは目を閉じる。
『転写幻術・愚者の世界!』
ライムを中心に、何も無かった世界に景色が創り出されていく。
立ち並ぶ無骨でとても背の高い建造物。木ではない何かで構築されているだろうそれらから
は冷たさと圧迫感を感じる。
これも幻術。しかし、これ程広範囲に亘る幻術は見た事が無かった。辺りを見渡し、その光
景に呆気にとられていると、今までに聞いた事の無い、重くて大きな音が聞こえて来た。その
方向に目をやると、遠くから物凄い速さで向かってくる物体があった。これまた見た事の無い
物体。上下にも左右にも全くぶれる事無くただ真っ直ぐに、煩く高速で向かってくる。
だがこれも幻術である。避ける必要は無い。はずなのだが、引っ掛かる事があった。「音」
である。幻術は視覚のみに影響を及ぼす術のはず。それに音があり、しかも聞いた事の無い音
を発しているのだ。胸がざわつき、身体が警鐘を鳴らす。
セイムは咄嗟に横に回避した。その物体はそのまま変わらずに真っ直ぐと走り去っていく。
そして直ぐに、「風」は身体を吹き抜けた。
「風・・・まさか!?」
セイムは思い浮かんだ可能性を確かめようと、立ち並ぶ建物に恐る恐る手を伸ばす。その瞬
間、「硬い」という感触が伝わってきた。
「実体がある!?」
と再び鳴り響く重々しい轟音。しかも今度は複数が別々の方向から聞こえて来る。やはり同
様の物体が向かってきている。複数を同時に回避しきる事は難しいと判断したセイムは、近く
に立っていた柱の情報にしがみ付いた。真っ直ぐ進むだけだったその物体は意思があるかのよ
うに突如として進行方向を変え、セイムのしがみ付く柱の根元に勢いそのまま激突した。
頑丈に見えたその柱の根元は呆気なく崩れ、柱はゆっくりと傾き始めてしまった。地面に放
り出されたセイムの元に、三度高速の物体が迫る。先程の結果から、左右には動けても上下に
は動けないと理解したセイムは飛び上がることでそれらを上手く回避して行く。と、
バルバルバルバル!!
新たな轟音が耳に入ってくる。驚き見ると、そこには頭頂部が激しく回転している空を飛ぶ
物体が何時の間にか出現していた。
「ええ!?」
空にまで物体が出現され、これ以上この場での回避はしていられない。
「リンゲ・フェアシュテルカ!」
輪状の強化魔法を足に施し、地面を蹴ると同時に炸裂させてより大きく跳び上がる。そして
そのまま背の高い建物の屋上へと着地した。空飛ぶ物体は直ぐに追いついて来、やはりセイム
目掛けて突進してくる。
「く!もうやるしかない!舞い踊れ!『フォルムバール・フェアシュテルカ!』」
セイムの周辺に帯状の魔法陣が幾つも漂い始める。
「メイク・シールド!」
真っ直ぐに突っ込んでくる飛行物体に対し、帯を重ねて壁を形成する。飛行物体はそのまま
その壁に衝突し、帯はその衝撃で炸裂、飛行物体を大破させた。その爆発に伴って、幾つもの
破片がセイムの元へと飛来する。
「くうっ!!」
それをぎりぎりの所でで障壁を張って防いだ。
「はぁ・・・はぁ・・・たった一体でこれなの・・・?こんなので攻められ続けたら絶対持たないよ・・・」
避けるのは困難。破壊すれば破片が飛び散り危険。となればやはり・・・
「大元を何とかしないと・・・だよね・・・」




