幻術使い
バンリにとってそれはまさに青天の霹靂だった。話をしに行くだけだと言っていたセイムた
ちが帰ってきたその傍らにもう一人、驚きの顔が有ったのだ。その顔は紛れもない、
「うううウインター!!??」
「はい。バンリ様」
最初は幻でも見ているのかと思っし、次の瞬間にはもしかして幽霊にでもなってしまったの
かとも思った。だが、深々と頭を下げたその人物は、本物の幽霊であり、魂で身体を形成して
いるガルとは違い、魂は胸の辺りに一つしっかりと灯っているだけだった。
「い、生きて・・・たのか・・・」
「はい。一度は諦めましたが、そこをミーニ様に救われ、こうして帰ってくる事ができました
・・・と!」
バンリはウインターに抱き付いた。ウインターは少し戸惑いを見せたが、直ぐにバンリを優
しく抱き締めた。
「申し訳・・・ありません・・・」
バンリはそのまま何も言わなかった。泣いているのかどうかまでは分からなかったが、抱き
締めてくる腕の強さから、かなり心配をしてくれていた事は理解できた。
ウインターが戻ってきたその日、死んでしまったと思われたミーニもウインターも無事・・・と
は言い難いが、生きて戻ってきたという事で、ハイラント邸でささやかながら祝いの席が設け
られた。
「あの三人を退けるとは、頑張りましたね、皆さん」
同席していたカリナが賞賛する。
「まあでも、勝たせてもらったようなものだから・・・」
セイムは喜ぶどころかむしろ、落ち込んでいるようだった。
「あの方、ヒサメさんは最初から勝つ気など無い様でした」
「でしょうね。あの方々に与えられた役割は、勇者たちを鍛える事でしたから」
「やっぱり、カリナさんは知ってたんだねえ」
カリナと常にその傍らにいる紫の仔狐スターシャは、元、異変を起こす側の者たちであり、
その親玉たる魔王グリムの弟子でもあるのだ、知っていて当然とも言えよう。
「ねえカリナちゃん・・・知ってるカリナちゃんに訊いてみたい事があるの。いいかな?」
「何でしょう?答えられる範囲のものであれば答えますが」
セイムは言い難そうに口ごもるが、意を決して開く。
「それじゃあ・・・どうして・・・どうして私達が勇者なの?世界はすっごく広くて、私たちより・・・
強い人ならたくさんいるのに・・・・・・」
『魔王グリムを倒させる』それが目的なのであれば、まだ年若い自分たちで無く、もっと成
熟した力のある人たちを勇者に選べばよかったはずだ。セイムは勇者といわれる事に疑問を感
じていた。
「セイム、強ければ『勇者』という訳ではありませんよ」
「え?」
「『勇者』と呼ばれる者には、本人ですら気が付かない『力』があるものです。そしてそれは、
あなたたちにも。だから選ばれたのです」
「私自信も知らない力・・・?」
「ついでに言っておきますが、私もスターシャも、皆さんがグリム様と戦う際には、勇者たち
と共に戦いますので」
「確か、魔王様の弟子だったよねえ?いいのかねえ?」
「はい。弟子だからです。グリム様は『勇者』に倒される事を望んでおられます。ですので、
勇者たちに加担し、それを叶えるために戦うのです」
そう言うカリナたちに迷いは全く見られなかった。
どうして戦わなければならないのか、勇者とは一体何だと言うのか、第一、魔王グリムと戦
った所で勝てるとも思えない。
先行きの不安からセイムは碌に眠れないまま朝を迎えた。気分は最悪。眠いし心は迷いと疑
問でもやもやしていて気持ちが悪い。二度寝しようとも思ったが、どうせ眠れないだろうと思
い、セイムは居間へと向かった。誰も居ない。どうやら一番早起きだったようだ。誰も居ない
静かな一室で一つ、大きな溜め息を吐いてソファに座り、再び思案に暮れる。
ふと顔を上げる。どれくらい俯いていたのか分からないが、未だに誰も起きて来ていない。
そんなに早起きだったのだろうか。それにしても、ガルさんすら挨拶をしに現れていないとい
うのは少し変だ。考え込んでいて気が付かなかった可能性もあるが。セイムは少し嫌な予感が
した。
皆の様子を確認するべく部屋をそっと見て回る。皆はまだ眠っていた。日の高さで言えば、
もうとっくに朝御飯を食べている最中か、終わり際だ。昨晩は夜遅くまで遊んだりお喋りした
りしてたから、そのせいかもしれない。そう思いつつ次の部屋をそっと覗く。
その部屋ではカリナがまだ眠っていた。
(やっぱり寝てる・・・疲れてるのかな・・・)
そう思った時、足元に何かが当たった感触があった。思わず視線を落とすと、そこで紫の狐
がセイムを見上げていた。
「スターシャちゃんは起きてたんだ。おはよう」
しゃがんで頭を撫でる。すると、頭の中に声が流れ込んでくる。
(セイムしゃん、何か変でしゅ!)
「変?」
スターシャはそう伝えると、眠っているカリナの枕元へ行く。そして有ろう事か、顔を爪を
立てて引っ掻いた。
「スターシャちゃん!?」
しかし、引っ掻かれたカリナは痛がるどころか、何事も無かったかのように静かに眠り続け
ている。
「お、起きないんだ、今ので・・・。結構痛そうだったけどなあ・・・」
(そうでしゅ、起きないんでしゅ・・・)
スターシャが言うには、朝が来た事を知らせようと、耳を咬んだり気道を塞いでみたり、色
々と試してみたが、大した反応も無く駄目だったらしい。
ふと思う。
「異変だったりとか・・・するのかなあ・・・」
三姉妹の異変は既に治まった事は確認されているから、新しい異変の可能性はあるが・・・。
「確かめようにも、シュリちゃん寝てるしなあ・・・」
確かめるべく、あの世界へ行こうにも、行くための鈴を唯一使うことが出来るシュリが眠っ
ているため、行く事が出来ない。と思われたが
(私が案内するでしゅ)
「スターシャちゃんが?・・・あ、そっか!」
そう言えば、スターシャも以前にあの世界で異変を起こしていた人物である。あの世界へ行
く方法を持っていても不思議ではない。
「じゃあお願い!スターシャちゃん、一緒に確かめに行こう!」
(はいでしゅ!)
スターシャの足元に魔法陣が展開される。
「鈴とか必要ないんだ?」
その魔法陣に何か秘密でもあるのだろうか?だが、セイムにはそれが特別なものなのかどう
か判別できなかった。
スターシャの眼が満天の星空の如く輝き、キャン!という鳴き声とともに二人はその場から
消えた。
その世界の様相はまた一段と変化していた。見た事の無い空の色。現実に存在する空間とは
思えない不思議な感じ。異変が引き起こされているのは明らかだった。なのだが、
「何だろう・・・異様だけど、嫌な感じがしない・・・」
むしろ何処か温かい感覚さえ覚えていた。
二人はこの空間を創り出している張本人を捜して歩く。
「ねえ、スターシャちゃんは何か感じ取れたりしない?」
肩の上に乗っている紫の狐に問い掛けると、鼻をひくひくとさせ始めた。すると何かを感じ
取ったのか、耳がピンと立ち、声を送ってくる。
(遠くに大きな魔力を感じましゅ!)
そう言うなり肩から降りると、案内するように歩き始めた。
しばらく歩き続け、その大きな魔力に近付くに連れ、セイムは嫌な予感が次第に強くなって
いくのを感じていた。そして、突如聞こえて来たその声が、セイムのその予感が正しかった事
を証明してしまう。
「思ったより随分と早かったね。そっちの紫の狐ちゃんのおかげかな?」
「!!」
その声は聞き覚えどころか馴染み深く、最早、聞き間違えの無い声だった。
「やっぱり・・・ママ!!」
その声とひしひしと感じる魔力の質でそれは明らかだった。だが、姿が見えない。辺りを見
渡す二人。
すると突然、セイムたちの頭上に巨大な獣が現れ、大口を開けて降下してくる!
(!?)
スターシャは咄嗟に駆け、その落下点の範囲外へと退避する。しかし振り返ると、セイムは
その場から一歩も動いていなかった。
(セイムしゃん!)
セイムは動かなかった。足が竦んで動けなかった訳でも、迎え撃とうとした訳でもない。そ
れが母ライムの仕業だからだ。よく知っていたのだ。
巨大な獣はそのままセイムを飲み込んだ。と思うと、直ぐに消滅してしまった。そっしてそ
の場にはセイムが変わらず立っていた。何処か傷を負っている様子も無い。スターシャも気が
付いた。今のは『幻術』だったのだと。
「流石に恐がらないか~。仕方が無いなあ」
声が聞こえたと思うと、セイムの直ぐ目の前に突然、姿を現した。
「ママ・・・・・・」
「やあ、セイムちゃん、おはよー!」
母親ライムはいつもと変わらない明るい笑顔で手を振る。しかし、セイムは俯いてしまう。
「ママも、なんだ・・・・・・」
「そりゃあそうだよ!だってグリムお姉ちゃんの妹だもーん!」
対照的に、ライムはくるくると忙しなく楽しそうに動き躍る。そして、セイムの目の前でぴ
たっと止まる。
「さあ、セイムちゃん。異変だよ!」
「!!」
セイムの身体がぴくっと跳ねる。
「世界中の人々が夢の中に閉じ込められてるよ。私のこの『幻術』の力で、それぞれがそれぞ
れ幸せな夢を見てるんだ。だ・け・ど!その代わり自分の意思で現実に戻る事はできないんだ
よねー。セイムちゃん。後は・・・分かるよね」
ずっと眠ったままであるという事は、生きるために必要な食事が出来ないという事であり、
それはつまり「死」を待つのみ。である。
「どうしても・・・戦わなきゃ・・・だめなの・・・・・・」
セイムは強く拳を握り、身体を震わせる。そんなセイムに対し、ライムははっきりと述べる。
「だめだよ。セイムちゃんは、皆を見捨てたりする子じゃないよね」
「ぐ・・・私は・・・」
「さあ、セイムちゃん!お話しするのもいいけど、たまには戦いで語り合おうよ!」
ライムが魔法陣を展開し、構える。
「私は・・・・・・私は!!」
セイムもまた、顔を上げ、歯を食いしばり、構えた。




