小さな勇者
目が覚めた。だがそれは、単純に眠りから覚めた訳ではないと言う事は分かっていた。
自分は何処かの室内のベッドの上に布を掛けられて寝かせられていた様だ。天井には盛らな
い、優しい橙の炎がこちらを見守っている。ここは何処なのか、情報を求めて身体を起こす。
その瞬間、身体中に痛みが奔る。一瞬顔をしかめるが、直ぐに耐えられないほどではないと分
かり、そのまま上体を起こした。
周囲には天井にあった物と同じ橙が、まるで監視するかのように取り囲む形で幾つも配置さ
れていた。
最初に湧き出た感想は「怖い」ではなく、「ここがそうなのか」だった。
自分が今置かれている状況を、起きたばかりでまだぼんやりとしている頭で考えていると、
突然何者かの気配がこの空間に入ってくるのを感じた。
背後から感じたそれは、次第に近づいて来る。
「何だ、もう起き上がれる位には元気じゃないか」
そう言いながら横切り、視界にその姿を映した。
「・・・ヒサメ・・・さん・・・」
間違いない。三姉妹の一人で、ヒサメと言う氷の妖怪だ。そして、
「殺さなかったのですか?」
自分が意識を失う前に最後に見た人物で、バンリの命を奪おうとした敵である。
「ああ。我々もそのつもりだった。だがな・・・・・・小さな勇者に感謝するがいい、ウインター」
それだけ言うと、ヒサメは部屋を出て行った。
「小さな勇者・・・?」
何の、誰の事を言っているのか、全く分からなかった。
「エンジュ、ウインターが目を覚ましたぞ。起き上がって会話も出来る程度には回復している」
赤髪の少女エンジュは炎の妖怪と言う事もあり、三姉妹の中で料理を任されている。今も丁
度準備をしている所だ。
「そうなんだ!それじゃあ、ウインターさんの分も用意しないとね!あ・・・でも、ウインターさ
んって、蝶々さんなんだっけ?普通のご飯、食べられるのかな?」
ウインターは雹蝶と呼ばれる蝶の仲間であり、昆虫の成り上がりだ。そういった人物は非常
に少なく、普段からどういったものを食べて生活しているのか、全く知識が無かった。
「それならば、とりあえず作ってしまえばいい。もし食べられないと言われたのなら、我が食
おう。エンジュ、お前の料理ならば幾らでも食えるからな!」
ヒサメはニカッと笑った。
「うん!それじゃあ作っちゃうね!お姉ちゃんはシツライちゃんの様子を見てきて」
「ん、そろそろそうだな」
勇者共を追い返してやったその日からだ。普段は静かで大人しいシツライが、毎日活き活き
としている。それは、その戦いで手に入れた、戦利品とも言うべきモノのおかげ、せいである。
「・・・シツライ、そろそろ解放してやれ」
シツライとはエンジュ程ではないが、それでも中々に長い間共に生活している。のだが、こ
んなにも、思わず一歩後ずさってしまう程に緩みきった表情は見たことがなかった。
「む・・・」
時間が来た事を告げられ、言葉通りにムッとした表情に変わるが、直ぐにその言葉に従い、
腕の中に抱え込んだソレを解放する。
「ゆっくり休むといい。食事ももうじきに用意できるだろうしな」
その小さな生物は、蚊の鳴くほどの疲れきった小さな声で返事をすると、ふらふらしながら
部屋の外へ出て行く。
「そうだ、ウインターが目を覚ましたぞ」
「あ・・・その、言ってみてもいいですか・・・?」
「好きにするといい」
それを聞いた小動物は、少し安心した表情を見せ、そちらに向かって歩いて行った。
今、バンリはどうしているのか、皆もそうだが、バンリの精神状態が一番の気掛かりだった。
あの状況だったのだ、バンリは自分の事はもう死んでしまったと思っているに違いない。自分
のせいだと責め、塞ぎ込んでいるかもしれないのだ。
そう思うと、今直ぐにでも帰って安心させてあげたいと身体が疼く。だが、それはできない。
この部屋から出る事はできても、この世界から出る事は自力ではできないのだ。
やきもきしていると、再び気配を感じた。足音は軽く、先程のヒサメとは別人だと分かった。
それは横を通過し、視界に入ってきた所で、驚きに目を見開いた。
特徴的な長い耳に、バンリの友人であるハワーよりも一回りほども小さい仔。
「・・・ミーニ・・・さん!?」
「ウインターさん、からだは平気ですか?辛くはないですか?」
そう言いながらその仔兎ミーニは、『時の兎』の由縁たる懐中時計を取り出し、こちらへ向
ける。その時計には針が一本しか無く、ウインターが目にした時には一番上で止まっていた。
「な、何を・・・?」
「もう少しだけ・・・『タイム・カット』」
時計の針がぐるぐると何週も回る。
「ふう・・・・・・」
針が止まると、ミーニは疲れたような溜め息を吐いた。
「またやっているのか」
そこに再びヒサメがやって来る。
「これは・・・何をしているのですか?」
「えと・・・けがが治るまでの時間を・・・切り取りました・・・」
ミーニはかなり疲れているようで、息を整えながら話している。
「そうすればその分、完治までの時間が短くなるらしい。ウインター、お前があれだけの怪我
をしていたのにも関わらず、たった数日でそこまで回復できたのも、こいつが魔力のある限り
さっきのをやっていたおかげだ」
さっきヒサメが言っていた「小さな勇者」とはミーニの事だと漸く分かった。
「ミーニさん・・・そこまでして頂いて、心より感謝致します!」
「えへへ・・・」
ミーニは照れくさそうに自分の大きな耳を掻く。
「ですが、どうして此処にいらっしゃるのです?」
そう聞かれると、ミーニはばつが悪そうな表情を浮かべた。
「まあ、そんな顔をするな。お前のお陰でウインターは死なずに、殺さずに済んだんだからな」
ウインターはバンリと、意識の無いセイムを逃がすため、最期の抵抗として自身と三姉妹だ
けを閉じ込める結界を張った。張り終えた瞬間にウインターは突っ伏してしまった。
「本当に素晴らしいな・・・。完璧な働きだ!」
ヒサメは敵ながらに、称賛の拍手を送った。
「ウインター。お前は全世界の礎となった人物として、我が覚え、語り継いでやろう」
ヒサメは止めを刺すべく、氷で精製した剣をウインターの首筋に宛がう。エンジュは顔を背
ける。
「ウインター、さらばだ・・・」
「待って!」
本当に突然だった。何の前触れも無く、それは現れた。
ウインターに宛がっていた氷の剣の刀身を素手で掴み、怯えながらも必死に、その仔兎は護
ろうと立ちはだかった。
「・・・何処から入ってきたのか分からんが、お前の頼みを聞き入れる義理は無・・・」
「させない!!」
突然、氷の剣がへし折られ、
「ふべあ!?」
殴り飛ばされた。それはシツライの仕業だった。
「シツライちゃん!?」
シツライはその仔兎から掴んでいる刀身を優しく取り上げると、その手を心配そうに確認し
ていた。
「お姉ちゃん、これ以上は・・・」
「ああ、分かった。無理そうだしな」
ここで尚もウインターを殺そうとすればあの仔兎が立ちはだかり、その仔兎に手荒な真似を
しようとすれば、兎大好きシツライがたちはだかる。
これ以上戦う事はできなかった。
「私は・・・私たちはこれからどうなるのですか?」
殺されはしなくとも、敵に捕まっている事には変わりない。
「勇者共は再びこの世界に乗り込んでくる。その時には再び戦い、勇者共が勝った暁には解放
してやる」
「・・・負けた時は・・・」
ウインターは息を呑む。
「今と同じ生活だ。勇者共が勝つまで繰り返す、それだけだ」
「それって・・・!?一体何が、何をしたいのですか!?」
その質問に、ヒサメはニヤリと笑う。
「ただの暇つぶしだ」
捕虜の身と言っていい私が一日を終えるのはシツライさんの部屋である。
ここに来てからと言うもの、一日の殆どをシツライさんと過ごしている。別に嫌だと言って
いる訳ではない。シツライからの扱いは優しく、ただ時折、兎好きが爆発してしまう時があっ
て、その時はあれやこれやと撫で回されて疲れてしまう事もあるけれど、基本的には一緒に遊
んでいる、楽しい日々だと言っていい。
寝る時も同じ部屋なのだが、意外にも布団は別々で、少し距離も離した位置で寝ている。シ
ツライさん本人が言うには、眠っている時に無意識に放電する事があるから危ない。だそうだ。
実際に二人を黒焦げにした事があるらしく、それ以来、三姉妹別々に寝る事になったそうだ。
そんな話を聞いていて思った。この三人は姉妹とは言っているが、髪の色違うし、全く似て
いないのだ。勿論、血が繋がっていなくても姉妹同然の関係だから名乗っているのだろうと分
かっている。私が気になったのは、その出会いだ。元は他人同士であろうこの三人がどのよう
にして出会い、姉妹と名乗るまでになったのか。要は、三人の事がもっと知りたいと思った。
そう名乗った事は無いが、恐らくは長女に当たるだろう、青髪の女の人ヒサメさん。背の高
さは三姉妹では真ん中で、妙な身振り手振りをしながら、これまた妙に格好付けたような喋り
方をするちょっと変な人。
氷を司る妖怪であり、今生活しているこの家も、その氷によって形成された巨大なかまくら
なのだ。しかもこの氷、家の中は他の二人に合わせてか、暖かく過ごしやすい温度になってい
るのだが、家の中で幾ら火を燃やそうとも全く溶ける素振りすら見せない不思議な氷なのであ
る。
この人が三人のリーダーである事は間違いなく、二人に色々な指示を出したり、時には気に
掛けたりと、いいお姉さんだと言える。
一人の時は何をしているのだろうと、ヒサメが一人外へ出て行くのを見て尾行してみた。
やはり寒い場所の方が好ましいのだろう、冷たい雪の上に倒れこむように大の字になった。
そのまま何の動きも見せなくなった。寝てしまったのだろうか?そう思ってその場を離れよう
と背を向けた瞬間、
「我、北の地を支配せし者なり!用が有るのならばはっきりと言うてみよ!!」
突然叫んだ。隠れて見ていたのがばれてしまったのかと驚き振り返った。だが、ヒサメは先
程と全く変わらない場所に横たわっている。本当にばれているのだろうか?素直に謝り出るべ
きだろうか?様子を伺いながら迷っていると、
「ミーニちゃん、何してるの?お姉ちゃんが気になる?」
またも背後から突然声が。再び驚き振り返る。そこに居たのはエンジュさんだった。
背は最も低く、六歳の私よりも少し大きいくらいの十歳程度の見た目の幼さの残る少女だ。
炎を司る彼女は料理や掃除などの家事から、屋内の照明に室温管理まで行っている働き者であ
る。控えめで優しく、私の事も気に掛けてくれて、会話をしているだけで安心感がある。
見た目だけなら三女なのだが、シツライさんに対しては「お姉ちゃん」ではなく、名前で呼
んでいるので次女なのだろう。
「お姉ちゃんはね、ああやって時々声に出しながら色んな文言を考えるのが好きなんだ」
エンジュさんは楽しそうな表情を浮かべている。今なら思い切って訊けるような気がする。
「あの・・・エンジュさんたちは、いつから姉妹なんですか?」
「『いつから』かあ・・・そっか、ミーニちゃんは私たちの事が知りたいんだ?」
「はい・・・きょうみががわいて・・・」
「いいよ、ちょっと長くなっちゃうから、中で話そうね」




