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黒翼のカナエル  作者: 氷花
勇者と魔王編
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司書

 翌日の朝、用意してくれた朝食を相変わらず書物庫で食べていると、給仕者が誰かを連れて

きた。

「皆様にお客様ですよー!」

「みんな~、首尾はどうかねえ?」

 それはここに寄越した張本人、シュリだった。

「シュリ!どうしてここに!?」

 真っ先に反応したのはメアトリスだった。

「あ、あれ・・・」

 シュリは違和感を覚えたが、一先ずはスルーした。

「いやあ、早く本が読みたくてねえ。そわそわしてたら様子を見に来てたヒイカさんが代わっ

てくれるって言うから、お言葉に甘えて来ちゃったんだよねえ」

「何だ、それだったら最初から病院に残るだなんて言わなきゃよかったじゃないか。・・・はあ、

おかげでこっちはこんな・・・」

 やはりメアトリスが反応する。シュリは何となく察した。

「あー・・・もしかして、カイエル君?入れ替わってたりとかするのかねえ?」

「さすがシュリちゃん!大正解ー!」

「やったー・・・で、何でなのかねえ?」

 一連の出来事を説明すると、シュリは楽しそうに笑った。

「くふふ・・・カイエル君、役得だねえ」

「勘弁してくれよ・・・こっちはもの凄い気を使うんだぞ・・・」

 この身体は強靭で、暴力的な性格の竜王様のものなのだ、少しでも変な事をすれば、自分の

元の身体が五体満足で居られなくなるかも知れないほどの危機なのだ。

「それにしても・・・凄い量の本だねえ」

「そうなんだよ。シュリちゃんに頼まれた本を探そうと思ったんだけど、この量だし中々見つ

からなくて・・・」

 まあ、見つける以前にぐちゃぐちゃに倒してしまい、片付けていたので、殆ど探していない

と言っていい訳だが。

「司書が居ねえのがそもそも悪ぃんだよ」

 妙に口の悪いカイエルに少々笑いそうになりながらも、シュリは口元に手を当てて何かを考

え始めた。

 何か、この状況を打破できる方法でも打ち出してくれるのではと、シュリをよく知るカイエ

ルは期待を大きくした。

 そして、シュリはぼそっと呟いた。

「司書・・・やってみてもいいかもねえ」

「え!?本当ですか!?」

 少し離れた位置で聞いていた給仕者が嬉しさの混じった驚きの声を上げながらもの凄い速さ

で駆け寄り、両手を掴まれた。

「是非是非!お願いします!この書物庫は管理する方がずっと居なくて困っていたんです!」

「う、うん、それはいいんだけど、少しばかり確認したい事があってねえ」

「それでしたら!リベラール様に直接お話し下さい!今直ぐにご案内致しますので!ささ、こ

ちらです!」

 給仕者はまたと無い好機と見るや否や、一刻も早く話を付けようとシュリの手をがっちりと

掴んだまま誘って行く。

「ごめん、ちょっと行って来るねえ」

 特に異存の無いシュリは引かれるままに書物庫を出て行った。

「あいつ・・・本気でここの司書をやるつもりか?」

「まあ、シュリだからな」

「シュリちゃんならね」

「シュリじゃからのう」

 司書になると言い出した事に、直ぐに納得した。


 給仕者に連れられるままに、シュリは統領の仕事部屋だと言う所に通された。部屋はしっか

りと片付けられており、掃除も隅々まで行き届いているような印象を受ける。だが、統領本人

の居る仕事机だけは、その上に数え切れないほどの書類が幾つも山を作っていた。

「リベラール様!この方が書物庫の司書をやって下さるそうですよ!」

「え、嘘!?本当にやってくれるの!?住み込みでやってもらう事になるけど大丈夫なの!?」

 統領が驚き、立ち上がると同時に何枚もの書類が床に散らばる。だが、そんな事など今はど

うでもいいらしく、全く気にする素振りも無く、何枚かを踏んづけながら歩み寄ってきた。

「はい、元よりそのつもりで口にしましたものでしてねえ」

「ありがとう!!本っ当に助かる!!」

 今度は統領に両手を握られる。

「あ、でもですね、少々伺いたい事がありましてねえ」

「いいわ、何でも言ってみなさい!」

「私は魔法の研究をするのが趣味でしてねえ、その書物庫でも研究及び実験を行いたいのです

が、宜しいですかねえ?」

 実験と聞いたリベラールの表情が一瞬固まる。

「それって・・・爆発とか、する?」

「はい、頻繁に」

 実験の大半は失敗である。失敗して、その理由を考察し、また実験する事を繰り返して成功

へと歩を進めて行くのだ。シュリも天才ではない。持ち得る豊富な知識と魔法は一重にそれら

努力の賜物なのだ。

「う~ん・・・書物庫の本なんだけど、ゴミみたいに大量にあるんだけどね、どれも世の中には出

回っていない一品物で、価値はともかく貴重である事には変わり無いのよ。だから最低、紛失

とかさえしなければ、爆発してくれても何してくれても何とかできるから、そこさえ分かって

くれればいいからね」

(へえ・・・あそこの本ってそんなにも特別なものだったんだねえ・・・!)

 シュリはそれを聞いて益々やる気になってきた。

「承知致しました。是非にやらせて頂きますねえ!」

「よし!それじゃあ後日、この城で自由に過ごす事が出来る『手形』を渡すから、それまでは

そこの給仕がその手形の代わりになるから、何かあったらその子に言いなさい」

「宜しくお願いします!シュリさん!あ、申し遅れました、私、クォイアと申します!」

「その時は宜しくねえ、クォイアさん」


 書物庫に戻ってきたシュリは、壁に何やら描き始めた。形からして魔法陣のようである。

「シュリちゃん、それは何してるの?」

「転移の魔法陣を描いてるんだよねえ。小屋から取って来たい物があるからねえ」

「小屋?家とは違うのか?」

「変わらないねえ。実験するための小屋が私の家だからねえ」

「だが、何故手描きしている?」

 転移するならば、普通に魔力で魔法陣を描いてやれば手間も掛からないはずだ。

「転移するだけならねえ。でも、荷物を持ってくる必要があるからねえ、ちょっとした工夫を

しようと思ってねえ」

「工夫?」

「実は、今描いてる魔法陣と同じ魔法陣が私の小屋の壁にも描かれていてねえ、これを二つ描

いて魔力を込めて起動させてやれば、その二点の空間が繋がった状態になって、一々単発で転

移する必要がなくなるんだよねえ」

 原理としては、世界同士を繋ぐ転移門と同じである。要約すると、自作の転移門を作ったと

いうことだ。

 シュリは魔法陣を描き終えると、早速魔力を込めて起動させる。すると忽ち魔法陣の内側だ

け色が変わり、その奥に別の空間が映し出された。

「もしや、あれがお主の部屋かのう?」

「そ。一緒に来てもいいからねえ」

 シュリはそう言うと魔法陣を潜って向こう側に行った。それに続いて皆も潜る。

 薄暗い部屋の壁際には、ここにも数え切れないほどの本や紙が積まれている。そして、部屋

の中央には蚊帳のような物が張られており、部屋の大部分を囲っていた。

「ここも本がいっぱいじゃのう」

「うん。資料とか、研究を纏めたものとか日記とか、いつの間にかこんなに増えちゃったんだ

よねえ」

「日記!?シュリちゃん、見てもいい!?」

「わしも見たいのじゃあ!」

 日記と聞いて二人の目が途端に輝き始めた。

「構わないけどねえ」

 シュリは適当に一冊選び、二人に手渡す。二人はわくわくしながらそれを開いた。だが、

「これは・・・日記なのかの?」

 その中身はこんな魔法があったらいいなあ。という妄想が書かれているだけだった。

「日常生活を送る中で思った、こんな魔法があったら便利とか面白いと思うものを書き記した

もので、私にとっては日記なんだけどねえ」

「そっか・・・シュリちゃんらしいね」

 すっかり好奇心と言う名の火が消えた二人は日記をゆっくりと閉じた。

「で、この蚊帳は寝床か?」

「寝床兼、結界かねえ」

「部屋の中に結界張ってるのか?」

「研究室でもあるからねえ」

 この蚊帳には魔力が込められており、爆発による衝撃を外に逃がさないようになっているの

だ。つまりは部屋を守るための結界であり、爆発しそうになった時には文字通り、蚊帳の外へ

逃げるわけである。

「まさか、ここにある本も全部持って行ったりするのか?」

 書物庫には既に整理しきれない程の本がある。その上に更にこれらの本が持ち込まれれば整

理できる気がしない。

「まあ、ここには転移でいつでも来ればいいしねえ。とりあえずは着替えと、この蚊帳くらい

あればいいかねえ」

 シュリの希望通り、着替えと蚊帳だけを書物庫へと運び入れた。

「さて、それはいいんだが・・・肝心の書物庫の整理が全く手付かずな訳だが・・・」

 これが終わらなければ元に戻る事は出来ないし、帰ることも出来ない。だと言うのに、作る

本棚の案すら影も形もない状態である。

「カイエル君、その事なんだけど、私に任せてもらえるかねえ?」

「任せる?って・・・全部か?」

 シュリは笑顔で頷く。

「本棚も、整理もお前がやってくれんのか!?」

「そだよ。全部私に任せてよねえ」

 シュリは自信満々そうにポンと胸を叩いて見せた。

「・・・そういう魔法でもあるのか?」

「ご明察だよカイエル君。魔法とは言っても、やっぱり一朝一夕ではとても無理だけどねえ」

「ねえねえ、どんな魔法なの?」

「それは、転移魔法の応用でねえ―――」

 シュリの説明によると、まずは全ての本のブックカバーを作る。そしてそれにその本の内容

を示す、小説や図鑑などの大まかな種別からジャンル等々、特徴を一冊に四、五項目を魔力を

込めた、それぞれ統一された短い文字で描く。後は転移魔法陣に条件としてそれらの文字を幾

つか描き加えてやれば、その条件を満たした本が幾つも同時に転移してくるという寸法らしい。

この魔法の利点は、その本を呼び出す点にある。例え何処に片付けようとも、条件に合ってい

れば手元に来る訳なので、一々元の位置に戻す必要は無いのだ。もっと言ってしまえば、本棚

自体も必要なくなる事になる。

「と言う事は・・・・・・全部の本読まなきゃいけねえじゃねーか!!」

 これが最大の欠点である。当然、分別するには本の内容を知らなければならないのだ。

「それも私が一人で読むから大丈夫だよねえ」

「それは大変すぎるじゃろう!」

「いやあ、分別する文字も、描く時に込める魔力も統一しないとだからねえ」

 文字だけならまだしも、込める魔力が異なると、呼び出すときに少し面倒くさくなってしま

う。これは手伝って描いて貰うより、自分一人で行った方が効率がいい。

「シュリ・・・お前の事だから、本当にやりたくて言っているんだと思う・・・。だが言わせてくれ、

ありがとう!」

「禍を転じて福と成すだねえ。おかげでこれからはこんなに広くて立派な所で研究できるんだ

から、こっちこそありがとうねえ」

 シュリは明るい未来に心を躍らせるが如く、本当に楽しそうな笑顔をしていた。

「でもせめて何か・・・あ、そうだシュリちゃん!ブックカバーを作るくらいは手伝わせて!」

 自分たちに出来ることはそれくらいだった。

「メイエルちゃん・・・ありがとう、これで本を読むのに集中できるねえ!それじゃ、お願いねえ」

「うん!任せてよ!」


「姉上、何処に行くのじゃ?」

 シュリが本を読み、内容をブックカバーに描いて行く。内容を把握するにも時間が掛かるた

め、ブックカバー作りには速さも人手も必要が無かった事もあり、二人に任せてメルリアは、

未だに入れ替わったままの姉メアトリスに腕を引かれ、先日木を取りに来た森林地帯へと再び

やってきた。

「姉上、どうしたのじゃ?」

「メル・・・お前は抜けている」

 メアトリスは危機感を抱いていた。竜王である自分のその妹が、竜にとって基本的な技術で

ある竜化すら出来無かった事に。それを放っておく訳にはいかなかった。

「だからお前にはこれから『竜化』と『逆鱗』を体得してもらう。覚悟しろよ」

「う、うむ!」

 今はカイエルの姿だが、その表情からは元の姉の気迫がひしひしと伝わってくるようだった。

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