カイエル⇔メアトリス
「はあ・・・とにかくまずは木材だな」
「とっとと済ませて早く元に戻りてえしな。おいメル、木ぃ取りに行くぞ!」
「う・・・うむ!」
中身は姉だと分かっていても、見た目は完全にカイエルであるため、違和感は拭い去れない。
「木材ってことは・・・この街の周辺に木ってあったっけ?」
この死神界には来たばかりで正確には分からないが、それらしい場所は目に入らなかった。
と思う。
「木材でしたら、別の部屋に森林地帯が御座いますので、そこからお持ち下さい」
「そんな所まであるのか・・・」
この調子なら、探せば海だろうが山だろうが谷だろうが、何だってありそうな気がしてくる。
「というか、給仕者さん居たんだね」
「はい。監視の役目を仰せ付かりました」
「だそうじゃぞ、姉上?」
「分かってるさ、俺にだって我慢くらい出来る」
言い争い、喧嘩をしてしまったら元に戻れなくなると分かっていれば、どんなに頭に来よう
と自制心が勝ることだろう。
給仕者の言った通り、そのドアを開けた瞬間、森だった。大きく立派な木が何処までも続い
ている。畑ならまだ分かるが、森を作るとなると、それは一朝一夕ではとてもできるはずが無
い。ここは恐らく何十年も昔から存在しているのだろう。
「森林浴でもしたくて作ったのかのう?」
「たかが森林浴のためだけに森一つ作らねえだろ。何か別の理由があんだよ」
「何にせよそのおかげで、こんな近くで木が集められるんだから感謝しないとね!」
もしもこの場所が無ければ、街の外の更に遠くまで木を取りに行かなければならなくなって
いただろう。しかもそれを何度も往復する事になるのだ、これは不幸中の幸いだろう。
「んじゃあ、さっさと張り倒すかぁ!」
ガスッ!
カイエル(メアトリス入り)がいきなり大木を素手で殴りつけた。
「いっっっっってえええええ!!??」
右手を抱えて転がり回るカイエル(中の人メアトリス)。
「おま!?何やってんだ人の身体で!」
「くう・・・うう!!そうだった・・・道理で・・・つうう!」
どうやら身体が変わっている事を忘れていたようだ。
「だあー!血が出てるじゃないか!本当に何してくれて・・・はっ!」
声を荒げようとした瞬間、その背後に気配を感じた。給仕者である。監視者が居る事を忘れ
てはいけない。給仕者はまるで競技の審判のように鋭い目付きで様子を伺っている。
「ほ、ほんとうになにしてるんだもう・・・だ、大丈夫か?とにかく手当てをしないとな。給仕者
さん、手当てをお願いしても・・・」
「セーフ!!」
判定出ました。
「た、楽しそうですね」
給仕者は満足そうな顔をしていた。
「くそ・・・木ぐらいいつもなら一発だっつうのに・・・」
殴り付けてもビクともせず涼しい顔をして立っている木を恨めしそうに見つめる。
「仕方ねえ、おい、お前がやれ」
「俺がか!?」
「当然だ。いつもの俺なら造作無いんだ、俺の身体を使ってるお前なら出来るだろ」
「そ、そうか・・・?」
自信は全く無く、恐る恐る木の前に立つ。生まれてこの方、木を素手で思い切り殴った事な
ど一度も無い。最早不安しかない。それでも今、自分は強靭な竜の身体なのだ、竜王様の言葉
を信じてやってみるしかない。
「よ~し・・・もう、どうにでもなれだー!!」
思い切り木に拳をぶつけた。
次の瞬間、拳を抱えて転げ回った。
「うう、ううううそつき!」
「何普通に殴ってんだ!魔力纏うなり、竜化させるなりしろよ!」
「ししし知るか!そう言うのはやる前に言ってくれ!大体俺は元々天使族で、魔力の使い方な
んて・・・!」
再び鋭い視線を感じる・・・!
「つ、次はやり方を教えて下さい」
「ストライクッワン!」
「す、すとらいく・・・?」
アウトではないから大丈夫そうだが、三回言われたら駄目な気はする。
「じゃあメル、お前だ。これくらい出来るよな」
「うむ!これくらいなら出来るのじゃ!」
メルリアは自信満々に右腕を巨大な竜の腕に顕現させる。
「待て待て!顕現させんな!粉々にする気か!」
木は当然使える状態で倒さなければならない。
「じゃあ、どうすればよいのじゃ?」
「どうするって・・・さっきも言ったが、魔力を纏うなり、竜化させるなり・・・・・・おいメル、竜化
させてみろ」
「りゅう・・・か・・・とな?」
メルリアは首を傾げる。
「う、嘘だろ?竜化だよ!竜の鱗を纏うんだよ!」
「む~・・・わからぬ!」
「ま・・・じか・・・!」
『竜化』とは、竜本来の大きさ、姿に戻す「顕現」とは違い、人の形のままの大きさで竜本
来の姿に変化させる魔法であり、大きさが変わらないため、日常生活でも使用頻度は高い、竜
にとっては基本的な技術なのである。
「はあ・・・メル、そうだったのか・・・」
相当ショックだったらしく、カイエル(メアトリス風味)は、怒るどころか頭を抱えて塞ぎ
込んでしまった。
「じゃあどうするんだ・・・木が無ければ本棚も戻せないぞ・・・」
「ねえ、お兄ちゃん」
メアトリスはこの身体なら魔力を纏えば木を倒すくらい造作も無いと言っていた。もう自分
がやるしか無いだろう。
「なあ竜王様、俺に魔力の使い方を・・・」
「ねえねえ、だからさ、道具を借りたらいいんじゃないの?」
「あ・・・」
ズシーン!四人は協力して順調に木を切り倒し、一先ず書物庫へ運んで本棚を作ってみる事
になった。
「ん・・・木が持てるぞ!」
木を切っている時は特に気が付かなかったが、木を持ち上げようとしてみて初めて、この竜
の身体の強さを体感した。この大木をそれ程苦労もせずに持ち上げる事が出来てしまったのだ。
一方のカイエルの身体に入っているメアトリスは、今まで出来ていた事が、やろうとする事
がことごとく上手く行かず、完全に大人しくなってしまっていた。
「竜王様、なあ竜王様!」
「・・・何だ?」
「竜王様は大工の心得はあるか?」
「いや、無いが」
「そうか・・・困ったな・・・」
あの高さの本棚を作ろうと言うのだ、素人が真似て作っても、直ぐに倒れてしまうのが関の
山である。
「じゃあさ、もっと低いものを作ったらどうかな?」
「でもだな、あの大量の本を全て収納しないといけないんだぞ?低い本棚で収納しようとする
と、床が本棚だらけになりそうだが・・・」
「そうだけどさ~・・・元々上の方の本なんて、翼が無きゃ誰も読めなかったんだよ?やっぱり何
かしらの工夫はした方がいいんじゃないの?」
確かに、メイエルの言う通りだ。統領からは整理しろとも言われているし、ただ元に戻すだ
けと言うのも芸が無いし、そもそも技術的な問題で元の本棚が作れない以上、自分たちで知恵
を絞って、自分たちで作れる範囲の物で何とかできる方法を探すのが最もいいだろう。
「そうだな・・・考えるか。折角作り直すんだしな」
「うん!」
「のうお主等、それはよいが、まずは片付けねばならぬのではないか?」
倒壊した本棚と散らばった大量の本はそのまま手付かずの状態だった。
「・・・やるか・・・」
巨大な本棚と、大量の本を片付けるのには時間が掛かり、結局その日は片付けを終わらせる
だけで精一杯だった。そのため、今日はこの書物庫で寝泊りする事となった。まあ、どの道入
れ替わった状態のまま家に帰るわけにも行かないが。
「皆様、お疲れ様です。湯浴みでもいかがですか?」
丁度片付けが終わった頃、給仕者が、片付けている間だけ姿を眩ましていた給仕者が現れ、
声を掛けてきた。
「それはいいのう!へとへとじゃし、ゆっくりしたいのじゃ!」
「ほんとにね。汗かいちゃったし、お風呂入りたかったんだ」
「先に行って来ていいぞ。俺は後でいいから」
「おい待て。・・・貴様も、入ろうと言うんじゃないだろうな・・・脱ぐなよ?」
そう言えばそうだった。早く済ませようと忙しく片付けをしている間に忘れてしまっていた。
「あ!そうか」
「お兄ちゃん・・・どさくさに紛れて・・・そうだったんだね・・・・・・」
妹が冷たい目でこちらを見ている。
「いや、違うんだメイエル!そういうんじゃない!ただ疲れて忘れてしまってただけなんだ!」
「へえ~・・・そうなんだ~・・・」
声に抑揚は無く、完全に信用されていない。
「あちこち触んなよ?服の中を覗くなよ!?いいか、トイレも行くなよ!!??」
「それは流石に無理だろ!病気になるぞ!」
「じゃあせめて目隠ししろ。メル、その時は頼むぞ」
「そう言う竜王様は普通に風呂入ったりトイレ行ったりする気なのか?」
「ハッ!見られて困るもんでもついてんのか?」
「お前・・・!」
「冗談だ。お前が嫌と言うなら風呂にも入らんし、トイレも極力見ないようにするさ。という
か、見たくも無いしな」
つくづく嫌な言い方をする竜王様だ。
結局、その日二人は風呂に入るのを避け、そのまま眠りについた。




