できること
現在下宿しているハイラント邸での居心地が悪くなってしまい、ハワーはセイムたちの居る
病院で寝泊りしていた。だが、そんな日々は長続きしなかった。退院の時が来たのだ。
「シュリ、お前本当に残っていいのか?何か研究とかしたいんじゃないのか?」
退院するとは言っても、退院するのはセイムとメルリアだけで、ワンコはまだ掛かるらしく、
シュリが病院に残る事になったのだが、ここ最近のシュリはふとした時にはうわの空で、何か
をブツブツと呟きながら考え事をしている事が多く、その姿は子供の頃からの付き合いである
カイエルには馴染みの光景だった。
「流石カイエル君だねえ。そんな私の事をよく知っているカイエル君たちにちょっとばかりお
願いがあってねえ」
そう言いながら不敵に笑い、一枚の紙を差し出してくる。
「何だ?これは」
「それを探してきて欲しいんだよねえ。それが私の考える新たな魔法体系の核とも言えるもの
でねえ、是非お願いしたいのさねえ」
「・・・分かった。先の戦で強力出来なかった分、これくらいはむしろこっちから協力させてもら
うさ。メイエルもいいな?」
「うん、そういうことなら、頑張って探すね!」
「何じゃそれは!依頼か!?」
その様子を目撃したメルリアが凄い勢いで寄ってきた。
「依頼?まあ、依頼と言えば、そうなるかねえ」
「ならばわしも行くのじゃ!身体を動かしとうてたまらんのじゃあ!」
入院している間、これでもかと言う程惰眠を貪りつくし、力が有り余っているらしい。
「分かった!分かったからあんまり病院で騒ぐな!」
そんな賑わしいメルリアとは対照的に、退屈すらしていたセイムは、念願の退院が出来ると
いうのに随分と落ち着いていた。
「ねえ、ハワーちゃんはどうするの?ハイラント邸に帰るの?」
「え・・・ん~・・・」
ハワーは少し考えたが、首を横に振った。
「そっか・・・それじゃあさ、私の家に来ない?まだ来た事無いでしょ?ママも会いたがってるし、
どうかな?」
「・・・うん、いく!」
今日の気候は猛暑。転移門からの距離はそれ程無いのが救いだ。だが、それでも堪えるほど
の暑さである。昼間だが、外で遊ぶ者や、出歩く者は殆ど見かけない。
セイムの家があるのは、創生界の街「アグカル」。創生界にある街の中でも最も古くからあ
る街だとされている。力のある土の妖怪が豊かな大地を作り、それに伴って他の土や花の妖怪
が集まってきた事により、この街では誰しもが農業を営むほど盛んである。
「わ!なにあれ!?」
まず目に入ったのは、広大な田畑・・・ではなく、空に描かれた魔法陣だった。それは非常に巨
大で、街全体の空を覆うほどではないかと思える程だ。
街の入り口まで来ると、その魔法陣から光のカーテンの様なものが降り注いできている事が
分かった。
「きれいだねー!すごいまほうだよね!」
「これ・・・この魔法、ママのかも」
「え!?すごい!」
これだけの大魔法を使える人物には、それくらいしか心当たりがなかった。
「とにかく中に入ろっか」
まずは恐る恐るカーテンに手を伸ばし、中に入れそうかを確認する。そして問題ないと分か
り、いざ中へ。
「あ!すずしい・・・」
中に一歩足を踏み入れた瞬間、全く別の世界に来たかのような変化だった。どうやらあの魔
法陣の効力のようだ。
「お!セイムちゃんじゃあないか!おかえり!」
「ただいま!」
中に入った途端、セイムに気が付いた荷車を引いた男性が嬉しそうに声を掛けて来た。
「どこさ行ってたんだ?長い事」
「う~ん・・・秘密!」
「はっはっは!それじゃあしかたねえなあ!んじゃ、とりあえずこれ持ってってくれや!」
男性は荷車から採れたばかりだろう、未だに泥の付いた野菜を一籠分もセイムに差し出して
きた。
「こんなにいっぱい!?ありがとう!今日のも美味しそうだね!」
「そら当然ってもんよ!と、そっちのお嬢ちゃんにはこれがいいかな?」
今度は傍にいたハワーに、見た事無いほど大きく立派なニンジンを差し出してくる。
「おおー!!すごい!すっごくおおきー!こんなにおおきなのはじめてみた!おいしそお・・・!」
ハワーはそれを抱きかかえる様に何本も貰った。
セイムの家までそれ程の距離も無かったのだが、その後も擦れ違う人たちから次々にと貰い、
家に到着する頃にはセイムが荷車を引いていた。
「すごいね、セイムちゃん・・・だいにんきだね!」
「う~ん・・・貰えるのはいつもの事なんだけど、今日は何だか特に多いなあ。いや、うれしいん
だけどね」
今日はやたらとお礼を言われたり、分けてもらえる量が多かったりと、いつもとは違う感じ
だ。これは恐らく空の魔法陣の影響だろう。
「ただいまー!」
「わあ!セイムちゃんだー!おっかえりー!」
玄関の扉を開けて元気に挨拶すると、娘だと視認した母ライムが飛んできて抱きつかれた。
「ママー!ただいまー!」
セイムも負けじと抱き締め返す。ライムはふともう一つの気配のする方を見ると、そこには
ニンジンを抱えて離さない小さな生き物が!
「う・・・うさちゃんだー!!」
その動きは驚くほど機敏だった。ハワーが叫び声に驚いて身を竦ませた時には既に抱き着か
れていた。だが、ハワーも直ぐに対応する。
「わー!きつねのおねえちゃんだー!」
同じようにぎゅうっと抱き締める。
「私も私もー!」
そこにセイムも抱き加わり、玄関口に謎の団子が出来上がった。
「お前ら、楽しそうなのはいいが、外から見られてるぞ?」
その様子を呆れ顔で見ていた旦那アゼルの指摘でライムは外を見ると、通行人が微笑ましそ
うに眺めていた。
「はっ!こーんにーちはー!」
ライムは眩しいほどの笑顔で手を振って応えた。
「いや、恥ずかしがれよ!恥ずかしいから止めてくれって言ってるんだよ!」
「セイムちゃんのママのライムだよ、宜しくね、ハワーちゃん!」
母親ライム。見た目も明るさもセイムそっくりで、母親と言うより姉妹に見えてしまう。
「俺は父親のアゼルだ。家のセイムと随分と仲良くしてくれてるようで、ありがとうな。今日
は、とは言わず、何日でもゆっくりして行ってくれ」
父親アゼル。その耳や細い尻尾から猫種のようだ。こちらは二人のような元気さは感じられ
ないが、優しそうだ。
「それにしても・・・随分と貰ってきたもんだな・・・」
「うん、皆ありがとうって言ってたよ。あの空の魔法陣って、ママのだよね?」
「そだよ~」
あれ程の大魔法だとういうのに、何とも軽い返事である。
「この極端な気候変化せいで農作物に被害が出るのは火を見るより明らかだからな、どうしよ
うかって時に、ライムが名乗り出たんだよ」
「私、これでも魔王の妹でね、魔力がいっぱいあるのに普段全然使わないからさ~。久しぶり
にたくさん魔力使えて気持ちよかったよ~」
あの魔法陣はやはり、気候を安定させるためのものだった。取り込む日差しの量から雨の量、
気温まで自在に調節できるらしい。ライムはその魔法を常に維持し続けているのである。無論、
寝ている時もである。
セイムは改めて思う。やはりママは凄いと。そして、その娘である自分にもその可能性があ
るのではと。
「パパ、ママ!私・・・もっと強くなりたい!」
「何だ、またいつもの・・・」
この手の話はセイムの口からは定期的に出てくるもので、今日もそうなのだろうと思ったが、
その表情を見るに、どうやら違うらしい。
「どうやら、今度ばかりは明確な理由があるらしいな」
「うん。・・・私が・・・弱かったから・・・たくさん失ったの・・・・・・私の・・・力不足のせいで・・・!」
「セイムちゃん・・・」
「パパ、ママ!私、どうしたらいいの!?どうしたらもっと強くなれるの!?」
セイムのこんなにも必死な顔を、ハワーは見た事が無かった。ウインターちゃんやミーニち
ゃんの事をもしかしたら、一番悔やんでいるのはセイムちゃんかもしれない。
「・・・セイム、お前は真っ直ぐすぎるんだ。近接同士なら強いが、相手が術士タイプで、特に手
練ともなれば、御されやすい」
その通りだ。戦ったヒサメと言う人物に完全に手玉に取られてしまっていた。
「搦め手が必要だな。対術士を目的としたの新しい魔法でも考えてみるか、一緒にな」
「うん!」
その日、セイムは家族三人で夜遅くまでアイデアを出し合っていた。
ハワーはその姿を見て気が付いた。
(わたし・・・なにしてたんだろ・・・。わたしもなにかしなきゃ!できること、さがさなきゃ!)
ミーニの事でいつまでも落ち込んでいても何も変わらない。
ハワーは、本当は分かっていた。ラキエルちゃんの下したあの判断は間違っていない事を。
いや、正しいと。それでも納得できず、ラキエルちゃんと距離を置いてしまったのは、自分が
子供だったからだ。
早くミーニちゃんを助けたい!なのに、どうして直ぐに助けに行ってくれないの?
状況も考えず、自分の思い通りにならないと不貞腐れる。
今、やっと気が付いた。私は子供過ぎるのだ。
「あの・・・セイムちゃんのママ、わたしに・・・わたしにできることはありますか!?」
今の自分を何とかしたくて、すがる様に問い掛ける。
「・・・ハワーちゃんは兎だから、時間操作ができるんだよね?どんな事ができるの?」
「はやくできます!」
それを聞いたライムは少し考えを巡らせる。そして、笑顔を浮かべて言った。
「おもしろい事ができるよ!ハワーちゃん、どう?やってみる?」
「うん!やる!」
ハワーは自分にも出来ることがあるのだと、喜び頷いた。




