卵
「今直ぐ乗り込まず、まずは力を付ける」自分は冷静で正しい判断をしたのだと、ラキエル
はあれから自分に言い聞かせ続けていた。周囲もその判断に賛成する声ばかりであったが、た
った一人、親友であるハワーだけは別だった。酷く落ち込み、それ以来まともに会話すらでき
ていなかった。親友を裏切り、悲しませているという罪悪感に苛まれていた。
「この感じ、私が命令したみたいですね・・・・・・」
自分の下した決断に皆が沿って行動しているのだ、痛感せざるを得ない。命令する事の辛さ
を、その責任の重さを。
(皆が皆、納得できる何かがあったのではないでしょうか・・・・・・)
思い浮かばなくとも、ふとした時にはそう考えていた。そんなある時、バンリが誰かと外に
出て行く姿が見えた。一瞬だけしか見えなかったが、見慣れない姿ではあった。丁度それを見
送っていたヒイカの姿があったので訊いて見る事にした。
「ヒイカさん、バンリさんは今どちらへ?」
「特訓ですよ」
「特訓ですか?と言う事は、先程一緒に出て行かれた方は・・・」
「はい。バンリさんから相談を受けまして、紹介して差し上げた協力者の方です」
「バンリさん・・・」
バンリは自分が悩んでいる間も、強くなろうと前を向いていた。
(なのに私は・・・自分で決めた事をいつまでもウジウジと・・・・・・)
自分も今出来る事をやらねばと、心が改まった。
「ヒイカさん!是非、私にもどなたかご紹介を・・・」
「ヒイカーーー!!」
突然、何者かの大声に遮られた。声の入ってきた玄関の扉をみやるとほぼ同時に、その声の
主は扉が壊れんばかりに勢い良く開け放ち、現れた。
「ヒイカ!久しいな!!」
「ら、ラファエルさん!?お、お久しぶりです!」
ヒイカは驚きながらもがっちりと握手を交わす。
「そそ、それと・・・・・・ふ、ヒュクシンさんも・・・お久しぶりです!」
その天使族の男はフュクシンに対しては何故か怖じているような素振りを見せている。ヒイ
カの後ろにいつもの様に控えている当のフュクシンはこれといった特別な素振りも無く一礼す
るのみだった。
「ああ・・・相変わらずお美しい・・・・・・」
「ラファエル!人様の家に門を通らず空から侵入するとは何事ですか!反省なさい!」
更に二人の天使族の女性が遅れて入ってきた。
「!!」
その片方の女性を目にした瞬間、ラキエルは何故か圧倒されてしまった。初めて見る人物だ
ったのだが、纏っている空気は明らかに只者では無かった。
「ああ~・・・そうだな~~悪かったな~~・・・」
男の謝罪は口だけで、その表情は緩みきっていた。その様子に女性は溜め息を吐く。
「失礼な事をしてしまいましたね、ヒイカ、ガル」
「お気にされずとも。ラファエルさんですし、ねえ、ガルさん」
「はい。突然敷地内に入ってこられて驚きはしましたが、悪気は無いわけですから、問題あり
ません」
「と言う事です。それよりも、お元気そうで何よりです、ミカエル様」
「ま、『今の所は』ですが」
安堵するヒイカとは違い、女性は余裕など無いかのようだ。
(ん?ミカエル・・・?)
ふとラキエルはその名前に心当たりがあるように感じた。
「そうですヒイカ、私はラキエルと言う天使の子に会う為に来たのです。紹介してくれますね?」
「ラキエルさんですか?それならば既にここに」
こちらを視認したミカエルと言う女性は歩み寄ってくる。一歩、また一歩と近づいて来るに
連れ、纏う空気がより強く感じられ、思わずたじろいでしまう。その空気により見た目の何倍
もの存在感を持ったその人物が目の前に立つ。
「・・・あなたが、ラキエルですね?」
「・・・!は、はい・・・!!」
圧倒され、絞り出した返事は最早ただの空気の抜ける音だった。
蛇に見込まれた蛙というのはこんな感じなのだろうか。逃げたくとも逃げられず、例え逃げ
たとしても逃げ切れるとは到底思えなかった。
その女性は自分がラキエルだと確認したきり、言葉を発さずこちらを見つめている。まるで
自分の全てが今、見透かされているような感覚で、どうにも落ち着かない。そして次第に呼吸
のペースさえも乱されて行く。
「止めんか!」
ペシッと何者かが女性の後頭部を叩いた。
「何をするのです、ラファエル」
「何するじゃねえっての!お前はまたそうやって人を怖がらせて・・・メンチ切ってんのか?不良
なのか?ヤンキーなのか?」
「そんな訳が無いでしょう。私はただ人となりを見ていただけです」
女性が男の方へ振り向き、目線が外れた事で謎の呪縛から解放されたラキエルは力無く床に
へたり込んだ。
「お前のそれにどんだけ力があんのか、いい加減理解しろよ!」
ラファエルが指差した先には、へたり込んで頭を垂れたラキエルがいた。
「・・・むう」
その様子を見たミカエルは納得がいかないのか、顔を曇らせる。
「まず謝れな」
「謝る・・・ゼルエルはどう思いますか?」
「謝罪を肯定します」
(言われなきゃ分かんねえ辺り、悪気はねえんだろうがなあ・・・ま、むしろその方が質が悪いん
だけどな)
女性は崩れ落ちるように肩膝を突き、ゆっくりともう片方も突いた。・・・そして右手・・・左手
と突き、その顔が目の前に迫った。
こちらの全てを飲み込まんが如く大きく目は見開かれ、地獄の釜が開くが如くゆっくり・・・ゆ
っくりと口が開き、底の見えぬ闇を広げて行く。そしての奥底から何かの音が聞こえて来る。
・・・す・・・す・・・
それは耳から入り、身体全体に行き渡って硬直させる。入り込んだそれは心臓さえも鷲づか
み、じっくりと小さく握り込めて行く。
すみ・・・すみま・・・
遂には意識も遠退き始め、そして・・・
「恐ろしいわ!!」
またも何者かが頭を叩いた。
「何をするのです、二度までも」
「そりゃこっちの台詞だ!そんな威圧感マックスな謝罪があってたまるかよ!そんな人殺せそ
うな謝罪初めて見たわ!!」
「全く、何を言っているのですか、そんな大袈裟な・・・」
ラキエルの方を向き直ると、何故か倒れていた。
「何故!?」
「まあ、そんな訳だ。こいつは確かにミカエルで、この世界じゃあ史学の教科書に載るほどの
偉人だが、見て、体験して貰えた通り、自分でも気付かねえほど不器用で何より緑黄色野菜が
嫌いな、そこいらに居るような奴らと何等変わり無い一介の天使だと思ってくれりゃあいい」
「は、はあ・・・」
そうは言われても、纏っている尋常で無い空気が感じなくなるわけではない。長椅子に座り、
萎れていても尚、感じるほどだ。一般人だと思うには無理がある。あり過ぎる。なのだが、こ
のラファエルという人の言っているように、悪気があってこの空気を放っているわけでは無さ
そうである。
(私が慣れなきゃ、ですよね・・・!)
そう自分に言い聞かせる。
「そうでした、私に何か御用があるとの事でしたよね」
「ん!ああ!そうだそうだった!ラキエル、お前に」
「私の口から言わせて下さい」
「ミカエル・・・でもなあ・・・ラキエル、いいか?」
「あ、はい!大丈夫です!」
「感謝します」
再びミカエルと向かい合う。やはり凄い威圧感だ。だが、好きでしている訳ではないと分か
ると、何処か親近感が湧いて、思ったよりも気にならなくなっていた。
「まず前提として、私たちはあなたの全てを知った上であなたに会いに来ました」
「全て・・・ですか・・・」
全て・・・恐らくはあの事も含まれての全てなのだろう。
「ラキエル、あなたには力があります。世が世ならば大天使の卵として然るべき教育を受けな
ければならない程の力が、です」
自分のこの力の強さ、危険さはよく分かっている。現に自分の人生が大きく変わったのだ。
それにしても・・・
「大天使の卵というのは・・・」
「『大天使』は今でこそ天使界の代表と言う、謂わば職業の一種の名となってはいますが、本
来は強大な力を持つ天使に与えられる称号なのです。そしてラキエル、あなたはその名を冠す
るに十分な力を持っているのです」
別に天使界のトップになれと言われている訳ではないのだが、それでもやはり『大天使』の
名を自身が冠するというのは突拍子も無く感じる。
「ラキエル、先に進んでみる気はありませんか?」
「先・・・ですか?」
「あなたの力はまだ強くなります。より強力、強大に」
「!!」
でもそれは、同時にあの時のような取り返しのつかない事態を招きやすくなってしまうので
はないだろうか・・・・・・
「ラキエル、強くなるのは力だけではありませんよ。あなた自身も強くなるのです。己の力を
完全に制御できるようになるとしたら、どうです?」
力の制御。自分の力に対しては今でも恐怖心を抱いていて、使わずに済めばいいと思ってい
る。でも、それでは役に立てない、この力を人の役に立てたいと思っているのに、それが出来
ない。「役に立たせたいのに使いたくない」という矛盾をどうにかするには、恐怖心の抜けな
い今の自分では駄目なのだ。
「ご教示願います!ミカエル様!」




