死神の鎌
強くなるために出来ることと言えば、やはり基礎体力をつけたり、筋トレしたり体術を習っ
たり・・・思いつくのはそれくらいで、とりあえずと言う形でそれらをこなしていた。だが、あの
三人の強さを考えれば、この程度の訓練でどうにかできるとは到底思えなかった。とはいえ、
具体的にどういった事を行えばいいのかなどさっぱり分からなかった。
その事に人一倍不安を感じていたバンリは、先日ヒイカに相談をしてみていた。顔の広いヒ
イカであれば、誰かを紹介してくれたりとかするのではという期待を込めての事だ。流石とい
うべきだろう、ヒイカは話を聴いて直ぐに了承し、更には電話一本であっという間に日程を取
り付けてしまったのだ。
そしてその人物が来るのが、その明くる日である今日である。流石すぎる。
「ヒイカさん、ちなみになんすけど、どんな人かだけ訊いてもいいすか?」
「まずは女性です。そうですね・・・バンリさんと同じ死神族で、この話を持ち掛けた所、快く引
き受けて下さいました。死神の事に関しては私の知る中では最も詳しい方ですので、必ずや多
くを得る事ができると思いますよ」
「そ、そんな凄い人が・・・!」
流石も流石。流石すぎて逆に緊張してきてしまう程である。酷く堅苦しい人だったらどうし
よう・・・どのくらい厳しいのだろうか・・・等等、考え出したら緊張は更に肥大化してしまう。来
るならいっそ、早く来て欲しい!と思った時だった。
「ヒイカさーん、バンリさーん、いらっしゃいましたよー!」
いつの間にか出迎えに行っていたガルの声が玄関の扉の向こうから聞こえて来る。バンリは
咄嗟に立ち上がり、玄関の扉に意識を集中する。
そして、扉はゆっくりと開き、まずガルが出てくる。ガルが扉を閉まらないように押さえ、
いよいよその人物が姿を現した。
「お邪魔致します」
礼儀正しい挨拶と共に見えてきた姿。猫の耳に尻尾。それは間違いなく、あの夜に出会い、
襲ってきた女、カテドールだった。
「お、お前が・・・!?」
「『お前』ですか。その節はどうもお騒がせしてすみませんでしたね」
「う!あ、いや・・・その・・・」
つい「お前」などと言ってしまったが、このカテドールという人物は、死神界の最高位に当
たる統領の次に偉い副統領なのである。
「ま、私はそう言う事を気にはしませんので、好きに呼んで頂いて結構です」
そう言われたからと言って、本当に好きに呼ぶわけにもいかないだろう。これからお世話に
なるわけだし。
「じゃ、じゃあ・・・師匠で」
「・・・ま、いいでしょう。さてバンリさん、話は全て伺っております。何があったのかも、全て
を、です」
「・・・・・・」
バンリは拳を強く握る。
「場所を変えましょう」
師匠の後を付いて外に出る。今日は暑い日であり、日向に出ると途端に陽の光が身体に突き
刺さり、焼けるような痛さを生じさせる。
「では、早速・・・」
鎌を手にした師匠は、何やら呟き始めた。
「環境・温暖、侵入不可、展開」
突然、風が師匠から放たれる。すると、バンリは驚きの変化を感じ取った。
「・・・!暑くねえ!?つーか・・・す、涼しい・・・」
ついさっきまで鍛冶場にでも居るかのような酷い熱が嘘のように無くなっていた。太陽の強
さは変わっていないが、痛みも無くなっている。これは明らかに師匠カテドールの能力である。
「これ、師匠の能力っすよね」
「ある程度の範囲の環境を変えたり、特殊な制約を与えたりする『空間支配』の能力です」
「す、すげえっすね・・・」
説明されて改めて体験してみると、その能力の凄さがよくわかる。
「ではバンリさん、あなたの鎌を見せて頂けますか」
バンリは言われた通りに自分の鎌を出す。青白く、形が不安定な小型の鎌だ。
「それにはどういった力がありますか?」
「伸びたり縮んだり・・・形を変えられる・・・くらいっすかね」
自分で説明していて、師匠の能力との差に自信が失われていくのを感じた。
「そうですか。では、実際に攻撃してきてみて下さい」
「ええ!?わ、分かりました?」
バンリは戸惑った。だが、当然真意があっての事だと判断し、
「行きます!」
鎌を振るった。
真っ直ぐだけではなく、惑わせるように上下左右に振ったりさせながら距離を詰めて行く。
師匠は目で鎌の動きを追ってはいるが、棒立ちしたまま構えも取らない。そして、ある程度ま
で近付いた処で一気に身体目掛けて突進させた。それでも師匠は動かなかったため、そのまま
直撃した。
「あ!?」
避けるなり受け止めるなるすると思っていたバンリは思わず声を上げた。やってしまったか
と、背筋を凍らせたが、鎌は師匠に傷をつける事無くはじかれた。
「やはりですね」
「・・・えと、どうっすかね・・・」
今の結果から褒められる要素が見当たらないが、恐る恐る訊いて見る。
「バンリさん、あなたは死神がどうして鎌を持っているか知っていますか?」
「・・・魂を狩るためっすかね?」
「では何故、魂を狩るのでしょうか?」
「えっと・・・それは・・・・・・」
咄嗟に答えが出てこない。死神は鎌を持っているのが当たり前で、魂を狩る事が出来るのが
死神で・・・考えた事も無かった。
そう考えを巡らせている間も、師匠はこちらを真っ直ぐに見つめ、答えを待っている。何か
答えなくては・・・・・・だが、焦れば焦るほどに考える事自体が出来なくなってくる。こうなって
しまってはもう、どうしようもない。
「分からない・・・っす・・・」
死神族として答えられないのは恥ずかしいと感じ、バンリは俯いた。
「その通りです」
「は?」
バンリは驚いて顔を上げ、ぽかんと口を開けた。
「かつて、この世界にまだ神が存在していた頃には、魂を狩る使命が与えられており、そこに
は明確な理由があったのですが、神から解放された今の死神たちにはその使命もなくなり、同
時に魂を狩る理由もなくなることとなりました。よって、魂を狩る理由を強いてあげるのなら
ば、人それぞれの正義に因るところでしょう」
「正義・・・自分の・・・」
今まで何となく扱ってきた鎌。その時その時の自分は正義とか、そういった事を考えて振る
っていただろうか?
「さて、鎌の在り方を何となく分かって頂けた所で、バンリさんの問題点ですが、技術の面は
さて置いて、鎌が不完全である点が大きいですね」
「ふ、不完全!?」
正直ショックだった。長年の間取り上げられたままだった自分の鎌を漸く取り戻す事ができ
たというのに、それが不完全だと言われるとは・・・
「どのあたりが・・・っすかね・・・」
「バンリさんは、二本持ってますよね」
「あ、はい」
「自分の」青白い鎌と、ずっと共にあるいつもの鎌の二本を確かに持っている。
「それが問題なのです」
「ま、まじすか・・・!」
数が多い方がいいとか、そんな事はないのだろうか?いや、ないのだろう。そういえば、以
前にいつもの鎌が真っ二つにされた事があったような・・・というか、それをしたのは今目の前に
居る師匠だったはずである。確かに、あんな簡単に叩き折られる鎌が完全だとは言い難いし、
逆にそれが完全であって欲しくない。
「最近の死神たちによく見られる現象なのです。使命を失った事により、そもそもの鎌の必要
性が薄れてしまった結果、『使命を失った空っぽの鎌』と、自由を手にした事によって生まれ
た『個性及び迷いの鎌』の二本を持つようになってきているのです」
「それじゃあ、今の死神は昔より弱くなってるって事っすか?」
「鎌が二本あると言う事は、己の中の正義が定まっていない、つまりは迷いがあると言う事で
すので、そういう点では弱体化していると言えます。ですが当然、鎌を一本に出来る、強いて
は己の正義を見つける事ができれば、その差はなくなります」
「あたしの・・・正義・・・」
『正義』よく聞く言葉だが、ここで師匠が言っているのは、世間のそれではなく自分のそれ
なのだ。でも、今の自分には思い浮かべる事が出来なかった。
「よく自分を見つめてみる事です。さあ、時間が惜しいので今は、鎌の戦闘技術向上を目指し
て訓練する事としましょうか」
師匠が鎌をこちらに向ける。
「・・・はいっす!」
今の自分に出来ることを一つずつやって行くしかない。バンリは鎌を握りなおした。




